夕方から降り始めた雨は止む気配を見せず、夜半には雨脚を強くした。
「・・・・・・結構降ってんな・・・・・・・・・」
明日の仕込みを行っていたサンジは、キッチンの丸窓に当たる雨粒を見つめながら、ポツリと呟いた。
いつも人が集まるラウンジには、今は誰も居ない。ナミは夕食後すぐに自室に戻った。ルフィとウソップも、しばらくテーブルに付きながら下らない事を話していたが、今はもう男部屋に引っ込んでいる。もう一人の乗組員は、今船の上に居ない。
「ったく・・・・・・・どこをほっつき歩いているのやら・・・・・・・・・」
深々と息を吐き出しながら鍋の中を一混ぜしたサンジは、鍋に蓋をして火を止めた。そして、慣れた手つきで懐から煙草を取り出し、流れるような作業で火を付ける。
大きく息を吸い込んだサンジは、細くゆっくりと白い煙を吐き出した。
剣士を連れて出掛けたはずの船長が一人で帰ってきたのは、丁度昼食の準備が出来上がった頃だった。恐るべし食欲と言った所だろうか。その食欲は、剣士には備わっていなかったらしい。待てども待てども帰って来ず、日付が変わってから随分と時が経ってしまった。
最後まで取り分けられていた一人分の夕食は、既に船長の腹の中に消えている。帰ってきた時のためにと作っておいた夜食も、いつのまにやら船長の腹の中に収まっていた。
「・・・・・・・ったく。あの食欲魔神が・・・・・・・・・・・」
その時のやり取りを思い出して顔を歪め、憎々しげに呟いたサンジは、もう一度煙草を吸い込み、息を吐いた。
「あの野郎もあの野郎だ。飯の時間には帰って来いよな。無駄な食材を使っちまったじゃねーかよ・・・・・・・・・」
苛立ちが色濃く滲む声でそう吐き捨てたサンジは、乱暴な動作でドカリと椅子に腰掛けた。そして、テーブルの上に両肘を乗せ、組んだ手の上に額を乗せる。
バラバラと、雨が大きな音をたてて船にぶつかってくる。嵐と言うほどのものではないけれど、小雨と言うほどのものでもない。
あの男は、雨宿りをする場所を見つけられたのだろうか。
いくら頑丈だといっても、胸に全治二年の大怪我を負ったばかりなのだ。叩き付けるような雨に当たったら、風邪を引きかねない。
「馬鹿は風邪ひかねーって言うけどよ。限度ってもんがあるだろうが・・・・・・・・・」
心配してしまう自分に言い訳するように呟いたサンジは、俯けていた顔を一度持ち上げ、先程額を預けていた手の上に今度は己の顎を乗せ直し、窓の外へと視線を流した。
ナミは、この雨は朝には止むと言っていた。時間にしたら、あと五六時間で。一眠りしたら、すぐだ。
だけど、眠れそうに無い。
朝食しか食べていない男の事を考えると。雨に濡れているかも知れない男の事を考えると。未だに癒えていない、大きな傷を負っている男の事を考えると。
飢えの苦しみも雨風に嬲られる苦しみも、良く知っている。忘れたくても忘れられない。だから、眠れそうにない。あの時の苦しみを、男も感じているのかも知れないと思ったら、眠りなんてやってこない。
ギリギリと、煙草のフィルターを噛みしめた。
ちょっとした切っ掛けでリアルに思い出すことが出来る過去がぶり返してくる。
昔よりもマシになったけど。それでも、昨日あったことのようにあの雨の冷たさが。風の強さが思い出されて顔が歪む。
短くなった煙草を灰皿に押しつけ、新たな煙草を口にする。今日の煙草の消費量は多そうだなと、思いながら。
ナミは心配するだけ無駄だと言っていた。朝になっても帰ってこなかったら探せばいいことだと。自分もそう思う。あんな筋肉馬鹿のことを考えるだけ時間の無駄だ。
「でも、駄目なんだよなぁ・・・・・・・・・・・」
彼が腹を空かせているだろうと思うから。
二本目の煙草を吸いきり、三本目を銜える。
雨の勢いが治まってきたら、握り飯を作り始めよう。
朝になって皆が起きてきて、朝食を食べ終えたら、ソレを持って出掛けよう。
食材を探しに。
そのついでに、緑頭の迷子を捜しながら。
「・・・・・・・・保護色だから、見付かんねーかもな・・・・・・・・・・・」
ハハハッと自分の考えに乾いた笑い声を立てた。そして、オニギリの中身を何にしようかと考える。料理のことを考えていたら、気が紛れるから。
ナミが喜びそうなメニューも考えよう。少し手間がかかるものが良い。その手順を思い浮かべれば、時の流れが速くなるだろうから。
チラリと窓の外を見る。
まだ暗く、雨の粒が見える外を。
「・・・・・・・・・・・早く、朝になんねーかな・・・・・・・・・・・・・・・・」
じゃないと、倉庫の食材を全て使い切りそうだ。
想像の中での事ではあるけれど。
口の端を引き上げる。そんな自分の考えを笑うように。
パタパタと落ちる雨粒を見つめながら。
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雨だれ