「パーシヴァル!」
 けたたましい叫びと共に部屋に飛び込んできたボルスに、パーシヴァルの眉間に皺が寄った。これが25の男がやる事とは思えなくて。
 言っても仕方が無い事だとは思いつつ、やはり一言言ってやらねばと、机に向けていた顔を上げたパーシヴァルは、ボルスが手にしているモノを目にして僅かに瞳を見開いた。
「ボルス。それはなんだ?」
「ふふん。これか?」
 なんだか妙に得意げに、ボルスは手にしていたモノを見せびらかすようにしながら大股で近づいてきた。机に向い、勉強をしていたパーシヴァルの傍らへと。
 ボルスが近づくにつれ、彼が手に持っているモノもはっきりと見て取れるようになった。
 それは、鮮やかな色彩を纏ったとても小さな魚達。
 それらが丸い金魚鉢の中でちょこまかと動き回り、明るい日差しの差し込む室内に、色鮮やかな光をまき散らしていた。
 思わず目を引きつけられたパーシヴァルの様子に満足したのか、ボルスは得意げにこう答えた。
「これは、熱帯魚だ。」
「熱帯魚?・・・・・・・・ああ。暖かい地方に生息するとか言う魚か。何故それがここに?」
「実家の者が取り寄せたのを分けて貰った。綺麗だろ。」
「ああ。実物を見るのは初めてだが・・・・・・・・・・・・・綺麗だな。同じ魚とは思えない。」
「だろ?」
 まるで自分が褒められたかのように、ボルスは嬉しそうに微笑んだ。
 その子供っぽい仕草に誘われるように、パーシヴァルの顔にも笑みが浮かび上がる。
 だが、すぐに現実の問題へと、意識が戻った。
「で?」
 その問いかけに、ボルスは軽く首を傾げた。
 言葉の裏を読む事の出来ないボルスなのだから、それも仕方のない事だ。ボルス相手に主語を抜かした会話は御法度だ。そう思い、パーシヴァルは言葉を続けて見せた。
「どうするつもりなんだ、それを。」
「どうって・・・・・・・・・何が?」
「だから、熱帯魚。」
「熱帯魚がどうしたって?」
 一向に進む様子の見えない言葉の応酬に、パーシヴァルのこめかみがピクリと動いた。
 言葉の通じない奴だとは思っていたが、これ程とは。
 子供じゃ無いんだから、前後の流れを少しはくんで言葉を返せないものだろうか。
 そう思ったが、言った所でどうする事も出来ないのは分かり切っている。言って分かるような男ならば、今頃ボルスはもっと人の心の機微に聡い男になっているはずだから。
 パーシヴァルは深々と息を吐き出した後、気を取り直すように問いかけ直した。
「だから、その熱帯魚を貰ってきて、その後どうするつもりなんだと聞いている。・・・・・・食べるのか?」
「食べるわけが無いだろう。観賞用だぞ、これは。」
「じゃあ、育てるのか?」
「ああ。当たり前だろうが。」
「お前が?」
「もちろんだ。」
 言い切り、ボルスは力強く己の胸を叩いている。
 その姿はなんとも逞しいが、まったくもって信用出来ない。自分自身の面倒も見切れていないボルスが、他の生き物の世話など出来るはずがないのだ。本人はまったくその事に気付いていないようだが。
 下手をすれば、有耶無耶の内にその魚達の世話を押しつけられる事になりそうだ。
 それはそれで別に構いはしないのだが、すぐに誰かが手を貸してくれるような環境はボルスの為にならないだろう。
 まだ20代半ばとは言え、四捨五入すれば30才になる男がそんなことではいけない。少なくても、パーシヴァルはそう思う。だから、自分が手を貸さなくても文句を言われないように手を打つ事に決めた。
「そうか。じゃあ、お前が責任持って世話をするんだな?」
「ああ。」
 確認するように問い返せば、ボルスは力強く頷き返してくる。それでも信用出来ず、もう一度問いかける。
「俺に任せたりしないんだな。」
「勿論だ。俺のものなんだから、俺が育てる。」
「ソレを聞いて安心した。」
 ニコリと笑んだパーシヴァルは、持っていたペンを指先で器用に回転させ、机の上に両肘をつき、組んだ手の上に自分の顎を乗せ、ボルスの顔を覗き込んだ。彼の反応を窺うように。
「じゃあ、俺は何があっても一切手を出さないからな。」
「大丈夫だ。魚の世話くらい俺にも出来るぞ!」
 何を当たり前の事をと言いたげなボルスに、パーシヴァルは薄い笑みを浮かべたまま語りかける。
「・・・・・・・・・そう、願っているよ・・・・・・・・・・」
 と。



 数日後、色鮮やかな魚達が水面に浮かび上がっていたのは、言うまでもない。




















所詮ボルスのやることで。





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熱帯魚