時々ふと考える。自分は相棒にとってどの程度の位置にいるのだろうか、と。
 昔は顔を合わせるたびに睨み付けられていた。その強い視線が無くなったのはいつ頃だったろうか。一緒に旅をし始めた頃からだろうと思っていたが、彼がむやみやたらに自分に突っかからなくなったのはもっと前だった気もする。
 旅に出るずっと前。
 オデッサの死を彼が受け入れた頃。
 そんな風に思うのは、気のせいだろうか。
 そもそも、彼とはオデッサという繋ぎが無ければ個人的な話をする事はそう無かった気がする。二人で顔をつき合わせて酒を飲むようになったのは、旅を始めてからなのだから。
 同じ道を歩いて、彼のことが少しずつわかり始めていた。
 皆が思っている程くそ真面目ではないし、純情でなんか、全然無い。
 何よりも戦うことが好きで、厄介事を持ち込むビクトールに文句を言いながらも嬉々として諍いの真っ只中に飛び込む。
 酒を多量に飲むことはないが、酒にはそこそこ強そうだ。
 何も考えていないような顔をしながら、結構先の事まで考えながら行動している。
 単純そうに見えても実に複雑な人間だと言うことが、共に旅した三年の間で分かったこと。
 思っていたのと違ったからと言って彼のことを嫌いになったりはしなかった。逆にどんどん引き込まれていく。もっと「彼」という人間の事を知りたくなる。
 だからこそ、彼が自分の事をどう思っているのか知りたかった。
 自分と同じように、共に歩いていたいと思っているのかどうか。
「なぁ、フリック。」
「なんだ?」
 自分の部屋で二人、無言で酒を飲んでいた。その静かな空気を破るように彼の名を呼べば、彼はチラリと視線を向けてくる。
 その闇の中でも鮮やかな青色の瞳を覗き込みながら、真剣な眼差しで問いかける。
「お前にとっての俺って、どういう存在だ?」
 問いかけると、フリックは僅かに目を見張った。その問いかけは全く予測していなかったのだろう。二三度軽く瞬いたフリックは、クスリと小さく笑みを零した。
「なんだ、いきなりそんなことを。」
「いきなりじゃねーよ。ずっと気になってたんだ。おら、教えろよっ!」
 せかすようにテーブルを指先で軽く叩いて見せれば、フリックは呆れたような表情で見返してきた。
「なんなんだよ。わけが分からない奴だな・・・・・・・・」
「うるせぇよ。ほら、ささと吐けっ!」
「俺にとってのお前ねぇ・・・・・・・・・」
 答えを探すように視線を彷徨わせたフリックは、手にしていたグラスを軽く回しながらゆっくりと口を開いた。
「少なくても、『右腕』ではないな。ソレはオデッサだからな。」
 彼の言う『オデッサ』は剣なのか、恋人なのか。ビクトールには判別出来なかった。問いかけてみたかったが、話の腰を折って先を続けて貰えなかったら寂しいのでグッと口を噤み、先を促す。
「で。『左腕』は紋章だ。この二つは俺にとっては無くてはならない存在だからな。一生変わらない。」
「・・・・・・・・・そうか。」
 それはどういう意味だろうかと、しばし考える。自分の存在は紋章にも劣る程度だと言いたいのだろうか。「お前なんかいなくても生きていける」と。暗に告げているのだろうか。
 読みやすい様でいて実のところ大層読みにくいフリックの心の内を読むことは、三年つき合って来たビクトールにも出来ない。読んだつもりでいてもフリックの本当の心とは違う心を読まされていた、と言うことは幾度もあるのだ。早合点するのは得策ではない。ビクトールはジッと、フリックの言葉の続きを待った。
 そんなビクトールの様子に気付いたのか、フリックが笑みの形に唇を引き上げ、ゆっくりと言葉を発してきた。
「そんなわけで、俺の両手は塞がっている。残っているのは両足だが・・・・・・・・・・」
 そこで一旦言葉を止めたフリックは、ホンノ少しだけ瞳を細め、軽く首を傾げた。
「・・・・・・・どっちが良い?」
「・・・・・・・・・へ?」
 問われた言葉の意味が分からず問い返せば、細められていた瞳がさらに細められる。そして、グラスに口を付けながら静かな声音で続けてきた。
「右足と左足。両足は無理だが、片足くらいならお前に分けてやっても良いぜ?」
 どうだ、と問いかけてくるフリックの言葉にビクトールは言葉を失った。
 そんな答えが返ってくるとは思っていなくて。
 戦士である彼の足を自分にくれると言うことは、かなり自分の存在が大きいと言うことではないだろうか。
「・・・・・・・・・フリック・・・・・・・・・・」
「ま。取りあえず今だけだけどな。」
「・・・・・・・・・おい、どういう意味だ。」
「両手と違って一生もんじゃないって事だ。邪魔な足はすぐ切るぜ?だからせいぜい、がんばんな。」
 ニヤリと口角を引き上げて笑うフリックの言葉は抽象的だが、要するに自分と歩いていたければ同じ速度で歩けるように腕を磨けと言うことだろう。
 そんな事は、言われなくても分かっている。自分達が生きているのは戦場なのだから。腕の衰えは死を意味する。そんなこと、良く分っている。
「・・・・・・・・・その台詞、そっくりそのまま返してやるよ。」
 不敵な笑みを浮かべてそう返せば、フリックもまた小さく笑い返してきた。そして、どちらとも無く手にしていたグラスを打ち合わせ、中身を煽る。
 焼け付くような酒で体内を燃やしながら、ビクトールは熱い息を吐き出した。
 言葉と共に。
「・・・・・・・・いつか、一生モンにしてやるよ。」
 片足と言わず、両足を自分のモノにしてやろう。
 彼の両腕を奪う気は無いけれど。
 そんな内なる声を聞いたのか。それとも外に出た言葉への返しなのか。フリックが実に楽しそうに笑い返してきた。
「そいつは、楽しみだな。」
 と。
「・・・・・・見てろよ。」
 口の中で小さく呟く。
 必ず成し遂げてやると、強く決意を胸にして。












































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片足