地下鉄

「あ、流川、また彼女変えたんだ」
 地下鉄の車内で不意に声があがった。その声に引かれて声の主へと視線を移すと、そこにはOLらしい二人の若い女の姿があった。
 友人らしい彼女たちの視線は、互いの顔ではなく、その頭上に向けられている。
 なんとなくその視線を追うと、ソコには電車の揺れと車内を吹き抜ける僅かな風によってヒラヒラと揺れている週刊誌の宣伝広告があった。
 その広告には、女性が今さっき言っていたような内容が、大きな文字で書かれている。
 流川の――――NBAの選手である男のスキャンダルを、知らしめる見出しが。
 その文字を見るとも無しに眺めていたら、女性達がほんの少しだけ止まっていた会話を進め始めた。
「本当だ。確か、前とにき合ってた女と別れたのって、二ヶ月くらい前じゃないっけ?」
「まだ二ヶ月経ってないよ。一ヶ月半。ついでに言えば、付き合って半年での破局」
「うわっ、早すぎ〜〜」
「まぁねぇ。でも、いつものことじゃん。今までどれだけの女と付き合ってきたんだか……」
「しかも美人の女優とかモデルとかばっかりね。――――流川なんかのどこが良いんだか」
「顔でしょ、そりゃ」
「確かに、顔は良いわよね。っていうか、良すぎ。下手な女優よりも美人じゃない?」
「そうそう。流川くらい顔が良かったら、女をとっかえひっかえしても許すっ! って感じ。私も一度で良いから流川と寝てみたいなぁ〜〜恋人にならなくても良いから」
「無理な夢見てるんじゃないわよ。だいたい、流川は面食いなんだから。あんたなんか、一度でも付き合って貰えないわよ」
「ひっどーい! ソレって、友達に言う言葉?」
「友達だから言うのよ。相応の夢を見なさいよってね」
 からかうような言葉を吐く女に、言われた女が怒り出したが、本気で怒っているわけではないようだ。じゃれ合っている、と言った印象を受ける。
 そんな二人のやり取りに苦笑を浮かべながら、もう一度吊り広告を見て、視線を落とした。そして、深く息を吐く。
「――――なにやってんだか」
 呆れの色を存分に含んだ声で呟く。
 先程の話題の主に対する気持ちを。
 彼の盛んな異性関係の話題がワイドショーをにぎわせ始めたのは、いつの頃からだろうか。二年は前だろう。三年は経っていないだろうか。
 その数字を思い浮かべて、僅かに眉間に皺を刻み込む。ワイドショーの視界もコメンテーターもリポーターも、NBAと言う世界に慣れ、NBAで自分の地位を確実に築き上げてきたことで、自信と余裕が現れた結果だろうと、口を揃えて言っていた。
 高校時代の親衛隊の話を持ち出し、彼は元来プレイボーイなのだと、断言していた。
 そんなことは、決してないのに。
 むしろ、騒ぐ女になど視線一つ投げかけない男だった。バスケしか見ていない男だった。そのバスケを見つめるのと同じ瞳でたった一人を見つめている奴だった。
 それ以外のモノは、どうでも良いと言わんばかりに。
 その男が次から次へと女を変えているのは、余裕ができたからではない。自棄になっているからだ。自棄になって、誘われるままに女に手を出しているのだろう。そんなことをしても、心が穏やかになるわけではないのに。むしろ、ドンドン荒んでいくだけなのに。
 いや、そうと分かっていて、やっているのだろうか。派手に動けば動いただけ、マスコミが騒ぐ事が分かっていて。そのマスコミを使って、自分の行動を見せつけるために。
 止める手を、呼び戻すために。
「――――誰が戻るかよ」
 ふて腐れた声で呟き、先程の吊り広告へと視線を向け、大きく映し出されたこれ以上無い程整った男の顔を睨み付ける。
 取り戻したいなら、それなりの行動を見せろと、胸中で呟きながら。
 身にならない馬鹿な行動ばかりやらずに、誠意を見せてみろ。
 もう一度自分に惚れさせるくらいのことを、やってみやがれ。
「今のお前に本気で惚れる奴なんざ、一人もいねぇだろうよ」
 馬鹿にするように吐き捨て、座していた席を立った。もうすぐ目的の駅に着くので。
 流川の存在など感じない、自分の日常の世界がやってくる。流川が知らない、自分の世界が。
 だから、一歩降りたら彼のことは自分の中から締め出そう。
 そう自分に言い聞かせながら、視界に流れ込んでくる真っ黒い景色を目で追った。
























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