一日経つのが恐ろしく長い。
 気が狂うのではと、思うほど。
 ひっきりなしに見上げる空に昇っている太陽は、少しも動いた気がしない。
 苛つく自分を馬鹿にするように、天辺からビクトールの事を見下し続けている。
「・・・・・・・むかつくな。」
 出来ることなら真っ二つに切り裂いてしまいたい程ムカツク。あの太陽が。
 夜の紋章の化身だと言い張る己の武器に、それが出来れば良いのにと本気で思うほどに。
 苛々しながら城内を歩き回っていたら、気心の知れた仲間達に、
「冬眠明けの熊が獲物を狙って城内をうろついている」
 だの
「ちょっかいをかけると噛みつかれるから関わるな」
 等と腹の立つ事を言われた。
だが、そんな影口に怒鳴り返すこともせず、ビクトールは城内を歩き続ける。
 夏真っ盛りなこの季節に冬眠はしないが、飢えているのは確かな事だから。だけど、何でもかんでも食べようとは思わない。
 食べたいモノは、一つだけだから。
 二・三週間うろついた気分になった頃。ようやく日が傾き賭けてきた。
 それを待っていたと言わんばかりに、開いたばかりの酒場に飛び込む。
 その様を見たレオナが、盛大に溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・まったく、あんたって奴は・・・・・・・・・・」
 心底呆れたと言わんばかりにそう呟きながらも、レオナは酒を一瓶渡してきた。
 値段が低く、度数が高い酒を。
 自分の事を把握したレオナの行動に苦笑を浮かべながら、瓶の中身をグラスに注ぎ、軽く掲げてみせる。
「・・・・・・今日も宜しく頼むぜ、レオナ。」
「ちゃんと飲んだ分払ってくれるならね。」
「おう。」
 軽く請け負い、内臓に酒を満たす。カッと燃えるようなその酒の味に、苛々気分がほんの少しだけ治まった。
 だが、本当に少しだけだ。どんなに飲んでも気が晴れることはなかった。
 店に入った時に傾きかけていた太陽は、三本空けた今でもまだ地平の上に飛び出ている。この分だと、空に星が瞬くようになるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「・・・・・・・・・・とれぇんだよ・・・・・・・・・・・・」
 時間が経つのが、恐ろしく遅い。
 だが、他の人はそう思っていないらしい。いつもとなんの変わりのない日常だと、口を揃えて言う。
 おかしいのは自分だけ。
 自分の周りの時間だけが、異常なほど流れが遅い。
 もしかしたら、自分は悪い病気に掛かっているのかも知れない。
 そう思うが、ホウアンの元へ行くことが出来ない。具体的な病名を告げられたくないから。
 もし自分が不治の病だったら、あの男はどんな反応を示すだろうか。死ぬまで看病してくれるだろうか。
 いや、別に看病して欲しいわけではない。死の瞬間まで傍らを歩いていたいとは思うけど。だから、どんな病気になっても彼の隣を歩き続けようと本気で思っている。
 だが……………
「・・・・・・捨てられそうだよなぁ・・・・・・・・・・」
 病持ちなど、旅の邪魔だと斬り捨てられる気がする。気がするどころではなく、間違いなくそうするだろう、最愛の相棒は。
 そう考えたら、やはりホウアンの元へは行けなくなる。
 ただちょっと、時間の間隔がおかしいだけだ。どうって事無い。
 そう己に言い聞かせた。
 だが、ほんの少しだけ気弱になる心を押し込めることが出来ず、情けない声で呟きを漏らしてしまった。
「・・・・・・・・・・フリック・・・・・・・・・・・」
「なんだ?」
 呟きに言葉を返され、ビクトールの身体は驚きのあまりに跳ね上がった。
 慌てて振り返れば、そこにはこの一ヶ月ほど目にすることが出来なかった男の姿が。
「フリック・・・・・・・・・・・」
「だから、なんだと聞いている。」
 眉間に皺を寄せながら、フリックが再度先を促す。その言葉に誘われるようにビクトールの口から言葉が漏れた。
「お前、いつ帰って・・・・・・・・・・・?」
「ちょっと前だ。シュウの所に報告を済ませたから、一杯飲みに来たんだよ。お前は・・・・・・・随分前から楽しんでいるみたいだな。」
 テーブルの上に転がる酒瓶をチラリと流し見たフリックが、呆れたようにそう返してきた。その言葉で自分が既に10本近く酒瓶を空にしていた事に気付く。
 周りを見れば客は大勢居たが、アホみたいに酔っぱらった者は居ない。夜が始まったばかりだと言うように。
「いったいいつから飲んでるんだ?こんなに空にしやがって・・・・・・・・ったく。これ以上酒太りしたらどうする気だ。」
「なっ・・・・・・・・俺は、別に太ってねーって・・・・・・・・・・・」
「俺が居ない間、毎日こんなに飲んでいたわけじゃぁ、無いだろうなぁ?」
 反論するビクトールの言葉を遮るようにしてかけられた言葉は問いかけのようだったが、問いかけではない。決して。彼は確信を持った瞳で見つめてくる。
 その瞳から逃れるように、ビクトールは視線を彷徨わせた。
「・・・・・・・・・あ〜〜〜まぁ、・・・・・・・・あれだ。」
「あれ?」
「お前が居なくて、寂しくて…………な。はははっ!」
「ハハハじゃないっ!」
「イテっ!」
 笑って誤魔化そうとしたが、思い切り殴られた。
 雷を落とされなかっただけましだろうとは思うけれど、コレもかなり痛かった。自然と、まなじりに生理的な涙が浮かび上がってくる。
 そんなビクトールの姿を冷えた目で一瞥しながら、フリックがあきれかえったような口調で言葉をよこしてきた。
「まったく・・・・・・・・目を離すとすぐこれだ。良いか、お前はしばらく飲むな。禁酒だ、禁酒。」
「あぁっ?!何言ってんだ、お前っ!」
「当たり前だろ。ひと月このペースで飲んでたとなれば、お前のツケは凄まじいことになっているはずだからな。そのツケが払い終わるまで、禁酒だ。」
 キッパリと言い切ったフリックの瞳には、本気の光しかない。単なる脅し言葉ではないだろう。彼は本気で自分に禁酒を科している。だからその言葉を無視したら、きつい仕置きが待っているに違いない。
 容易く想像出来る未来の光景を鮮明に脳裏に描き、ビクトールはブルリと小さく身体を震わせた。
 だがその前に、今すぐ有無を言わさぬ強引さで部屋まで引きずって行かれ、この一ヶ月の酒代を吐かされた上に軽く一時間くらい説教をされ、最終的には雷の一つでも落とされるのだろう。フリックが禁酒を言い渡すだけなどという生ぬるい措置をとるわけがないのだから。
 そう思ったのだが、フリックはそんな予想と大きく違う行動をして見せた。ビクトールの目の前の席にドカリと腰を下ろしたのだ。
 そんな彼の態度に目を瞠り、首を傾げて問いかける。
「・・・・・・・部屋に帰らないのか?」
「当たり前だろうが。俺は飲みに来たんだぞ?飲まないで帰るわけがないだろうが。」
「そりゃあそうかも知れないが・・・・・・・・・・俺に禁酒だって言ってたしよ。」
 なんでそんなことを言われないといけないのか分からないと言いたげなフリックに怖ず怖ずと問いかけると、彼は盛大に顔を歪めて見せた。
「お前の禁酒と俺が酒を飲まずに部屋に帰ることに、なんの繋がりがあるんだ?」
 心底意味が分からないと言いたげな表情で告げられたその言葉に、ビクトールの脳みそは一瞬凍り付いた。
「・・・・・・・・・え?」
「部屋に帰る気がないなら、お前は俺が酒を飲んでる横で水でも飲んでおけ。レオナっ!」
「はいよ。」
 フリックの言葉に、レオナが苦笑を浮かべながら近づいてきた。
 一本の酒瓶と、グラスを二つ持って。そのグラスの一つには、水がなみなみと注がれている。それを目にして、ビクトールの顔は自然と歪んだ。
「・・・・・・・・レオナ・・・・・・・・・・」
「あんたが飲み過ぎなのは本当だろう?しばらく肝臓を休ませな。こわーい監視も、居る事だしね。」
 抗議の意味を込めて名を呼べば、レオナはにやりと意地に悪い笑みを浮かべながらそんなことを言ってよこしてきた。いったいどこから自分たちの会話を聞いていたのだろうか。
 不平を表すようにジロリとにらみ付けると、今度はフリックがからかうような口調で言葉をかけてくる。
「だとよ。この先俺が良いと言うまでお前は水だけ飲め。分かったか?」
「・・・・・・・俺に死ねと言っているのか、フリック・・・・・・・・・・」
「死ぬ前には飲ませてやるさ。」
 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたフリックは、レオナの持ってきたグラスに酒を注ぎ入れ、軽く持ち上げた。そして、ニコリと笑む。
「ただいま。ビクトール。」
「・・・・・・・おう。お帰り。」
 遅れた挨拶と共に、グラスを打ち付け合う。
 中身が水でも、酒が入っている時と変わらない軽い音をたてて。
 その音を合図に、ビクトールの時間が動き出す。
 空に輝く星が動き、日が昇る。
 昇った日が、落ちていく。
 前と変わらない日常。
 隣に立つ、相棒の姿。
 自分が日常だと思うモノが、今ここにある。
 この空気が、たまらなく嬉しい。

 自分の時計のネジを巻いているのは、彼なのかもしれない。
 本気でそう思いながら、ビクトールはニカリと、笑った。










 












新年一発目から分け分からん。涙。
まぁ、ビクトールはフリックが大好きだって事で。微笑。













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壊れた時計