洗濯物日和
























カラリと晴れ渡った太陽の下、パーシヴァルは重苦しい、淀んだ息を吐き出した。
「なんだって俺がこんな目に・・・・・・・・」
 そう言いながらチラリと傍らを見遣れば、ボルスがビクリと体を震わせた。
「な・・・・・なんだ、その目は!俺のせいだとでも言うのか!」
「ああ。その通りだ。珍しく頭の周りが良いじゃないか。」
 にっこりと微笑みかけながら褒めてやれば、ボルスは悔しそうにギリギリと奥歯を噛み締めた。そんなボルスの様子を横目で確認したパーシヴァルは、頭上高く上る太陽へと、顔を向ける。この状況に陥る経緯を思い浮かべながら。
事の起こりは数日前。サロメからブラス城への使いを頼まれた事から始まった。
 命令自体はたいしたものでは無かった。書類を届けがてら城内を見てまわり、残留している騎士達の訓練をつける。それだけの大変簡単なものだった。
 常に書類整理におわれるパーシヴァルにとってその出張は良い息抜きになるので、かなり好きな部類の仕事だったりもする。だから二つ返事で頷いた。一緒に行くのがボルスでもたいして気にならなかった。
 端から見てもわからない程度に機嫌を良くして厩舎に向かったら、珍しく愛馬の体調が思わしく無かった。しきりに謝るキャシーと連れてけと騒ぐ愛馬を厩舎に残し、パーシヴァルは乗り慣れぬ馬で出掛ける事になったのだ。
 乗り慣れていないとはいえ、馬の扱いは騎士団一と言われるパーシヴァルだ。行き道でボルスに挑まれた早がけ勝負に余裕で勝利し、懐かしさを覚えるブラス城で淡々と業務をこなしていった。
 数日逗留している間は何も無かった。パーシヴァルはそれなりに機嫌良く仕事を片付けていた程だ。夜にボルスの誘いに乗ってやるくらいに機嫌が良かった。そのためにボルスの機嫌も良くなったが、パーシヴァルにとってはどうでも良いことだ。彼は年中浮かれていることだし。
 パーシヴァルの機嫌を損ねた事件は、帰り道で起こった。
 途中までは何事も無かった。ボルス的に言えば和気あいあいと、仲睦まじく馬を並べて歩いていたのだ。その良い感じの空気をぶち壊したのは、突如現れたモンスター達だった。
 レベルは低いが、数が数だけに相手をするのに苦労した。それでもなんとか打ち倒していたのだが、敵に背後を取られたボルスが馬から転げ落ちた事で状況が変わった。
「うわっ!」
 六騎士と言われるくらいだから馬の扱いはそこそこ旨いボルスだが、流石に背後から力任せにタックルをかまされたら防御出来ない。彼は見事に顔面から落馬した。
 顔面から地面に突き刺さる勢いで馬から転がり落ちたボルスは、その顔面で己の体重を支えるように地面に突き刺さっていた。そんなボルスの様に、冷静を売り物にしているパーシヴァルもさすがにその場に凍りついた。心配のためではない。その間抜けな姿に呆れ返ってだ。
 だか、そんな細かいパーシヴァルの心情は敵にはなんの関係も無かったようだ。隙が出来たパーシヴァルに、集中して攻撃を仕掛けてくる。
「・・・・・・・・このっ!」
 迫り来る敵共をなんとか蹴散らしはしたものの、数が数だけに旨く裁く事が出来ない。パーシヴァルはじょじょに追い詰められて行った。
「うわっ!」
「ボルス?!」
 突如上がった同僚の叫び声に思わず視線を流した途端、今度はパーシヴァルの体に敵が体当たりをかまして来た。
「・・・・・・・っ!」
 ボルス同様完全に隙を付かれたため、パーシヴァルもまた、馬の上から転がり落ちる。とはいえ、ボルスのようなぶざまな落ち方はせず、ちゃんと受け身を取ったが。
 受け身を取ったとは言え、混戦状態での落馬だ。どんなに綺麗に落ちても安全と言うことは無い。パーシヴァルは痛みを堪えて素早く立ち上がり、武器を構えた。
 そんなパーシヴァルの目の前で、乗り手を無くして身軽になった馬が軽快な足取りで逃げ去って行く。こんな怖い場所につき合いきれないと言いたげに、一目散に。
「・・・・・・・・・これだらか借り物は・・・・・・・・」
 その様を見て、思わず愚痴が零れた。
 愛馬だったらこんな事は有り得ない。自分の事を守ってくれる位の事はしたはずだ。
「まぁ、仕方ないがな・・・・・・・・」
 逃げた馬に気を向けている余裕は一切無い。今は自分の命を守る事を第一に考えねば。
 パーシヴァルは武器を持つ手に力を入れながらこう、呟いた。
「・・・・・・・・・俺に落馬させた報いは、受けてもらわねばな。」
 ちょっぴりプライドを傷つけられていたパーシヴァルだった。








  そんなこんなで、なんとか敵を蹴散らしたパーシヴァルとボルスは、平原をひたすら歩いていた。馬があればそう時間がかからないが、人の足だと倍以上の時間がかかる。自然と野宿決定だ。日が落ちてから軽い仮眠をった二人は、日が昇ってからは城に向けてひたすら歩いていた。荷物は全て馬に括り付けていたので、飲まず食わずで。
「・・・・・・・・・・良い天気だな。」
 冒頭の厭味の後は会話も無く突き進んでいたが、パーシヴァルが急にそんな事を言い出した。また言葉で攻められるのかと身構えるボルスに、パーシヴァルはぼんやりと空を見上げながら呟きを漏らし続ける。
「こんなに天気が良いなら、蒲団を干したかったな・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・なんだ?突然そんな事を・・・・・・・・・・・」
 パーシヴァルの言葉の意図が掴めず問い掛けたが、彼はボルスの言葉など無視して話し続けた。
「ここ最近天気が悪かったから洗濯物も溜まってたんだよな。これだけ天気が良ければすぐに乾いただろうなぁ・・・・・・・・・・・・」
「おい?」
「本当なら今頃城に帰り付いてただろうからな。そしたら半日休暇で・・・・・・・・・洗濯物日和だったんだろうなぁ・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・。」
 やっぱり厭味だったかと、ボルスは深々と息を吐き出した
言い返したいが、自分がぶさまに落馬しなければこんな状況に陥らなかったと思うだけに、何も言えない。
 少なくても、「お前だって落馬しただろう!」とは言えない。その事に彼がえらく腹を立ている事に気付いているから。口では敵わない相手だから、たとえパーシヴァルに非があろうとボルスが悪い事になるのは目に見えているし。いや、今回は自分のせいなのだが。
 再度溜息をつき、パーシヴァルにならって空を見上げる。
 確かに、良い天気だ。
 チラリとパーシヴァルを見遣れば、言葉にある棘程には機嫌を損ねていないと思われる彼の顔があった。
「・・・・・・・・・・すまん」
 なんとなく謝罪の言葉を発してみた。するとパーシヴァルは、空に向けていた顔をボルスへと向け直した。そしてニコリと、この晴れ渡った太陽の光よりも明るい笑みを返してくる。
 その笑みに、ハッと息を飲む。
 滅多に見ることが出来無い彼の愛らしさすら感じる笑みに見取れて。
 時の流れを忘れる程に彼の顔を見つめていたら、突然顔面に衝撃を感じた。
「いたっ!」
「しおらしくしても許さないからな。」
 言いながら、パーシヴァルは手の中で小石を弄んでいた。どうやらそれを投げ付けられたらしい。
「・・・・・・・・・パーシヴァル。」
 怨みがましい声で彼を睨みつけた。すると彼は、鼻で小さく笑い返して来くる。
「ほら、さっさと歩け。これ以上遅れて帰ったらクリス様が心配されるぞ。」
「うっ・・・・・・・・・・・・」
 その言葉は確かにそうだ。落馬したせいで帰還が送れたなど、騎士としてあるまじき事だ。しかも、六騎士と言われる自分達が。
「お前の帰還が遅れたところでたいした損害は無いが、俺が遅れて帰ると業務に差し支えるんだ。分かったらさっさと歩け。」
 その心の底から馬鹿にしたような言われ様にカチンと来るものがあったが、それは事実なのでぐっと口をつぐむ。
 そんなボルスの様を満足そうに見つめたパーシヴァルは、ゆっくりと足を踏み出した。言葉程には焦っていない様子で。
 その姿を見つめながら、ボンヤリと思う。
 澄み渡る空の下。
 誰の邪魔も無く二人きり。
 こんな事言えば怒られるかも知れないが、たまには落馬するのも良いかもしれないと、こっそり思う。こんな風に彼と二人きりで歩けるなら。
「ボルス!」
「今行く!」
 足の遅れたボルスの名を、パーシヴァルが呼ぶ。
 たったそれだけの行為が、たまらなく嬉しかった。




























デートではないけれど、ちょっとしたデート気分で(でもサバイバル系)











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