「風来坊のビクトールだなっ!俺と勝負しろっ!」
 真正面に立った男がビシリと己を指さしてそんなことを叫んでくるのに、ビクトールはウンザリと息を吐き出した。
 その横でフリックが楽しそうに苦笑を漏らしている。
「・・・・・・・・人気者だな、ビクトール。」
「・・・・・・・・・うるせぇよ。」
 からかうような言葉への返事は、自然と不機嫌を露わにしたものになった。
 ハイランドとの戦いが終わって数ヶ月。再び二人で気ままな旅をするようになってからこの手の輩が異様に増えた。
 名の売れた傭兵であるビクトールを倒して自分の名を上げるつもりなのだろう。モンスターを100匹斬るよりもそちらの方が手っ取り早いから、その気持ちは分かる。分かるが、それならばフリックに勝負を挑んでも良いのでは無いかとビクトールは思う。見た目から言うと、自分よりも彼の方が与しやすそうなのだから。
 だが、そんなビクトールの思いを無視するように、勝負はビクトールにふっかけられ、毎日のように。時には日に何度でも相手をしてやる羽目になっている。
「まぁ、軽く遊んでやれよ。」
「んな暇はねーっての。」
 軽いフリックの言葉にビクトールもまた軽く返し、挑戦状を叩き付けてきた相手に斬りかかっていった。
 勝負は一瞬。
 相手のレベルが低すぎるから。
「俺に勝負を挑みたきゃ、もっと修業を積むんだな。」
 剣をはじき飛ばされて呆然と自分の顔を見上げてくる挑戦者にそう告げたビクトールは、さっさと足を進めていく。その横に並んで歩を進めてきたフリックが、クスリと小さく笑いを零した。
「もうちょっと長く相手をしてやっても良かったんじゃないのか?」
「力の差を見せつけてやった方がアイツのためだろう。」
「そうか?勘違いさせて無謀な事をやるように仕向けてやるのも良いと思うけどな。俺は。」
「・・・・・・・・お前・・・・・・・・・・・・」
 サラリと言われた言葉に、自然と顔が強ばった。その顔をチラリと見上げたフリックは、どんな高級な宝石よりも綺麗な青い瞳をキラリと輝かせる。
 そして、薄目の唇をゆっくりと引き上げた。
「あの程度の腕で傭兵をやろうって言うのがおこがましいんだよ。何を考えてその道を選んだのか知らないが、勘違いしてる奴は早々に正しい道に戻してやるべきだろう?」
「だからってなぁ・・・・・・・・・」
「お前の言葉に馬鹿正直に修業でもされてみろ。無駄な時間を食いつぶした分、後戻りしにくくなるぞ?」
 確かにソレはそうだ。傭兵家業に両足を突っ込んでしまったらもう、抜けるに抜けられない。あの男程度の腕なら、まだ片足分だからなんとかなるだろうが。
「ソレを考えたら、足の一本や二本犠牲にさせてでも『自分にはもう傭兵が出来ない』って思わせた方がアイツのためだと、俺は思うぜ?」
「・・・・・・・・・・足を二本犠牲にしたら、普通の生活だって出来ないだろうが。」
「その時はその時だろ。職業の選択を間違えたやつが悪いんだよ。」
 あっさりとそう言いきったフリックが、口角を引き上げた。
 その笑みに、ビクトールの背筋に冷たい汗が滴り落ちる。
「・・・・・・・・・・お前なぁ・・・・・・・・」
「なんだ?」
 軽く首を傾げ、ニッコリと、邪気が欠片も見受けられない笑みを浮かべて返してくるフリックの様子にうっと言葉につまった。
 態となのだろう。その表情は。30手前の男に可愛いもクソもないが、それでも可愛いと思ってしまうその表情は。ビクトールの反論を防ぐために、態と浮かべているのだろう。
 そう分かっているからこそ、フリックの思惑にはまりたくなかった。だからなにか言い返そうと口を開いたのだが、その口から出たのは深い溜息だけだった。
「・・・・・・・・・なんでもねぇよ。」
「そうか?」
 脱力しきったビクトールの言葉に、フリックは満足気な笑みを浮かべた。その笑みが意味することを知っていながらも、自然と鼓動が跳ねるのを抑えられない。
「・・・・・・・・まったく。どうしようもねぇな。俺は・・・・・・・・・・」
 思わずそう、愚痴を零す。惚れてしまった方が負けなのだ。見た目は天使のようでも中身は悪魔のような男だと分かっているのに、そんな彼の事が好きなのだと、思ってしまっているのだから。
 魂を賭けて契約したいと、思う程。
「とんでもねぇ奴に惚れちまったな。ったくよォ・・・・・・」
 傍らの男の瞳と同じ位鮮やかな青空を見上げながら、苦笑を漏らした。
「魂なんかを賭けなくても、離れる気はサラサラねーけどな。」
 だから、覚悟しておけ。
 地獄の底まで付いていくから。
 そんな言葉を、口に出さずに傍らの男にかけた。





























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