「フリックの手って、綺麗よね。」
「・・・・・・・・・・はぁ?」
 唐突に言われた言葉に、フリックは素で驚き目を見開いた。
 思わず間の抜けた言葉を発してしまったが、その間の抜けた返答をされたオデッサはたいして気にした様子もなく、嬉々としてフリックの手に己の手を伸ばしてきた。そして、その長い指を握ってみたり、裏表をひっくり返したりしている。
 今は酒の席。周りに気を使うことのない解放軍のアジトの中。その上他のメンバーがまだ戻ってきておらず、フリックとオデッサの二人切りという状況だ。
 だからコレは彼女なりに甘えているのかも知れない。微妙なボディタッチで戦いで疲れた心を癒しているのかも知れない。
 そうは思ったが、そうだとしてもオデッサの言葉は理解出来ない。
「・・・・・俺の手のどこが綺麗なんだ?剣ダコだって沢山あるし、何よりも血で濡れてるぜ?一生落とし切れないくらい、べったりとな。」
 その事に関して後悔をしているわけではないけれど。むしろ何とも思っていないけれど。それでも一般的な『綺麗さ』からかけ離れている事は自覚している。
 だからオデッサの言葉にそう返したのだが、オデッサはそんな返しをしたフリックを非難するような眼差しでにらみ返してきた。
「そんなことでフリックの手が汚れるわけないじゃない。」
「・・・・・・・まぁ、俺もそう思うけど。」
「だったら変なこと言わないの。それに、そう言う見た目の綺麗さじゃなくてね、なんて言うのかしら。自分の手で未来を切り開いている美しさって、言うのかしら?そう言う物があるなって、思ったのよ。フリックの手には。」
 フリックの言葉に怒ったように顔を顰めていたオデッサだったが、話している内に機嫌が直ったらしい。どこか嬉しそうにそう語りかけてきた。
 だがその言葉もまた、フリックには理解することが出来なかった。そんなもの、自分にあるとは思えなかったから。だから、直ぐさま反論の言葉を口に上らせる。
「そう言う意味で言うなら、オデッサの手の方が綺麗じゃないのか?自慢じゃないが、自分の将来に悲観したことも無ければ夢を追い求めたことも無いぜ、俺は。」
「そうなの?その割にはいつも生き生きしてるけど。生きてることが楽しそうだなって、羨ましくなるくらい。」
「楽しいからな、実際。生きているだけで色んなモノが見られるから。」
「・・・・・・フフフっ。私、フリックのそう言うところ、好きよ。前向きで。」
「俺の後ろには何も無いからな。前を向いてないとつまらないんだよ。」
 話ながらもフリックの手を弄んでいたオデッサの手を、今度は逆にフリックが掴み取った。
 細く、頼りない手を。
 今まで働いた事など無かったのだろうその手は、今は少しかさついている。
 武器を持つようになった指先にはタコができ、擦り傷や切り傷をつけているのは年中だ。それでもその指の先に付いている爪だけは綺麗な色を保っている。桜貝のような、薄いピンク色を。
 その指先を見つめながら、囁くように言葉を発する。
「・・・・・・・・この手だから、俺は手に取ろうと思ったんだぜ?楽しそうな未来があると、ふんだからな。」
 かけられた言葉に、オデッサは一瞬押し黙った。だが、すぐに喜色が滲む声で返してくる。
「・・・・・・・ありがとう。私も、この手だから掴み取ったのよ。私の望む未来を見せてくれると、思ったから。」
「ふぅん・・・・・・。じゃあ、両思いだな、俺たちは。」
「そうよ。今頃気付いたの?」
「まさか。最初から知ってたさ。ただ、再確認しただけだ。」
 そう言いながら、フリックはオデッサの手の甲に口付けた。そして、囁く。
「・・・・・・・見せてやるよ。それが、約束だからな。」
「ありがとう。」
 ニコリと、本当に嬉しそうに微笑むオデッサの手を引き上げ、親指の指先に唇を寄せた。
 ピンク色に輝く爪に、触れるだけの口づけを与えるために。
 
 この手が望むモノを掴むまで共に居よう。
 
 その言葉を胸に刻みながら、ゆっくりと口付ける。
 人差し指の爪にも、中指の爪にも、薬指の爪にも。
 己が決めたことを確認するように一つずつ、丁寧に。
 だが、小指の爪に唇が触れる前に、邪魔者が入った。
「よっ!待たせたなっ、お二人さんっ!」
 けたたましい勢いでその場に現れた邪魔者の存在に、演技だけではなくフリックの眉間に皺が寄った。本気で邪魔だと思ったから。静かな心地良い空間を破られて。
 そんなフリックの内心に気付いたのだろう。オデッサは小さく笑みを零した。そして、甘えの時間を断ち切る為にさり気なく手を引き、声をかけてきた男へと微笑みかける。
「お帰りなさい、ビクトール。どうだった、成果はあった?」
「任せろって。ばっちりだぜ。」
 笑顔で迎え入れるオデッサに。ビクトールも満面の笑みで答えている。
 その様を仏頂面で睨み付けながらグラスに口を付けて見せたフリックは、内心で苦笑を漏らす。
 きっとオデッサは、この男の手も綺麗だと言うのだろうなと、そう思って。
 何かを追い求めている、この男の手も。
「・・・・・・・・・綺麗か・・・・・・・・・・・・」
 散々言われ慣れているその言葉だが、やっぱりソレはオデッサの手に似合うモノだと、胸の内で呟く。自分のためだけではなく、多くの人間が幸せになれる未来を掴むために身を粉にして立ち回る彼女の手に、似合うモノだと。
 そして、ビクトールに対して毒を吐くために口を開いた。
 視界の端に、触れる事の出来なかったオデッサの小指の爪を収めながら。































テーマにたいして微妙な話。撃沈。涙。











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小指の爪