冬島が近いのか、ここ最近気温がグッと下がったところで安定している。
ついでに、倉庫の蓄えも減った。

寒くて食べるものがない。

黄泉の世界からお招きがかかっているとしか思えないような状態だ。

とはいえ、あと二三日は普段の分量から五割減の量で乗り切ることが出来るだろうくらいの食料は残っているから、まだ救いはある。気候が安定していると言うことは、島が近いと言うことだし。なんとかなる。
食欲魔神のルフィの腹は、持っている技術と知識を総動員して膨らませられるだけ膨らませて焼いたパンを作って誤魔化そう。見た目が大きければ食った気になってくれるだろうから。いや、ならせてやる。肉肉騒がれても無い袖は振れないのだから。
とはいえ、何かタンパク質を与えないとアレは黙らないだろう。肉じゃなくても、魚でも。でかい海王類が船の前を横切ってくれたら万々歳なのだが。
そんなことを考えながら皿を洗い終えたサンジは、濡れた手をタオルで拭きながら丸窓から外へと視線を向けた。
そこには、もの凄く綺麗に晴れ渡った青空が広がっている。軽やかな鳥のさえずりが聞こえてきそうな程の快晴っぷりだ。陸に上がっていたら、のんびりと公園のベンチに座ってひなたぼっこにでも興じたいくらいに良い天気だ。
そんな事を思いながら架空の公園を脳内で思い描く。

 青い空。
 大きく枝を伸ばした沢山の木々。
 その木々にとまっている、小鳥たち。

「――――このさい、雀でも良いぜ」
脳内の公園で地面に落ちている何かをついばんでいるらしい鳥の姿を思い浮かべたところで、ボソリと呟く。
食いでの無さそうな鳥ではあるが、食わないよりもマシだろう。
そう思い、自分の呟きに大きく頷いた。
雀を捕まえたら、どう料理してやろうか。無難に丸焼きか唐揚げだろうか。今のタンパク質不足な船の状況を考えると、雀を発見した途端にルフィが生のままで丸飲みしそうな勢いがあるので、絶対に死守しなければ。
せっかくのタンパク質だ。ナミとロビンにも食べさせてやりたいが、雀の形そのままだとロビンはともかく、ナミは食べてくれない気がするから、羽をむしった後に骨事砕いて形を変えた方が良いかも知れない。そうしたら、料理の幅も広がってくる。
「……どうすっかなぁ……」
久々の食材だ、腕が鳴るぜ、と胸の内で呟く。
そんな食材は手に入っていないのだが。
そんなサンジに、背後から突っ込みが入った。

「スズメで何する気だよ」

思い切り油断していたので、端から見ても分かる程大きく肩を揺らしてしまった。
条件反射で脅かすなと怒鳴り返そうとしたが、すぐに我に返って口を噤む。過剰な反応を示せば馬鹿にされることが分かり切っているので。そうなると、確実に喧嘩に突入する。喧嘩になったら、今の自分は彼には勝てないだろう。何しろ、ここ最近まともに食事をしていないのだから。
いつ次の島に着くのかも、いつ敵船と遭遇するのかも分からない今の状態で、無駄に体力を減らすのは得策ではない。
そう考え、サンジは口から付いてでそうになった言葉をグッと飲み込んだ。そして、ゆっくりと振り返る。眠っているとばかり思っていた、ラウンジの隅の方で壁に凭れるように座り込んでいた男の方へと。
押し隠しきれなかった不機嫌さを表すような、剣呑な表情を浮かべて。
「あん? んなの決まってんだろ、食うんだよ」
「食う? スズメをか?」
「あぁ。食料が底をつきかけてるからな。スズメでも多少は腹の足しになんだろ」
「いや、あまりなりそうも無いが……ってか、こんな所にスズメなんかいるかよ。せめてカモメにしておけ」
「うっせーーっ! 雀でも良いから食えるもんを捕まえたいツッてんだよっ!」
呆れ気味のゾロの言葉に、公園の風景をボンヤリと妄想した上に妄想の中で捕まえた雀をどう料理しようかとウキウキしていたのを知られて馬鹿にされた様な気がして、頭に一気に血が上った。
その血に任せて怒鳴りつけたサンジは、大股でゾロの元まで歩み寄り、呆れた表情のまま自分の顔を見上げている彼の胸元を掴みあげ、睨み付ける。
「てめーみてーにいっつもいっつも寝こけているだけのアホには、わかんねーだろうがなっ! この船で次の島までタンパク質を保たせるのは大変なんだよっ! 寝てる暇があるなら、魚の一匹でも釣り上げてみやがれっ!」
「至近距離で怒鳴るな。鼓膜が破れる」
サンジの剣幕などどこ吹く風でサクリとそう言い返してくるゾロに、サンジの怒りのボルテージは更に上がった。怒りが強すぎて怒鳴ることも出来ない程に。
ゾロの胸ぐらを掴みあげている手がブルブルと震える。

 蹴り殺そう。 

本気でそう考え、戦闘態勢に入ろうと両足に力を入れたところで、唐突にゾロが視線を反らした。
何かを考えるように。何かを探すように、視線が宙を向く。
と思ったら、すぐにサンジの瞳へと視線が戻り、ニヤリと口端を吊り上げるようにして笑いかけてきた。
「あぁ、でも、お前にはカモメよりスズメの方が良いかもな」
突然の言葉に、サンジは怒りも忘れてキョトンと目を丸めた。ゾロの言葉の意味がさっぱり分からなくて。
「……あぁ? なんだ、そりゃ。どういう意味だよ」
「キレ易いのは、カルシウム不足だからだろ? スズメの丸焼き食って、カルシウム補充しとけ」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながらの言葉に、サンジの頭に再度血が駆け上った。胸ぐらを掴む手に力がこもる。
「――――てめぇ。良い度胸してんじゃねーか。相手になってやるぞ、こらぁっ!」
「そりゃあ、ありがてぇな」
本気で凄んだ言葉にもの凄く嬉しそうな満面の笑顔で返され、眉間に皺を刻み込んだ。彼を喜ばせるような言葉を放った覚えがさっぱり無かったから。
自分の言動を振り返ったほんの少しの間をつくように、ゾロが胸ぐらを掴みあげていたままのサンジの手首を掴み取ってきた。
その動きで我に返り、抵抗しようと身体を引いたが、その力よりも引き寄せられる力の方が強く、サンジの身体はゾロの方へと倒れ込んでいった。
「うわっ!」
予想していなかった出来事に小さく悲鳴を上げたサンジは、勢いよくゾロの胸へと倒れ込んだ。
その細い身体を危なげなくしっかりと抱き留めたゾロは、逃げようとするサンジを逃すまいとするように、抱きしめる腕に力を込めてくる。
「ちょっ………ゾロっ!」
「うるせぇ。黙ってろ」
「この状況で黙ってられる訳ねーだろうがっ!」
予想もしていなかった状況に焦り、ゾロの腕の中で盛大に藻掻きながら怒鳴り返したのだが、ゾロは放す気配を見せない。そんな態度にむかついて意地になって暴れたが、ゾロとサンジでは筋肉の鍛え方が違う。どんなに暴れても、拘束から逃れることは出来なかった。
フッと息を吐き出し、全身から力を抜いた。拘束から逃れることを諦めて。放す気があったら、最初に抵抗したところで放しているだろうから。
「――――ったく。なんなんだよ、お前は」
ゾロの首筋に額を落としながら、不快感を如実に表している声で呟くように漏らす。
だが、ゾロはその声音を気にした様子もなく、あっさりとした口調で返してきた。
「寒いからな。湯たんぽ変わりだ」
「湯たんぽ〜〜〜〜?」
「おう。どうせ材料なくて料理することも出来ないから、暇なんだろ。たまには昼寝に付き合えよ」
「――――って、言われてもよぉ…………」
この体勢では寝るに寝れない。
そう無言のメッセージを込めながら至近距離にある男の瞳を睨み付ければ、ゾロはからかうような笑みを浮かべながら言葉を返してきた。
「人肌で温め合うのは、遭難した時の常識だろうが」
「あほか、てめぇっ! この狭い船の中でどうやって遭難するんだよっ!」
どうしようもないアホな答えを返してくるゾロの額を手のひらでパチリと叩いたサンジは、そこで一旦動きを止め、深々と息を吐き出した。
この男には何をどう言っても無駄だろうと、諦めて。
やると決めたらやり抜く男だ。どんな些細なことでも、大きな事でも。抵抗するだけ無駄だろう。どうしても譲れないことは意地でも抵抗するが、コレはそこまで抵抗しないとならない事でもないし。無駄な体力を消耗させて抗うよりも、要求に応えて体力を温存させた方が得策だろう。
そう考え、目の前にある、常人よりも太く逞しい首筋に顔を落とし直す。
「――――まぁ、いいや。お前のアホに付き合ってたら疲れてきたし」
「寝るか?」
「あぁ。みんなにはおやつは出せないって言ってあるしなぁ………」
息を吐き出しながら囁くようにそう零したサンジは、細く長い両腕をゾロの逞しい上半身に巻き付け、厚い胸板に己の薄い身体を密着させる。
そして、緩い力で目の前にある身体を抱きしめた。
「――――誰か来る前に起こせよ、クソ剣豪」
「あぁ」
「変なこともすんなよ」
「変なことってーのは、コウイウコトか?」
笑みの混じる声でそう問いかけてきたと思ったら、首筋に音を立ててキスされた。
そんなゾロの小さな攻撃に薄く笑ったサンジは、ゾロの首筋にうめていた顔を上げ、唇が触れあわん程の至近距離まで顔を近づけ、囁くように言葉を返す。
「ここまでなら、許してやるよ」
言葉を唇に直接吹き込むように、ゆっくりと唇を重ね合わせる。
それを待っていたかのようにゾロの口が開き、誘うように肉厚の舌がサンジの口内に進入してきた。
その舌に、己の薄い舌を絡め合わせ、思う存分、慣れた味を堪能する。
息が微かに上がり、寒さを感じていた身体に熱が灯る。
これ以上熱を持ったら止められなくなるくらい熱くなったところで、ゾロの胸に両手の平を添え、そっと身体を押す。
離れることを嫌がるように頭に回されていた手のひらに力が入ったが、添えていた手のひらで軽く胸を叩き、小さく首を振れば、渋々と手を放された。
それでも、名残おしむように口内からあふれ出て顎を伝い落ちている、どちらのモノとも分からない唾液を、ゆっくりと舌先でぬぐいとられた。
「――――ここまでかよ」
十分に身体を離し、眉間に深い皺を刻み込んだ凶悪な顔を見つめ返せば、ふて腐れたような声で囁かれた。
その言葉に薄く笑い返す。
「おう。変なことはするなって、言っただろう?」
「――――煽ったのはどっちだよ」
面白く無さそうに吐き捨てるゾロの言葉に、クツクツと喉の奥をふるわせた。
ゾロの状態は分かっている。布越しに伝わってくるから。
同じ男だ。そこで止められたら辛いだろう事も分かっている。だが、今の時間に、この場所でこれ以上の事をするわけにはいかない。それは、ゾロにも分かっているだろう。
クツクツと笑いながら、もう一度ゾロの首に己の腕を巻き付ける。そして、煽るように甘く、艶やかな声で耳元に囁きかけた。
「コレも鍛錬だと思って我慢しとけよ。鍛錬マニア」
「うるせぇ。これ以上煽るようなマネしやがったらこの場で犯すぞ」
「やれるもんならやってみな。でも、その後は無いと思えよ?」
凶悪な顔で威しをかけてくるゾロに意地の悪い笑みを浮かべながらそう返せば、ゾロは悔しそうに顔を歪めて黙り込んだ。どうやら、ソレは嫌らしい。
クツリと小さく笑みを零す。分かりやすい反応を示すゾロが、無性に可愛く感じて。同じ男で、自分よりも遙かにがたいが良いヤツではあるけれど。
ひと睨みするだけで子供を泣かせられる程に凶悪な面をしているけれども。
それでも時々無性に可愛いなと思うのは、自分の目が腐ってしまっているからだろうか。
そんなことを考えながら、太い首筋に額を落とす。そして、軽い口調で言葉を発した。
「まぁ、遭難したら続きをやらせてやっても良いけどな」
「――――アホか」
憎々しげに。だが、どこか愛しげにそう言い返してきたゾロが身体を抱き寄せ、きつく抱きしめてくる。
その力強い包容に、自然と口元が緩んだ。
外は寒いし食料は無いしで、黄泉の世界からお迎えが来ても良いような状況だけど。
もっと大騒ぎして不安を覚えても良いような状況だけど。
それでもなんとなく、

幸せだなと

思って。
























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冬の雀