ベルリンの壁












「おい、宮城。知ってるか?」
「何をッスか?」
 やたら嬉しそうに問いかけてくる三井の様子を見て、宮城の腰は自然と引けた。彼がご機嫌な時はろくな事を言いそうになくて。実際にろくな事を言わないのだから、宮城が警戒するのも無理はないというモノだろう。
 そんな宮城の反応になど頓着せず、三井は嬉々として言葉を発した。
「ベルリンの壁って、一人の男の勘違いで壊れたんだぜ。」
「・・・・・・・・・・へぇ〜・・・・・・・・・・・」
 言われた言葉に、宮城は反射的に空を打つ。
 何かのボタンを叩くように。
 そして、ハタと気が付いた。
「って、それト●ビアネタじゃないッスかっ!!しかも微妙に古いしっ!!」
 テレビのネタで何をそんなに自慢げにと、非難の色をありありと宿して三井に食ってかかれば、彼はうひゃひゃっと甲高い笑いを返してきた。
「あ、お前も見てたのか?もしかしてお前、ト●ビアファンか?」
「あん時はたまたま。普段は見てねーッスよっ!」
 それは本当の事ではあるのだが、見ていたという事実を揶揄されたような気がして恥ずかしくなる。
 別に、人気番組だし。見ている人間が結構居ることだし。見ていて悪いことは何もないと思うのだが、彼に言われるとなんとなく恥ずかしくなってしまった。そして、妙なむかつきを覚える。なんでそこでむかつくのか、いまいち分からないのだが。そこまで過剰に反応する事でもないと、冷静な自分が胸の内でささやいていることだし。なのに、妙にむかつく。
 多分、三井と自分の相性はすこぶる悪いのだろう。彼が言うことなす事なんでもむかつくときがあるので。
 そんなむかついている気持ちを露わにしながら怒鳴り返し、自分よりも16センチ高い位置にある三井の顔をにらみ付けるような目つきで見上げながら問い返す。
「で、それがどうしたんすか?」
「いや、ちょっと思い出したから、言ってみただけ。」
「なんスか、それは・・・・・・・・・」
 悪びれなく告げられた言葉に、宮城は深々と息を吐き出した。
 息を吐き出しながら、もう18歳なのだから、もう少し落ち着きのある行動と言動を取ってくれよ、と心で呟いた宮城の態度に何を思ったのか、三井が宮城の気合いを入れて整えられた髪の毛をかき混ぜて来た。
 そんな意味の分からない三井の攻撃を、宮城はとっさにはねのけようと腕を振り、怒鳴りつけた。
「ちょ・・・・・・・何するんすかっ!止めて下さいよっ、三井サンっ!」
「いやぁ〜〜〜無性にお前の事が可愛くなってよぉ〜〜〜〜〜」
 妙に楽しげにそう言いながら逃げを打つ宮城の身体を背後から素早く拘束した三井は、これでもかというくらいしつこく宮城の頭を撫で回してくる。
 そんな三井の行動に本気で腹が立ってきた。何が何でも三井の腕から逃れて、このクソ生意気な先輩を一発殴ってやりたくなる。
 それは良い考えだ。是非とも実行しよう。
 そう胸の内で頷いた宮城が本格的に抵抗を始めようと全身に力を入れた途端、絶妙なタイミングで赤木の怒声が体育館の中に響き渡った。
「よーーーーーしっ!休憩終了!全員コートに戻れっ!」
 その声に、それまでどれだけ暴れても外れなかった三井の拘束がスルリと解けた。そして、宮城の頭を軽く二三度頭を叩いてくる。
 子供扱いしているようなその仕草にムッと顔を歪めて傍らを通り過ぎる三井を睨み付けてやれば、彼はニヤリと、意地の悪い、だけど妙に楽しげな笑みを返してきた。
「おら。行くぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・はいはい。」
 そんな笑顔を振りまきながら声をかけられたら、軽く頷く事しかできない。
 なんでそれしか出来ないと思ったのか、自分でもよく分からないが。
「笑って誤魔化すなよ!」
 と怒鳴りつけても良いだろうに。むしろ、そうするべきなのではないだろうか。あの、世の中をなめきっているような顔をした男には。
 本気でそう思うのに、何故かそうできない。
 宮城は、軽く首をひねった。そして、誰に聞かせるでもなく呟く。
「………まぁ、ここで騒いでもキャプテンに怒られるだけだし。」
 だからこれで良いのだと、自分の不可思議な気持ちを誤魔化して軽く走り、コートの中に戻った。
 コートの端々に散っていた部員全員が整列した所で赤木が部活の後半戦の指示を出し、3On3が始まった。
 まずは宮城・桜木・木暮がディフェンス。
 三井・流川・角田でオフェンスだ。
 ボールを操る三井には、宮城がビッタリとマークにつく。
 傍らをすり抜けられるような隙は与えてないが、ボールを奪い取る隙も与えられない。二年もブランクがあるのに、そのボールさばきには少しもブランクを感じなかった。
「・・・・・・・やっぱ、この人すげーよ。」
 戻ってきてくれて良かった。
 本気でそう思い、心の内つぶやく。はた迷惑な男ではあるが、大会出場の危機に陥らせた張本人ではあるが、今はチームに無くてはいけない人物になっている。彼が居なかったら、湘北の勝利はつかめなかっただろう。流川が、どれだけ頑張っても。
「………世の中、何が起こるか分からないってな。」
 呟き、自然と口元をほころばせた。なにやら妙に楽しい気分になって。
 そんな宮城に、三井が不敵な笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「・・・・・・・知ってっか?宮城。」
 その言葉に、綻んでいた宮城の口元が再度引き結ばれる。ボケッとしている場合ではなかったと、気合いを入れ直して。そして、問いかけてくる三井の薄い色の瞳を覗き込んだ。何を言われても隙など作るものかと、瞳で宣言しながら。
 そんな宮城の無言の言葉を読み取ったのだろう。クスリと小さく笑みを漏らした三井が、器用にドリブルをしながらゆっくりと言葉を吐き出して来た。
「アイスには、賞味期限がないんだぜ?」
「へぇ〜………って、それもト●ビアじゃないッスか――――――――って、あぁっ!!!!!!!」
「甘ぇーよっ、宮城っ!」
 思わずお約束な反応を返し、いつもの調子で突っ込みを入れてしまった途端、簡単に横を抜かれてゴールを決められてしまった。
 ネットを揺らして床を跳ねるボールの音を聞きながら、宮城は己の心の弱さに頭を抱えながら床にしゃがみ込んだ。こんな失態、試合中には絶対に出来ないと思いながら。
「何をやっとるんだ、宮城っ!止められるまでディフェンスを続けろ、このバカモンがっ!」
「げっ・・・・・・・・・」
 投げつけられた赤木の怒声に、宮城は盛大に顔を顰めてしまった。だが、それは仕方のないことだ。気を抜いてしまったのは確かなことなので。
 宮城は小さく息を吐き、次の戦いに向けて気持ちを入れ直そうとした。そんな宮城に、赤木ではなく桜木の怒声がぶつけられた。
「リョーチンっ!何をミッチーごときに抜かれてんだよっ!」
「てめーっ!『俺ごとき』ってーのはどういう意味だ、このやろーーーーっ!」
 宮城を攻める桜木の言葉に反応したのは、言われた宮城ではなく三井だった。
 怒鳴られた桜木は三井の剣幕にひるむことなく、当然の事だと言いたげに怒鳴り返す。
「ミッチーなんか、体力のない年寄りだろうっ!」
 本人が一番気にしていることをサクリと付いてくる桜木の言葉に、言われた三井の眦はこれ以上無いほどつり上がった。
「んだと、このっ!そう言う事は俺を止められるようになってから言えってんだよっ、この初心者がっ!体力馬鹿がっ!」
「ふんぬーーーーーーっ!」
「止めんか、バカモーーーーーン!!」
 体育館中に赤木の怒声が響き渡る。そして、容赦のない鉄拳が二人の脳天に叩き込まれた。
「いってーっ!」
「なにしやがるっ!」
「なにじゃないわっ!部活中に下らん言い合いをするな、馬鹿者共がっ!時間が無駄だっ!」
「お前が絡んできやがるから、余計に時間を食ってんだろうが、バーーーーカっ!」
 殴られたことに文句の言葉を吐いてきた三井に赤木が怒鳴り返せば、三井が直ぐさま心の底から馬鹿にするような眼差しと口調で言い返してきた。
 その言葉に、赤木の顔が怒りの為に真っ赤に染まり、拳がフルフルと震え出す。
「・・・・・・・三井、貴様と言う奴は・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうだぞ、ゴリっ!邪魔するなっ!」
 どうやら空気が読めないらしい。先ほどまで三井と対立していたはずの桜木が、三井の言葉に同意を示した。
 そんな桜木の態度を見て言葉を聞いて、堪忍袋の緒が切れたらしい。赤木が本物のゴリラの様に雄叫びを上げる。
「バカモンがーーーーーーっ!」
 その雄叫びのような怒声に、部員達は慌てて耳を両手で塞いだ。赤木はそんな部員達の様子になど視線一つ向けずに、三井と桜木を怒鳴りつけ、殴りつけている。
 それは、宮城が湘北バスケ部に来たときから変わらない風景だ。部員の行いに赤木が怒鳴って拳を振るうと言う事は、見慣れた光景である。
 だが、今までと同じようでいて、全然違う空間だ。怒鳴りながらも、赤木はどこか楽しそうだし。
「・・・・・・・・・まぁ、気持ちは分かるけどね。」
 遼遠くにあった目標が、一歩一歩と近づいているのだから。
 流川が、桜木が、そして三井が加わった事で。
「・・・・・・・・気合い、入れなおさねーとな。」
 かけられた言葉一つで隙を作らないように。
 どんな時にも揺るがない集中力を兼ね備えられるように。
 この先の戦いには、それが必要だろう。今まで以上に。
 それを言いたくて三井があんな事を言い出したとは思えないが、宮城はそう考えた。三井の行動を見て。
 桜木と一緒に赤木に怒鳴られ殴られている三井の姿を見つめる。怒鳴られながらも火に油を注ぐような発言を繰り返す三井の姿は、アホ以外の何者でもない。知性の欠片も感じない。なのに、コートの上では時々はっとするような指摘をしてきたりもする。
「・・・・・・・何を考えてるんだか、いまいちわからねー人だよな・・・・・・・・・」
 馬鹿なのか、そうじゃないのか。それすらもよく分からない。
 微妙につかみ所がない。そんな所が面白くもあるのだが。
 面白くて、もっと一緒にプレイしたいと思うのだが。プレイだけではなく、一緒に居て言葉を交わしたいとも。
「………まぁ、今はその楽しさを感じている場合じゃねーか。」
 呟き、ニヤリと笑んだ。そして、一向に騒ぎの治まらなそうな三人の元へと歩み寄る。
 この場を収めるために。
 そう多くは残されていない、楽しい時間を再開させるために。





























くだらない話でごめんなさい。テンションも微妙。何をやりたかったのか………汗











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