「アメリカかぁ・・・・・・・・・・・」
 傍らから唐突に上がった声に、眠りに落ちかけていた流川の意識がこの世に引き戻される。
 なんだろうかと、屋上で寝転がっている自分の傍らに胡座をかいて座り込み、ボンヤリと空を見上げている二つ年上の男の顔を見上げれば、男は流川の視線に気付いているのかいないのか、言葉を発し続けた。
「アメリカって言っても広いよなぁ・・・・・・・・・・州が幾つあるんだっけ?中学ん時になんかやったよな、確か。」
 自分に語りかけているのか独り言なのか。流川には判別を付ける事が出来なかった。流川が寝ていようが起きてようが一人でベラベラと喋る男だけに。それは流川がろくに話をしないせいかもしれないが。
 とにかく、どっちか分からないので流川は口を噤むことにした。返事をしなくても怒ることはそうないので。そんな流川の耳に尚も男の声が聞えてくる。
「カナダに近い方が寒いんだよな。で、下の方が暑いんだよな?だったら真ん中あたりが一番暮らしやすいのかねぇ・・・・・・・・・」
 それはどうなのだろうか。真ん中と言われてもそこら辺になにがあるのか分からないのでいまいちピンと来ない。その気持を表すように流川は軽く首を傾げて見せた。
 その動きを視界の端で捕らえていたのか、それとも元から流川が起きている事に気付いていたのか。急に三井が自分の顔を見つめてきた。
「で、お前はアメリカのどこに行きたいわけ?」
「え?」
 言葉をかけられたことで、ようやく今までの彼の言葉が自分にかけられていたものだと知る。
「・・・・・・・そうっすね・・・・・・・・・・」
 とりあえず言葉を発しながら、流川は大いに悩んだ。問いかけに答えるべき言葉が無かったのだ。
「・・・・・・・・・・まだ、決めてねぇっす。」
「そうなのか?」
 素直に現状を口にすれば、三井は拍子抜けしたような顔をした。
「でも、目星くらいつてんだろ?」
「いや、全然。」
「オイオイ・・・・・・・・・大丈夫かよ、それで。」
 呆れたような。心配するような声でそう言いながら、未だに寝転がったままの流川の頬に手を伸ばした三井は、その手で頬を軽く叩いてきた。
「本気でアメリカ行きてーなら、自力でちゃんと調べとけよ。誰かが手を差し伸べてくれるなんて甘いこと考えてるわけじゃねーんだろ?」
「・・・・・・・それは、まぁ。」
「大体お前、英語喋れんの?日本語だって怪しいくせによ。」
 痛いところを突っ込まれ、流川は思わず口を噤む。
 そんな流川の態度に、三井は何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべて見せた。
「異文化交流に必要なものはまず言葉だぜ?意思の疎通が図れなきゃ、仲良くなれるモンもなれなくなるってもんだ。」
「・・・・・・・別に、仲良くなんてならなくても・・・・・・・・・」
「バーか!何考えてるか分かんねー新参者にパスなんか出来るわけねーだろうが。信頼関係があるから、パス出来るんだろうが。例えどんなに腕が良くても、仲間がパスを出さない奴をコートに上げる監督はいねーよ。人材豊富なところなら、余計にな。」
 言われた言葉にハッとした。確かにそうだ。いや、そうだと思えるようになったと言った方が正しいかもしれない。
 中学の時は自分のワンマンチームだったから、他の人へのパスは必要だったからやっていただけで、信頼云々は考えたことは無かった。だけど高校に入って、赤木に、木暮に、宮城に。そして三井に会って、インターハイに出て、仲間にパスを出すとプレーの幅が広がると言うことに気が付いた。コートの上に立っているのが自分だけじゃ無いと言うことに。
 分かっているようで、分かっていなかった。ずっと、自分さえ頑張ればなんとかなると思っていたから。
 まだその思いは多くある。自分の力でごり押ししてしまう場面も多々ある。だけど三井の言葉は理解出来るようになったから、流川は言い返すことが出来なかった。タダの憎まれ口を叩く事さえも。
 押し黙る流川の胸の内をどう判断したのだろうか。小さく笑みを零した三井が寝転がる流川の髪の中に細長い指を埋め込み、たいして整えていない髪をグチャグチャとかき回してきた。
 その子供を慰めるような彼の行為に恥ずかしさとくすぐったさを感じた流川は、小さく首をすくめると三井の手を振り払うように、腹筋の力だけで己の上半身を勢いよく持ち上げた。
 流川の唐突な行動に驚き、しばし固まっていた三井だったが、すぐに口元に意地の悪い笑みを浮かべ、叩くようにして流川の背中に付いた汚れを叩き落とす。
「時間はあるようでねーからな。やりたい事があるならそれに向って突き進むのに必要なものは、さっさと集めとけ。駒が足りなかたったら選択の幅が狭まるが、ありすぎて困ることは無いだろうからよ。」
「・・・・・・・・・・センパイ・・・・・・・・・・・」
 元不良にそんなもっともらしい事を言われるとは思って無くて、流川は素で驚いた。
 そんな流川の心情を読み取ったのだろう。三井は不愉快そうに眉間に皺をよせて見せる。
「・・・・・・・・・んだよ、てめー。俺の言葉に文句があんのか?あぁん?」
「・・・・・・いえ。文句なんてないっす。ただ・・・・・・・・・・・」
「ただ?」
 途切れた言葉の先を聞き返して来る三井に、流川は素直に思ったことを伝えるべきか大いに悩んだ。「文句はないが大いに驚いた」と言うべきかどうか。
 だか結局口にしないで事にする。たぶん、口にしたら怒ってこの場から立ち去ってしまうだろうから。
 だから、違うことを口にした。
「・・・・・・・・・・・アリガトウゴザイマス。」
「はぁ?」
 前後の繋がりが見えない言葉に、三井はキョトンと目を見開いた。そんな彼に、流川は軽く頭を下げながら最後言葉を発する。
「俺のこと、考えてくれて。アリガトウゴザイマス。」
「ぁ・・・・・・・・・あぁ。別に、後輩のことだし。それくらい普通だろ?赤木や木暮も同じ事言ってくるだろうよ。いや、もっと言い方キツイかもしれねーけどな。」
 続けたれた言葉に合点がいったのか、三井が頷きながら答えてきた。
 その言葉に、流川は小さく首を振る。
「そうかもしれねーけど、俺に言ってくれたのは三井先輩だし。三井先輩に心配して貰えるのは、ちょっと嬉しイッス。」
「バーカ。なに言ってんだよ。」
 三井は怒ったように、でもどこか照れくさそうにそう返すと、流川の額に軽くデコピンを食らわせてきた。
 その軽い刺激にムッと顔を顰めてみせれば、三井はフフンと鼻で笑い、再び空へと視線を向けた。そして何事か考えるような間の後、大きく頷きを返してきた。
「よしっ!アレだ、流川ッ!」
「なんすか?」
「グランドキャニオンだっ!」
「・・・・・・・・・・・は?」
 言われた言葉の意味が本気で分からなかった。
 とは言え、聞き覚えのある単語なのでなんとなく立ちはだかる岸壁やらをイメージしてみる。してはみたが、それと今までの話の繋がりが分からなくて流川は軽く首を傾げた。
「・・・・・・・・・それが、なんすか?」
「だから、お前が目指す場所だよ。」
 なんで分からないんだと言いたげに顔を顰めてそう告げてきた三井だったが、あっという間に気を取り直したらしい。すぐさま機嫌良く続けてきた。
「やっぱアメリカ行くならスケールデカイ所を目指さねーとな。アメリカで有名な壮大な場所って言ったら、やっぱそこだろ?」
「・・・・・・・・センパイ・・・・・・・・・・・・」
「生で見たことは無いけどよ。あんなん日本じゃあり得ねーし。一度は見てみたいもんだよなぁ・・・・・・・・・」
 流川の声など聞えていないのか。三井は一人で頷いている。
「ってわけで流川。取りあえず、お前が目指す場所はグランドキャニオンなっ!」
 やたらめったら嬉しそうにそう宣言してくる三井に返す言葉が見つからない。
「俺は旅行に行く訳じゃない」とか、「そこでバスケが出来るのか」とか、そう言う突っ込みをする事すら出来なかった。
 ソレは偏に、三井が嬉しそうにしているから。彼のご機嫌な気分を害する事など、流川には出来なくて。
 三井の瞳を見れば、流川が頷くことを期待して輝いている。
 本気なのだろうか。本当の本当の本気なのだろうか。先程の発言は。
「だったら馬鹿過ぎる・・・・・・・・・」
 さすがドアホウトリオの最年長。
 そう内心で呟いた流川だったが、自分もまたドアホウである自覚は大いにあった。
「・・・・・・・・・分かったっす。」
 と、頷いてしまうのだから。三井の笑顔を見たいがために。
「おうっ!頑張れよっ!」
 流川の目指す場所が決まったのを我が事の様に喜ぶ三井を見て、「まぁ、良いか」と思ってしまった。とりあえず、そこを目指しておくことにしても良いかなと。
 この話宮城あたりにしたら大笑いされそうだが。




































多少の目星はつけていると信じたいですが。
ってか、三井・・・・・・・?










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