「アレだな。アレ。」
 なんの前置きも無く三井がそんな言葉を吐き出した。何事だと視線を彼に向けると、彼は俯き、荒くなっている息を床に向って吐き出していた。
 壁に背中の一部を付け、床に腰を下ろし、左右に開いた足に上半身をもたせかけるようにして。
 再入部当初に比べたら大分体力をつけてきた彼ではあるが、二年間ろくに身体を動かしていなかったツケは大きく、インターハイを目前にした今でも練習が終盤に差し掛かると息が上がってしまうのだ。練習を引っ張っているのがゴリラ並みの体力を誇る赤木だから仕方のないことかも知れないがが、もう少し体力をつけて欲しいと宮城は切実に思う。
 試合中、彼に抜けられると痛いのだ。彼が抜けて開いた穴は大きすぎる。木暮には悪いが、やはり彼では安心出来ないのだ。
 どんなにバテてヘロヘロになっていても、三井がコートの中にいると思うだけで心強い。どんな状態でも、彼は決めるときに決めてくれるという信頼があるから。実力を伴った、信頼が。
 中学MVPは伊達じゃない。最初は中学程度の話だろうと思ったが、練習を重ねて勘を取り戻した彼の動きは、中学時代の貯金等という安い物ではないほど高額なモノになっている。どうやら本人は気付いていないようだが。
 そんなことを考えながら三井のことを見つめていた自分に気付いた宮城は、はっと意識を引き戻し、問いかけた。
「なんすか、アレって。」
 間があったからか。それともただの独り言だったのか。三井は宮城に言葉をかけられたことに驚いたように目を見張り、顔を上げた。だがすぐに驚きは過ぎ去ったのか、見開いた瞳を通常の大きさまで閉じ、両膝に腕を乗せて両手を組んだ。
 そしてその組んだ手の上に自分の顎を乗せるような体勢を取って宮城の顔を見上げながら、ゆっくりと口を開く。
「コインロッカーだよ。」
「は?何が?」
「俺の『バスケットがしてーっ』て気持を、仕舞ってた場所。」
 サラリと言われた言葉に息を飲んだ。その反応に小さく笑みを浮かべた三井が宮城から視線を反らし、休憩中の為に今は誰も使っていないリングへと、瞳を向けた。
「隠し場所が見つかん無くて適当にそこら辺のコインロッカーに押し込めておいたら、放置し過ぎて管理人に中漁られて。んで、突っ返されて延滞料取られてる。そんな気がしてきた。」
「・・・・・・・・・三井サン・・・・・・・・・・」
「二年だからな。延滞料が高くてかなわねーよ。借金地獄にあってる気分だ。」
 楽しげにそう呟いた三井は、リングに向けていた瞳を再度自分の足元の床へと戻し、息を吐き出した。
「なんかなぁ・・・・・・・・・・どこのロッカーに入れたのか忘れて焦ってたもんが出てきて嬉しいんだけど、素直に喜べないって感じなんだよなぁ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・嬉しくないんすか?」
「あん?嬉しいぜ?嬉しいんだけど、腹が立つんだよ。もっと見付けやすい場所に仕舞っておくんだったなってよ。そしたら、もっと早い時期に自分で見付けられたかも知れないだろ?」
 ニッと笑いかけてきた三井の顔はいつもの彼の顔だったけど、そんな彼の表情を見ていたらなんだか妙に切なくなった。
 三井の語った言葉は、彼の口調ほど軽いことでは無いだろうと思うから。
 バスケットが好きだと全身で叫んでいる彼が、二年もの間ボールに触ることさえしなかったのだから。
「このツケをいつになったら払い終わるのか。払い終わることが出来るのか。それがすげー心配だぜ。」
 ボソリと呟かれた言葉は、彼には珍しい弱気の言葉だった。
 皆の前では強気な態度を貫き通している彼には、珍しい。
「・・・・・・・・・三井サン・・・・・・・・・・・」
「ま。なんとかなるだろうけどな。何しろ、俺様だから?」
 うひゃひゃと軽い笑い声を上げた三井がダルそうながらも腰を上げた。それと同時に練習再開の笛が鳴る。
 その音に導かれるようにコートに向う三井の背をジッと見つめた。
 彼の胸の中に、どんな思いがあるのか気になって。
「少しは、話して下さいよ・・・・・・・・・・・・」
 役に立てるかどうかは分からないけれど。
 聞くことしかできないけれど。
 それでも話をして貰いたかった。
 自分を仲間と思っているのなら。



































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コインロッカー