柵の中を、華奢な四肢の。だけど駆け回る足つきにはたくましさを感じる生き物が走り回っていた。
 すぐ傍らにはその生き物の倍以上はある同じ形の生き物が、寄り添うように立っている。
 二匹の仲睦まじい姿をボンヤリと見つめながら、ボソリと言葉がこぼれ落ちた。
「・・・・・・・・・・羨ましいな・・・・・・・・・・」
「なんだ、お前。母親が恋しい年でも無いだろうが。」
 すぐ傍らからそう声をかけられ、ビクトールはビクリと身体を震わせた。そして、慌ててその声の方へと視線を向けると、そこには少々呆れたような顔をした、鮮やかな青色を纏った青年が立っていた。
「・・・・・・・フリック・・・・・・・・・」
「それとも何か?なんだかんだ言いながら、女の肌が恋しくなったのか?だったら俺は全然気にしないから、さっさと鞍替えしたらどうだ?」
 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながらそう声をかけてくるのは、二人の周りに誰もいないからだろう。そうじゃなければ彼が今発した言葉もそうだが、今浮かべているような笑みを見せることは無いのだから。フリックは。
 それは自分に心を許していると言うことだろうからものすごく嬉しい。嬉しいが、反面チョッピリ悲しくもなるのはなんでだろうか。
「・・・・・・・・・んなわけねーだろうが。俺は、お前一筋だっての。」
「はいはい。それはどうも有り難うよ。」
 全く心のこもっていない言葉にムッとしたが、何を言っても相手が全く気にしないのなら怒るだけ無駄だ。
 ビクトールはさっさと気持ちを切り替え、話を変える。
「で。お前はいつの間にここに来たんだ?」
「10分くらい前かな。」
「げっ・・・・・・・・・・・・」
 その言葉に息を飲む。
 全く気付いていなかったのだ。彼の存在を。自分の傍らに立っていたことに。声をかけられるまで、全く。
 城内だから多少気を抜いてはいるが、だからと言って至近距離に人が近づいてきても気付かない程気を抜いていたわけではない。と、自分では思っていた。どうやらそうでは無かったらしい。
 いや、相手がフリックだから気配を感じる事が出来なかったのだろう。彼ほど自分の気配を消して行動出来る男をビクトールは知らないから、そう思う。
 だが、フリックが相手であると言うことを言い訳に使うわけにはいかない。言い訳にしたい気持ちは大いにあるが、した段階でフリックに何を言われるのか分かったモノではないから。
 それに、剣を握って戦場を渡り歩くことを生業としている自分としては、大いなる失態であることには違いない。これが戦場だったら今頃自分は生きていないだろうから。
 そんなビクトールの内心を読んだのだろう。フリックが実に楽しそうに返してきた。
「この10分の間にお前は100回死んでるぜ。しかも、細切れになってな。現実にそうなりたくなかったらもっと神経を研ぎ澄ませ。」
「・・・・・・・・ンな事してたら、気の休まる時がねーだろうが。」
「そうか?」
 不思議そうに問い返してくるフリックの様子に、ビクトールは深々と息を吐き出した。
 それを日常的に行っている人間にそんなことを言うのは愚問だった。
 フリックと自分の感性が大きく違うと感じるのは、こんな時だ。
「で、何が羨ましいんだ?」
 その話は終わりとばかりに繋げられた言葉に、ビクトールは小さく息を吐いて気を取り直す。そして、先程感じた思いを口にした。
「ああやって仲良く寄り添ってる姿が羨ましいなと、思ったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・へぇ。」
 頷き返しはしたが、その気のない言い方でフリックがビクトールの言葉に同意をしていないのが分かりやすいほどに分かった。だからビクトールは、苦笑を返す。
 そんなビクトールに、フリックは寄り添う馬の親子に視線を向けながらこう返してきた。
「俺はってっきり、違うことをうらやましがっていると思ったんだが。」
「違うこと?」
「ああ。」
 フリックが言いたいことがなんなのか分からず、彼の顔に視線を向ける。その視線を感じているだろうに、フリックはビクトールに視線一つ向けることなく。言葉を続けてくる。
「生まれてすぐに立って歩けることをうらやましがってるんだと、思ったんだ。」
「はぁ?」
 思いもかけない言葉に素っ頓狂な言葉を返せば、フリックは僅かに眉間に皺を寄せながら言い返してきた。
「考えても見ろ。人間は生まれて一年経たないとろくに歩く事も出来ないんだぞ。自分の食い扶持を自分の手で得る事が出来るようになるには、更に五年以上だ。一般的に認められる年齢になるまでは、自分ではもう一人立ち出来ると思っているのに周りの大人に押さえつけられる。それに引き替え、馬は生まれてすぐに立ってナンボだ。そりゃあ、最初は母乳生活だが人間のように何をするのにも手を借りなきゃいけないって事はない。・・・・・・・・・・まったく。羨ましいったらないよな。」
 吐き捨てるように語られた話しぶりから、過去に何かイヤな事があったと推測される。
 その過去の出来事が大いに気になった。気になったが、問いかけても答えてはくれない事は明白だ。だから、ビクトールは口を噤んだ。
 そんなビクトールに、フリックが再度言葉をかけてきた。
「で?お前はそんなに母親と一緒に居たいのか?」
「ちげーよ。俺が寄り添っていたいのは、お前だけだっつーの。」
「はぁ?」
 予想通りのフリックの反応だったので傷つきはしないと思っていたのに、ヤッパリ実物の彼からそんな反応を受けると傷ついてしまう。情けない顔をするのを止められない。
 そんなビクトールの反応など全く気にした様子もなく、フリックは柵に凭れかかって馬を見つめつつ、あっさりとした口調で繋げてきた。
「俺は寄り添うよりも、競い合うように先を目指して歩いていきたいけどな。」
 その言葉にハッと息を飲む。
 それを空気の動きで察したのだろう。チラリと視線を向けたフリックが、楽しげにその瞳を細めて笑った。
「俺は、誰かに頼る人生も頼られる人生もまっぴらゴメンだぜ。」
「フリック・・・・・・・・・・・・・」 
「それをやりたいなら、他を当たれ。」
「当たるかよ、バカヤロウ。」
 言いながら、拳で軽くフリックの額を小突いてやる。
 その攻撃を甘んじて受けながら笑みを浮かべるフリックの首筋を捕らえ、ビクトールは己の顔をフリックの端整な顔へと近づけていく。
 そして、唇が触れあうかと言うところでそっと囁く。
「何度も言わせんな。俺には、お前だけだ。同じ道を歩きたいと思うのも、抱きたいと思うのも・・・・・・・・・」
「聞き飽きたぜ。その言葉は。」
 笑みを浮かべる唇に己のそれを触れあわせる。
 誘うように開く口内に己の舌を侵入させ、歯列を割る。更に奥深いところへと誘うようなフリックの舌に己のソレを絡みつけながら、そんな彼の行動に彼の気持ちが込められていると思った。
 思いたかった。
 甘い甘い、口づけに。



































互いの足でしっかり立ってる彼等が格好いいと思ったとかなんだとか。
表現し切れてねーですが。涙。










                       ブラウザのバックでお戻り下さい。











子馬