「うるさいっ!バカおやじっ!とっととくたばれっ!」
 そう自分の父親に罵声を浴びせたバーツは、脇目もふらずに村の中央にある一本道を駆けていった。
 ちょっとした勾配のある坂を全力で駆け上がったので、その終点にある風車に辿り付いたときには、かなり息が上がっていた。
「アーーーーっもーーーーっ!ムカツクっ!」
 何が切っ掛けで喧嘩をし始めたのか忘れてしまったが。それでも沸き上がる怒りだけは消え去らない。
 父親との喧嘩は日課のようなものだ。顔を合わせれば怒鳴りあっている気がする。
 きっとソリが合わないのだろう。昔はそんな事も無かったと思うのだが。
「コレが思春期って奴か?」
 思えば自分ももう14なのだ。複雑なお年頃と言える。父親と衝突してもしょうがない事なのだろうか。
「あーーーーーもーーーーーーっ!」
 ムカムカする心を抑えられずに大声を上げたバーツは、ドカリと地面に腰を下ろし、ゴロリと地面に寝転がった。
「随分荒れてるな。」
「うわっ!!」
 いきなり目の前に洗われた顔に、バーツは思わず叫び声を上げていた。
 腹筋の力だけで跳ね起き、慌ててその顔を見つめ直せば、それは見間違える事など出来るわけがない、大切な幼なじみの顔だった。
「パ・・・・・・・・・パーシヴァルっ!いつものまに帰ってきたんだ?」
「バーツが家を飛び出した時だ。」
 クスリと微笑む彼の顔は、以前見たときよりも少し痩せただろうか。
 そして、また少し、大人びた気がする。
「元気だったか?」
「ああ。お陰様でな。手紙もちゃんと届いてるぞ。」
「そっか。良かった。お前のも届いてるよ。」
 ニコリと笑い合った後、どちらからとも無く腕を伸ばした。そして、ギュッと抱きしめ合う。
 死に近い場所で生きる彼が再びこの地に戻ってきた事を、豊穣の女神に祈りながら。
「今回も一週間位居られるのか?」
「ああ。お前の所の畑仕事も手伝ってやれるよ。」
 離れがたく、抱き合ったまま問いかけるとパーシヴァルがコクリと頷き返してきた。その言葉に、これ以上無いくらい輝いていると思った自分の瞳が更に輝きを増したのを自覚した。そして、飛び上がらん勢いで歓喜の声を発する。
「サンキューーっ!親父もお袋も喜ぶよっ!」
「これくらいしか出来ないからな。俺には。おばさん達には世話になってるのに。」
「気にスンなってっ!二人とも自分がやりたくてやってるんだからよ。パーシヴァルはドーンと構えてれば良いんだよ。」
 照れくさそうに、申し訳なさそうに言葉を返してくるパーシヴァルの背中を盛大に叩きながらそう言ってやれば、パーシヴァルはからかいの色を含んだ瞳でバーツの瞳を見下ろしてきた。
「そうか?」
「そうなのっ!」
 笑みの混じる声で問いかけてくるパーシヴァルに、バーツは盛大に笑いかけながら頷いた。しつこく口に出して言わなくても、彼は分かっているだろうから。あえて言葉を少なくして。
 そんなバーツの顔を、パーシヴァルが突然覗き込んできた。そして、短く問う。
「で。今日は何が原因で喧嘩したんだ?」
 その問いに、バーツは眉間に皺を刻み込んだ。一番聞かれたく無かった事だから。
 素直に答えたら、バカにされるだろうから。
 だが、嘘や誤魔化しが通じる相手では無い事も分かっている。だから、バーツは渋々と答えを口にした。
「・・・・・・・・・・忘れた。」
 予想通り、バーツが発した言葉にパーシヴァルは小さく息を吐き出した。呆れたと言わんばかりの様相で。そして、優しい声で言葉をかけてくる。
「ホント。仲良しだな。お前とおじさんは。」
「どこがだよっ!」
 思わず速攻で噛みつけば、パーシヴァルはクスリと、どこか羨ましそうな光をその瞳に称えながら静かな声で語りかけてきた。
「本気で言い合えるのは、お互い信用している証拠だよ。そうでもなければ当たり障りの無い言葉で誤魔化して、衝突なんてしないからな。」
 沢山の大人に囲まれて生活してきたパーシヴァルの言葉は、重い。自分と四つしか違わないのに、凄く大人に見える。それだけ彼が、苦労しているということなのかも知れないが。
 そのパーシヴァルが、淡々とした口調で言葉を続けてくる。
「仲が良いのは分かるけどな。だからって、『くたばれ』はいけないと思うぞ。」
 咎めるようなパーシヴァルの言葉に、バーツはハッと息を飲み込んだ。そして、力無く肩を落とす。
「・・・・・・・・・ゴメン。」
「誤るのは俺にじゃなくて、おじさんにだろ?ほら、帰るぞ。」
「・・・・・・・うん。」
 差し伸べられた手をそっと握る。小さい頃は毎日のように行われてきた行為だ。
 細いけれど力強いパーシヴァルの指。
 少し冷たい掌。
 懐かしい体温に、フッと心が和んでいった。
 家に帰ったら、素直に父親に頭を下げようと思えるくらいに。
 大切な、大好きな幼なじみが家に居る間だけは、父親と仲良くしようと、心に決めた。
 彼が身も心も休める事が出来るように。
 そんな空間を自分が作ろうと、心に決めた。



























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