今回の戦いも激しい物だった。
 敵の兵力と味方の兵力はほぼ同等。
 互いにどれだけの兵力を殺げるか。それが勝利への道に繋がると考え、死力を尽くして戦った。
 結果、ハイランド軍が敗走する形で今回の戦いの幕がおりたのだが、こちらもかなりの痛手を受けた。
 相手にした敵の数が多かっただけに、それなりの切り傷を負ったフリックだったが、味方の兵全体から見ると無傷に等しい。だから自然と、戦闘の後には負傷兵の手当をする人員として駆り出された。
 ホウアンの指示を聞きながら紋章とアイテムを駆使して、兵の傷を治していく。生き残る可能性がより高い者から順に。
 残酷な話だが、死ぬと分かっている者に手を貸してやれる物資も時間も人手も無いのだ。


「・・・・・・・ここはもう良いですから、フリックさんもゆっくり休んで下さい。」
 そうホウアンに言われたのは、日が落ちて随分経ってからだった。
「悪い。後は任せた。」
「はい。それが我々の仕事ですから。」
 ニコリと微笑み返してきたホウアンに軽く手を振って天幕を出る。
 無理をすれば働けるが、敵の奇襲を受けるかも知れないのだ。戦う時に力を発揮するために休息しておく事が、今の自分の仕事だろう。
 そう思って自分の天幕へと向っていたのだが、昼間の戦闘のせいか、妙に興奮した意識に眠りの気配はやってこない。
 そんな自分自身に小さく舌打ちしたフリックは、足を向ける方向を変えた。
 向った先には、赤々と照らされた松明の炎が見える。そしてその下から、無数のうめき声が聞えてくる。転がった人の間を数人の人間がちょこまかと忙しなく立ち働いているのが、遠目にも分かった。
 フリックは、その人間達をジッと見つめた。地面に倒れている人々の群れを。
 頭に白い包帯を巻いた者。
 腹に巻いた者。
 足に巻いた者。
 腕に巻いた者。
 誰もがどこかに真っ白い包帯を巻いていた。
 その中から腕の先に有るべき者が無い人間を見て、フリックはフウッと息を吐き出した。
 彼はもう、戦場に立つ事が出来ないだろう。
 戦いの後には、命があっても戦いのコマに出来なくなる者が増える。
 それは本人にしてみたら良い事なのか、悪い事なのか。
 いつ死ぬとも分からない戦場に連れ出されるよりは、不自由ながらもある程度安全な地で平穏に暮らしていきたいと思う者もいるだろうから。
 そんな事を考え、小さく身震いした。
 自分は絶対に嫌だと、そう思って。
 安寧とした生活など、いらない。
 腕が無くなろうと、足を無くそうと。
 何があっても戦場で生きていたい。
 戦場で死んでいきたい。
 それ以外の生など、考えたくもない。
「・・・・・・・どうした?」
 不意に肩を叩かれ、ハッと息を飲み込んだ。
 慌てて振り返った先には、見慣れた男の姿があった。
「・・・・・・・・ビクトール。」
 名を呼ぶと、何やら心配そうな表情をしていたビクトールの顔が少し綻び、いつもの人当たりの良い笑みが浮かび上がる。
「スゲー怖い顔してたぜ。何かあったのか?」
「・・・・・・・いや。」
 態とだろう。冗談めかして言葉をかけてくるビクトールに軽く首を振り返したフリックは、その青い眼差しを先程見かけた負傷兵へと向ける。
 その様を、ビクトールがジッと見つめている事に気付いていながら、彼の方に視線を向けずに。
 その視線と沈黙に息苦しさを感じたフリックが、小さく言葉を漏らす。
「ビクトール。腕が無くなったら、どうする?」
「ああ?」
 問われた言葉が意外だったのか、ビクトールは間の抜けた声を発してきた。
 それから何か考え込む様な間を作った後、問い返してくる。
「両方か?」
「別に片方でも良いが。」
「う〜〜〜〜ん・・・・・・・・・・・困るな。」
「・・・・・・・・・・・・そんな事聞いてない。」
 ムッと口を引き結んで言い返すが、視線はビクトールには向けずにジッと負傷兵を見つめ続けた。
 その態度にポリポリと後頭部をかいたビクトールは、フウッと息を吐き出した後、言葉を続けてきた。
「何が一番困るってよ。」
 そこで一旦言葉を切ったビクトールは、背後からそっとフリックの身体を抱きしめてきた。
 何事だと視線を向けたフリックと目を合わせたビクトールは、ニヤリと意地の悪そうな、だけどどこか安らぎを感じる優しい瞳で見つめ返してきた。
「こういう風に、お前を抱けなくなる事が、一番困るよな。」
「・・・・・・・・・ビクトール。」
「まぁ、変わりにお前が抱きしめてくれりゃー八方丸く治まるけどよ。」
 ニッと笑いかけ、顔を覗き込んでくるビクトールの言葉に、自然と笑みが浮かんでくる。
「馬鹿が。誰がそんな事するかよ。」
「良いだろ、それくらい。ケチケチすんなよ。頼まれたら男も抱けんだろ?」
「バーーーーカ。」
 小さく笑みながら、そう返す。
 途端にムッと頬を膨らませるビクトールの表情に、浮かべていた笑みは更に深くなる。
 フリックは背後から抱きしめてくる男の腕をそのままに、視線を前に戻した。
「俺は・・・・・・・・・・・・」
 そこかしらから上がるうめき声にかき消される位小さな声で呟く。
「死ぬ場所を決めている。」
 言葉に、ビクトールの身体がピクリと震えたのを肌で感じた。
 どことは言わなかったが、それだけで通じたのだろう。その言葉に含まれる、多くの言葉も。ビクトールが、何かを言いたげな空気を発している。だが、言葉を探しあぐねているのか、すぐに言葉を返してこない。
「・・・・・・・・・俺も決めてるぜ?」
 僅かな間の後に、ビクトールがそう返してきた。
 チラリと視線を背後に向ければ、目があった。その自分と違う深い色の瞳に、優しい輝きが宿っている。
 その笑みを崩さぬまま、ビクトールは実に楽しそうに言葉を繋げる。
「お前の隣ってな。」
 少しの揺るぎも無く発せられた言葉。
 その後に、一言加えられた。
「ヘマはしねーよ。」
 その一言に多くの言葉が含まれている事に、フリックは気がついた。
 死ぬまで共に戦場にいようと。その為にも戦えなくなるような手傷は負わないという言葉が含まれている事に。
「・・・・・・・・どうだか。」
 からかうようにそう返せば、ビクトールの眉が小さく跳ね上がった。
 その様を見て、ニッと笑い返す。そして、再び視線を前へと、向け直した。
 相変わらず己の身体を抱き込む腕の温かさに慣れたのは、いつの頃だろうか。変わらぬ存在が近くに居続ける事が、感に障らなくなったのは。
「ビクトール。」
「うん?」
「ヘマしたら、置いていくからな。」
「・・・・・・・・・おう。」
 ビクトールの声に、笑みが滲む。
 ヘマをしなければ一緒に居ると言っている様なモノだから。
 昔だったら、そんな言葉をビクトールに向って嘘でも口にする自分など考えられなかった。
 だが、今は普通に口に出来る。
 彼の存在が傍らからなくなるなど、想像出来なくなっている。
 それこそ、己の腕が無くなった時の事を想像するのと同じ位に。
 無くなる位なら死んだ方が増しだとは、思えないが。
 それでも、抱きしめてくる腕の温かさは心地良い。
 本人には、絶対に教えてやらないけれど。

















欠けさせたくないモノ。











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欠けた左手