「お前、何聴いてんの?」
 言葉が耳に飛び込んできたと思ったら、片耳のイヤホンが外された。そして、端整な顔が近づいてくる。
 なんとコメントして良いものか迷ってジッとその顔を眺めていたら、奪ったイヤホンから流れる音に耳を傾けていた三井の口元に、小さな笑みが浮かび上がった。
「ふぅ〜〜ん。こんなの聴くんだ、お前。」
「・・・・・・・・なんすか?」
 文句でもあるのかと睨み付けると、三井は手にしていたイヤホンを流川の肩に乗せながら、軽く手を振り返してきた。
「別に文句なんかねーよ。ただのコメント。」
 調子の良い三井の言葉はいまいち信頼性にかける。だから言葉の底を窺うようにジッと三井の顔を覗き込んだ。すると、三井はなんだか困ったような微笑みを返してきた。
「本当になんもねーよ。そんなに警戒すんな。」
 そう言われて「はい、そうですか」という事は出来ない。
 今ではもう彼の人となりを把握しつつあるが、第一印象が最悪だったのだ。そう簡単に信用出来るようにはならない。その事は三井本人にも分かっているのだろう。所構わず場所構わずに、桜木や宮城と一緒になって鬱陶しい程に五月蠅く騒ぎまくっているが、人に何かを強要する事は滅多にない。偉そうに命令しているように見えるが、実際はそうではないのだ。
 その三井が、何を思ったのか、壁に寄りかかるようにして座り込んでいた流川の目の前にしゃがみ込んできた。
 なんだか妙に距離が近い。そして、彼の顔には無邪気とも言える笑みが広がっている。
「・・・・・・・・・なんすか?」
 やや腰を引きながら問いかける。
 絶対に何か企んでいる。この顔は。
 そう、胸の中で呟きながら。
 その流川の問いかけに、三井の笑みが更に深くなった。流川が警戒していることに気が付いたのだろうか。なんの裏も無さそうな屈託のない笑みを浮かべた三井が、ゆっくりと口を開いた。
「それ、今度貸してくんね?」
 軽く首を傾げながらのその言葉はちょっと意外で、流川は咄嗟に反応を返す事が出来なかった。
 とは言え、流川が反応を返さない事など日常茶飯事なので、三井は気にせず言葉を続けてくる。
「今の曲、結構俺の好みなんだよ。いつでも良いからよ。貸してくれ。んで、誰の曲かも教えてくれ。な?」
 良いだろう、と流川の反応を窺うように声をかけてくる三井だったが、その瞳からは断られる事など少しも考えていない事が窺える。
 なんなんだ、この人は。どこからそんな自信が沸き上がってくるんだ。
 そんな言葉を胸の内で呟きながら、流川は深く息を吐き出した。
 まったくもって理解出来ない。廃部の危機に追い込むような事件を起こしたくせに、その部の中で今までずっと居たかのような存在感を放っている彼の事が。
 そして、その彼をなんのわだかまりも無く受け入れてしまっている周りの事が。
 何より、今自分がやろうとしている事が。
「・・・・・・・・・・・・やる。」
「え?」
 カパリと開いたMDウォークマンからディスクを取り出し、三井の目の前に突きつけてやれば、彼は呆気に取られたような顔をした。
 それでもしっかり受け取っているのは素晴らしい根性だと、流川は思う。
「良いのか?別に、今じゃ無くても・・・・・・・・・・・・」
「良い。あげます。あと・・・・・・・・・・」
「なんだ?」
「・・・・・・・・・・今度、そのCD持ってきます。他のも。」
 その言葉に、三井は更に瞳を見開いた。
 しかし、すぐに嬉しそうに微笑みを返してくる。
「・・・・・・・・・・・おう。頼むぜ。」
 そう言って、MDを持っている方とは逆の手で肩を叩いてくる。
「んじゃあ、俺もお勧めCDを持ってきてやるよ。あ、MDに落とした方が良いか?」
「どっちでも良いっす。」
「じゃあ、CDだけ持ってくるわ。楽しみにしてろよ!」
「ウス。」
 軽く頷いたら、また微笑まれた。
 この人の全開の笑顔は結構可愛いんだな、と思ってしまった自分に、ほんの少し動揺する。


































相も変わらず恋心無自覚流川。





















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MD