「砂で作った城の様だな。」

 寂れた田舎町の宿屋に部屋を取り、二人向かい合って酒を飲んでいたら、フリックが急にそんな事を言い出した。
 なんのことだと瞳で問えば、彼はグラスを軽く回して中に入っている氷をカラリと鳴らしながら言葉を続ける。
「作り上げるまでは馬鹿みたいに労力と時間をつぎ込んで、見栄え良くするために色々手を加えて、それを維持するためにもまた馬鹿みたいな労力をつぎ込むけど、毀れるときはあっという間だ。」
「・・・・・・・ハイランドのことか?」
 問いかけに、フリックはクスリと笑いを零す事で答えてきた。

 長かったのか、短かったのか。いまいち自分でも判別付けられない期間、ハイランドとやり合ってきた。その戦いが終りを告げたのは、ついこの間のこと。ハイランドの名のある将は国と共に倒れ、皇族もまた、その血を絶やした。
 皇女ジルと結婚し、皇王としての地位を得たジョウイも、今はもう、あの国には居ない。
 例え「ハイランド」という名で国を保ち続けても、それは今までの「ハイランド」と同じ物ではないだろう。0からのスタートでは無いにしろ、また新たに形を作らないといけないのだからかなりの労力が必要となり、先が長い作業となるだろう。あの国の民は、疲弊しきっているから、余計に。
 そう考えながら、手にしていたグラスの中身をグイッと煽る。沈みそうになる気持ちを飲み下すために。
 そんなビクトールの耳に、静かなフリックの声が聞えてきた。
「なんでわざわざ、作るのかな・・・・・・・・・・」
 問いかけていると言うよりも、自分の考えを口に出しただけという感じの呟きだった。だが、ビクトールは言葉を返す。
「砂の城をか?」
「ああ。」
 頷き、グラスの中の液体をひとくち口に含んだフリックは、チラリと視線を窓の外に向けた。
 静かな闇が落ちている窓の外へと。
「波が来ればすぐ崩れる。風が吹いたら飛ばされる。子供にだって簡単に踏みつぶせるようなものを、なんでわざわざ作るのか。俺にはさっぱり理解出来ないな。」
 それが本物の砂の城のことなのか、それともハイランドやその他の国を模して話しているのか、いまいち分かりにくかった。だから、態と茶化したような口調で言葉を返す。
「なんだ、お前。作ったこと無いのか?」
「そんな無駄な事をしている暇は無かったからな。」
 クスリと小さく笑んだフリックは、手にしていたグラスをテーブルの上へと置いた。静かな室内に、コトリと軽い音が響く。
 安宿の割には隣の部屋の物音が聞えないから、つい最近まで暮らしていた城の自室と同じくらいの静けさが室内に落ちている。
 その静けさのお陰で、この安宿の一室があの住み慣れた部屋と同じくらい気持ちが落ち着く空間になっている。
 ビクトールにとっては。
 いや、例え隣の部屋の物音が耳についても、自分にとってココは落ち着ける空間となるだろう。目の前に居る男の存在が、変わらないのだから。
 その事で、もう戻らない場所ではあるけれど、あの場所が、あの空間が無くなったわけではないと、確信する。
 ニッと、口端を引き上げた。そして、テーブルの上に片肘を付いて掌に己の頬を乗せ、目の前にあるフリックの顔を覗き込むように首を倒す。
「壊れたって、二度と同じ物が手に入らなくたって、残るもんがあるだろう?だから、作るんだよ。何度もな。」
 その言葉に、青い瞳が軽く見開かれた。そして、数度瞬きを繰り返す。
「残る物?」
「ああ。・・・・・・・・・・思い出とか、な。」
「・・・・・・・・・・・ふぅん・・・・・・・・・・・」
 ビクトールの言葉に小さく頷いたフリックは、ビクトールと同じようにテーブルに片肘を付き、掌に己の頬を乗せた。そして、僅かに俯く。何かを考えるように。
 そんなフリックの姿をしばし見つめたビクトールは、手にしていたグラスの中身を一気に煽って空にして新たな酒を注ぎ込んだ。


 自分達の前で幾つかの砂の城が崩れ落ちた。

 赤月帝国。

 傭兵砦。

 ハイランド。

 細かい物を上げたらもっと沢山ある。
 だが、その崩れたモノがあったからこそ、今の自分達がある。自分とフリックで造った『城』は傭兵砦だけだけど、それを作ったからこそ、今ここで顔をつき合わせていられるのだと思う。いつか崩れるだろうと、自分から崩すかも知れないと思いながらも作ったあの砦があったからこそ。
 だから、アレを作ったことは無駄なことだったとは思わない。それを、フリックも分かってくれればなと思う。
 自分と歩いてきた道行きが無駄なモノだったと思わないで貰いたかった。


 ジッと、フリックの反応を待つ。そうと思われないように、いつもと同じようにゆっくりとグラスを傾けながら。
 やがて、俯けられていたフリックの顔がゆっくりと上がった。手放していたグラスを長い指が掴み、アルコール度の高い酒を一気に飲みきる。その空いたグラスに直ぐさま新たな酒を注いでやれば、ニヤリと、性質の悪そうな笑みを返された。
 そんなフリックの笑みを見て、ビクトールもまた似たような笑みを返す。
 まだ半分以上入っていたグラスを一気に空けた。そのグラスに、フリックが直ぐさま新たな酒を注ぎ入れる。

 言葉もなく、酒が満たされたグラスを打ち合わせた。

 その音で。

 合わせた視線で、互いの思いを読み取りながら。
























フリックが何を思っているのか・・・・・・・・









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砂礫王国