「――――過労による発熱でしょう。ちょっと熱の高さが気になりますので、一応薬を3日分出しておきますよ。まぁ、貴方にとっては気休めにもならないかも知れませんが」
 少し困ったような表情を浮かべながらそう告げながら、ホウアンは薬が入った袋を差し出してきた。その袋を断ることなく受け取ったフリックは、いつもよりのんびりとした歩調で自室への道を歩いていく。
 今日は珍しく、自覚出来る程具合が悪かった。それでも何とか平時と変わらぬ自分を取り繕ったつもりだったのだが、いつものように取り繕う事が出来なかったようだ。会議の場に赴いた途端、城主であるチッチから速攻で医務室行きを言い渡された。
 ビクトールが城にいたら、会議の場に行く前に、朝起きてすぐに医務室息を言い渡されていただろうが、彼は数日前から近場に現れたと言う賊を退治に出ていて、城内に居ない。お陰で看病だなんだと無駄に騒がれることもないので、だるい身体には良い環境だ。
 余程具合悪そうに見えたのか、診察が下る前にあっさりと休暇を言い渡されたので今日一日仕事をする必要はない。だが、休んだからといって誰かが代わりにやってくれるわけではないので、休んだ分だけ仕事は溜まる一方なのだ。だから、不意な休暇を貰ってもあまり嬉しくない。
「――――さっさと治して、何とかなる量で止めておかないとな」
 ボソリと呟きながら自室のドアノブに手をかけ、身体を室内へと滑り込ませる。そのまま真っ直ぐベッドに向かい、通りがかりにテーブルの上に貰ってきた薬の袋を投げ置き、毛布を剥ぐこともせずにベッドの上に倒れ込んだ。
 その体勢で、しばし固まる。これ以上、動きたくなくて。
 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。しっかり休むためには、きちんと身体を休めることが出来る状態に持っていかなければ。布団の中に入らなかったせいで回復が遅れた、なんて事になったら目も当てられない。
 気力を振り絞って怠い身体に鞭を打ち、ノソノソと身体を起こしたフリックは、ブーツを脱ぎ捨て、マントを床の上に放り投げた。
 そのマントの上に胸当てを外して落とし、バンダナをむしり取る。腰に刺さっていたオデッサと枕元に立てかけてズボンからベルトを引き抜いたところで、力尽きた。
 いや、尽きては居ないが、それ以上脱ぐ気にならなくなったのだ。
 身体を締め付けているモノが無くなっただけでも随分と楽になる。野宿している時から考えると、十分すぎるくらいに良い体勢だ。
 そう考え、さっさと布団の中に潜り込もうとしたフリックだったが、少々動きを止めた。ゆっくりと身体を起こしてテーブルまで歩み寄り、投げ置いていた小さな袋の中から渡された錠剤を全て取りだし、口の中に放り込む。
 気休め程度にも効かないが、わざわざ出してくれたモノをそのまま捨てるのも躊躇われて。3日分の薬を一気に飲むくらいなら、飲まないで捨ててくれとホウアンは言うかも知れないが。だが、それだけ飲んだところで良い方にも悪い方にも効きはしないことは分かっているので、なんの問題も無いだろう。
 片付けるべきものを片付けられて満足したフリックは、薄く笑みを浮かべながら小さく頷いた後、ようやく布団の中に潜り込んだ。
 だが、布団に入ったところで眠気は欠片程もやってこない。
 全身から発している熱が気持ち悪くて、妙に意識が冴えてきて。
 ドアの向こうを歩く人の足音が、話し声が、耳に付いて。
 窓の外から聞こえてくる子供達の甲高い笑い声に苛々して。

 だから、体調を崩したくないのだ。
 普段無意識の内に制御しているモノが、制御出来なくなるから。
 不必要な情報までも取り込み、脳みそがパンクしそうになる。そうじゃなくても、熱でやられているというのに。

 過剰に与えられる情報に先程まで無かった頭痛すら感じてきて、眉間に深い皺が刻み込まれる。
「あ〜〜………もう…………鬱陶しい………」
 あまりの鬱陶しさに、枕元に立てかけておいたオデッサを手にして、自分の意識に引っかかる全てのモノを切り捨てに行きたくなる。自分の回りになにも無くなれば、この世から全ての生き物が無くなれば、自分は安心して眠ることが出来るだろうから。ソレは確実なことだから、実行したくてたまらなくなる。そんなことをしてはいけないと、僅かばかり残った理性が押しとどめているが、それもいつまで保つだろうか。
 自分の理性が焼き切れるのが先か、熱が下がるのが先か。
 前者はあまり歓迎出来ないなと考え、なんとか理性を保とうと焼き切れ欠けた理性を必死につなぎ止めていたフリックの意識に、馴染みの深いモノが引っかかった。
 途端に、口元が緩む。
 どうやら最悪の事態は避けられそうだなと、思って。
 近づいてくる気配を追う。まだ他の気配にも意識は向けられていたが、ソレを追うことで先程よりも回りに向ける意識は薄くなり、苛立ちが収まっていく。
 フウッと、深く息を吐き出した。
 それと同時に、全身に入っていた妙な力が抜けていく。
「よお! 珍しくダウンしてるって?」
 ノックも無しに部屋に侵入してきた男は、ドアを開けるなり無駄に陽気な声でそう語りかけてきた。
 そんな男にいつものように何か言い返してやろうと思ったフリックだったが、急に襲ってきた眠気のせいで口を開く事が出来なかった。いや、無理をすれば一言くらい発する事は出来ただろうが、ここで無理をする必要はない。折角休める環境が手に入ったのだから、さっさと休んでしまおうと、意識を手放していく。
「――――なんだよ。そんなに酷いのか?」
 人の気配に敏感なフリックがなんの反応も示してこないことを訝しく思ったのか。男は声のトーンを落とし、心配そうに問いかけてきた。そして、少し慌てたような足取りでベッドの端まで駆け寄ってくる。
 そんな男の態度がほんの少し面白くて、手放しかけた意識を再度引き戻し、男が近づいてくる気配を追う。
「ホウアンには熱が高いだけって聞いたが……」
 呟きながら、男がその大きな手をフリックの額に伸ばしてくる。その手が額に届く寸前で、男の手首を掴み取る。
 突然のフリックの反応にギョッと目を向いた男に、強い眠気に閉じたまま開きたがらない瞳をなんとか開いてニヤリと、笑いかける。そして、残った力を振り絞って男の身体をベッドの上に引き倒し、その身体の上にまたがった。
「――――油断大敵だぜ、ビクトール」
「――――んだよ。心配して駆けつけてきた相棒にする仕打ちか?」
「気配を読み切れないお前が悪い」
 ぼやくビクトールにクスクスと笑いながらそう返してやれば、彼はふて腐れたように頬を膨らませた。
「お前の気配程読めねぇもんがあるかよ。っったく。そんなに元気があるなら、急いで戻ってくるんじゃ………」
 口を尖らせながら文句の言葉を吐いていたビクトールの声は、最後の言葉を口に上らせることなく、かき消えた。
 ビクトールの腹の上にまたがっていたフリックの身体が、急に己の胸の上に倒れ込んできた事に、驚いて。
「お、おいっ! フリックっ! って、うわっ! お前、すげー熱いじゃねーかっ!」
 耳元で叫ぶビクトールの声は大層五月蠅かったが、先程の雑音に患わされていた時のような怒りや苛立ちは湧いてこない。苛立ちを感じるどころか、合わさった胸から伝わってくる彼の体温に、鼓動の音に、心地よさを感じる。
 自然と、ため息が漏れた。
 そのため息に引きずられるように、これ以上無いくらい激しい眠気が襲ってくる。
「――――悪い。ちょっと、このまま………」
 言葉は最後まで発する事が出来なかった。襲い来る眠気に戦いを挑む事すら、出来なくて。
 今まで我慢していた分、その反動は大きかったのだろう。自分でもビックリするぐらい、一気に意識が沈み込んだ。
 それでも完全に途切れることのない意識に、ビクトールの困惑したような声が聞こえてくる。
「――――なんなんだ、こりゃ? ぁ、もしかして、頼られてるってことか? そう言う事か? 俺の顔を見て安心して、ようやく眠りにつけたとか。……うん、それが良いな。よしっ! そう言うことにしておくかっ!」
 満足そうに大きく頷いたビクトールは、胸に倒れこんで眠っているフリックの身体に腕を回し、抱きかかえる。片腕にフリックの身体を抱きかかえながら脇の方に飛ばされていた毛布を自分とフリックの身体にかけ直したビクトールは、そのまま毛布がずれないように注意しながらゆっくりと身体を倒し、完全に横になったところで再度毛布の位置を直してからフリックの身体を抱きしめなおした。
「このままって言ってたんだから、良いんだよな?………へヘヘヘ…………」
 もの凄く嬉しそうに笑ったビクトールが抱きしめる腕に力を入れてきた。二度と放さないと言うように、強く。
 その腕の強さを感じたところで、最後まで残っていた意識の糸がぷつりと切れる。
 彼が居れば大丈夫だ。
 そう、確信して。
 そんな風に思う自分に苦笑しながら、フリックは完全な闇の中に落ちていった。


















































身を預けるのは、一人だけ
















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