聴き慣れない音が風に運ばれてきた。どこかもの悲しさを感じる音が。
 音楽に詳しい訳ではないが、その音を奏でている者の技量はそう大したものではない事が分かる。どこかたどたどしい演奏っぷりに、フリックはそう判断した。
 にもかかわらず、その音に何故か興味を引かれ、足を向ける。
 一歩踏み出す事に音は確実に大きくなる。音自体はあまり聴いたことの無いものだったが、メロディーは聴いた事があるような気がする。以前耳にした物と微妙に違うが、大筋は似ていると思ったのだ。
 だからフリックは人気の無い建物の裏手を歩いていった。音の発信源を求めて。
 そして、角を一つ曲がったところでフリックはほんの僅かだけ口元を緩めた。
 以前彼が歌っていた調子っぱずれの鼻歌に、今耳に入れているメロディが似ていたからそんなところだろうとは思っていたが、やはり発信源は彼だったようだ。
 地面から飛び出た岩の上に腰を下ろし、横長の楽器を口にして音を出し続けている男の背を眺めながら、フリックは近くの壁に背中を預けた。調子の外れたメロディーを聴くために。
 多分、元は綺麗なメロディーだったのだろうが、上手く楽器を扱えていないので妙にたどたどしくて笑いを誘われる。思わずクスリと笑いを零してしまった。
 その空気の揺れを感じたのだろう。男がビクリと身体を震わせ、慌てて背後へと視線を向けてきた。
 そしてそこに立っているフリックの姿を認め、軽く目を見張る。
「・・・・・・・・・・・・フリック・・・・・・・・・・・・・・」
「よぉ。何らしくない事やってるんだ?」
 壁に預けていた身体を引き離しながら、軽やかな足取りで男の元に歩み寄り、そう問いかける。すると男は、照れくさそうに顔を崩して見せた。
「うるせーよ。ちょっと道具屋で見付けてよ。懐かしさにかられて拭いてみたくなったんだよ。」
「ふぅん?」
 懐かしいと言うからには子供の頃にでもこの楽器を奏でていたのだろう。フリックは興味を覚え、演奏を止めた男の手元へと視線を向ける。
 そこには銀色に輝く横長の四角い物があった。側面には小さな穴が無数に並んでいる。
 今までの一度として見たことがないソレがなんなのか、フリックにはさっぱり分からない。
 物心着く前から遊び道具は刃物しかなかったフリックには、楽器を間近で見た記憶など皆無に等しいのだ。だから、男が手にしている楽器の名前すら分からない。
 コレはいったいなんなのだろうか。
 そう考えたフリックの胸の内を読み取ったのか、男がソレをフリックに差出しながら説明を始める。
「それはハーモニカってんだ。ここに直接口を付けて息を吹き込むと、音が出る。」
 やってみろと瞳で促され、フリックは素直に手渡された物を手に取ってみた。そして、言われた通りに楽器の側面に口を付け、息を吹き込んでみる。
 途端に、いくつもの音が折り重なるようにして楽器の中から吐き出される。
「あと、息を吸っても音が出るんだぜ?」
 付け足すように言われ、楽器に口を付けたままチラリと男の顔を流し見て、今度は息を吸ってみる。すると、場所を少しも変えていないというのにも関わらず、先程と違う音が楽器の中から零れ出した。
「・・・・・・・・へぇ。面白いな、コレ。」
「だろ?ちゃんと曲を吹けるようになるには結構訓練が必要なんだぜ?やってみるか?」
「いや、遠慮しておく。」
 男の申し出に苦笑を返しながら手に平の中に収まる程小さな楽器を男へと戻す。それを受け取った男はそれ以上フリックに楽器を奏でることをせず、ゆっくりと側面に口を付け、先程のたどたどしいメロディーを奏で始めた。
 風に飛ばされた、どこか頼りなさを感じる音が流れていく先を見つめる。
 決して上手くは無いのだが、妙な心地良さをその音に感じながら。





























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ハーモニカ