インターハイを目前に控えたある日。学校の近くにある神社で祭りが開かれる事になった。
「みんなで優勝祈願がてら遊びに行こう。」
 最初にそう言いだしたのは誰だったのか。今となっては分からなかったが、とにかく部員全員で集まってお祭りに行く事になった。勿論、晴子や桜木軍団も呼んで。堀田達を呼ぶのは、三井が強硬に反対したので止めた。
 何はともあれ、その日は早めに解散し、夜の7時に現地集合となったのだった。
「アヤちゃん!メッチャ可愛い!!」
 折角だからと浴衣で祭り会場にやってきた彩子は、誰よりも先に宮城にそう言われ、嬉しさと恥ずかしさではにかんだ。
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。」
「お世辞じゃ無いって!な、流川っ!木暮さん!」
 宮城の隣にいた流川は、同意を求められて大変迷惑そうだったが、迫力に負けたのか、素直に頷き返している。それも失礼な話だが、流川だから仕方ないと、彩子は苦笑を浮かべた。
「そうだな。彩子は元々美人だから、何を着ても似合うよ。」
「やだ、木暮先輩まで。褒めても何も出ませんよ!」
 木暮にまでそう言われた彩子はなんだか本気で照れくさくなり、思わず木暮の腹にパンチを叩き込んでしまった。殴られた木暮は、うめき声を上げながらその場に崩れ落ちている。少しやりすぎたらしい。
 内心で少々反省しながら視線を投げると、晴子達も浴衣で現れたらしい。向こうで桜木が宮城と同じようか事を言って騒いでいた。
 その晴子と共にやってきた赤木が、集まった部員達の顔を見回しながらこちらの方へと近づいてくる。
「木暮。まだ来て無いのは誰だ?」
 その問いかけに、木暮は苦しげに眉間に皺を寄せながらもなんとか立ち上がり、チラリと視線を流した後、言葉を返す。
「ああ。三井だけだよ。」
「アイツか・・・・・・・・。まったく。どんな時でもだらしのない奴だな・・・・・・・・・」
 どうやらある程度予測していたらしい。赤木はたいして驚きもせずに眉間に皺を寄せてブツブツ言い出した。
「でも。まだ集合時間じゃ無いですから。」
 チラリと時計を見たら六時五八分だったので一応そう言ってみる。なんのフォローにはならないだろうけれど。
「五分前行動が基本だろうがっ!まったく、アイツには社会生活の基本が身に付いとらんのかっ!」
 時間に間に合ったとしても、赤木的には今の時点でアウトらしい。木暮と視線を合わせた彩子は、気付かれないように苦笑し合った。
「アイツの事だからな。どれだけ遅れるか分からないし。一応連絡してみるか。誰か、三井の携帯の番号知らないか?」
 木暮の問いかけに、宮城が驚いたように目を見張った。
「え?三井サン、携帯持ってるんすか?」
「持ってるだろ。三井なら。」
「・・・・・・・・・勘ですか・・・・・・・・・」
 サラリと答える木暮の言葉に、宮城は呆れたように息を吐き出した。
 とは言え、木暮の言うことには一理ある。彼は携帯を持っている気がする。何となく。だが、誰も番号を知らないのではどうしようもない。
 さて、どうしようかと首を捻った所で、彩子の視界に何かを言いたげな流川の姿が飛び込んできた。
「どうしたの、流川。何かあった?」
「・・・・・・・・・・・・・いえ。」
 だから問いかけたのだが、流川は何か惑うような間の後に否定の言葉を発してきた。
 その流川の様子がおかしさに宮城も気付いたのだろう。彼も傍らに立つ男の顔を訝しげに見つめていた。
「流川・・・・・・・・・・・・?」
「悪い悪い。遅れた。」
 彩子の再度の問いかけをかき消すように、背後から妙に機嫌の良い三井の声が響き渡った。
「遅いぞっ!!」
 途端に赤木の怒号が闇夜に響き渡る。
 その声をうるさいと言わんばかりに眉間に皺を寄せながら、三井はフラフラと手を振って見せた。
「遅いって言ったって、たかだか五分十分だろ。ケチケチすんなって。」
「馬鹿もん!!集団行動の基本は五分前行動だっ!!」
「はいはい。ホラ、さっさとお参りに行こうぜ。じゃないと花火がはじまっちまう。」
「誰のせいで遅れたとーーーーーーーーーっ!」
 勝手に話を進める三井に再び赤木が怒鳴り返したが、三井は気にせずさっさと歩を進めていた。その後を、フラリと流川がついて行く。人の流れを見て、他の部員達も動きだし、不完全燃焼状態の赤木も怒りを引っ込めて歩き出した。
 その背を慰めるように軽く叩いている木暮の様子を見て、彩子は少し笑った。







 境内に入り、お参りをした時点で結構良い時間になっていた。
 花火の会場にこれから向ったのでは間に合いそうも無かったが、良い穴場が有るからと言う三井の言葉に彼の後をついていけば、確かに花火を見るのに絶好の位置に辿りついた。
「あ、お前等。あんまり騒ぐなよ。邪魔になるから。」
 そう忠告してくる三井の言葉に、誰の邪魔になるのだと聞き返すのは桜木と晴子の二人だけだった。
 チラリと視線を周りに向ければ、そこに居るのはカップルばかりなのだ。下手をすれば、花火そっちのけでラブシーンを演じている輩もいる。
 そんなか、木暮と赤木が花火を見つめながら言葉を交わしていた。
「綺麗だなぁ。赤木。」
「・・・・・・・・うむ。」
 言葉を聞いただけではカップルのようだが、その声音は妙に棒読みだ。そして、顔には心なしか朱色が差している。
 妙にウブなセンパイ二人の様子に、彩子はまた笑いが誘われた。皆をここに連れてきた三井に視線をやれば、一応花火を見ていた。隣に立っている流川になにかしら話かけながら。
 その流川は、神妙な顔をしながら三井と同じように花火を見ている。
「あら、珍しい組み合わせ。」
 思わず呟く。
 この間三井を1On1に誘っていたのを見たが、それ以外で二人一緒にいる姿はそう見かけない。
 何かあったのだろうか。
 他人に興味を示さない流川の事だけに、ちょっと興味が沸いてきた。
 やがて花火が終わり、部員達はそそくさとその場を離れた。後は羽目を外さない程度に自由行動。帰りたい奴はさっさと帰って良し、という感じになったのだが、折角だからと皆散り散りになって夜店をまわっていた。
「アヤちゃん。一緒にまわろうよ。帰りも送るし。」
 そう語りかけてくる宮城に、彩子は快く頷いた。
「ええ、良いわよ。」
「アヤちゃん!!!」
 無茶苦茶嬉しそうな宮城の様子に、ちょっと罪悪感が沸いた。
 彼の気持ちを弄んでいるつもりはないが、彼とつき合う気もない彩子なのだ。別に宮城の事は嫌いではない。むしろどちらかと言ったら好きな部類ではあるが、今は部活に打ち込みたい彩子なのだ。色恋の話をしている余裕はない。
 とは言え、本気のアプローチをしてきているとも思えない宮城にワザワザそれを告げる気もないので、放置しているような状態だったりする。
 でもまぁ、部活で集まったのだし。少しくらい一緒に遊んでも良いかと思い、彩子は宮城とともに夜店をまわった。
 三十分もウロウロしていた頃だろうか。彩子は急にバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
「キャッ!」
「アヤちゃん!大丈夫っ!」
「え、ええ・・・・。大丈夫。何とも無いわ。でも・・・・・・・」
 慌てて屈み込んでくる宮城に笑い返しながらも、語尾を曇らせた。何事だろうかと心配そうに顔を見つめてくる宮城に、彩子は彼の手を借りて立ち上がりながら、自分の足下を視線で示した。
「鼻緒が切れちゃったみたい。」
「鼻緒?」
 彩子の言葉に、宮城も視線を俯ける。彩子も、自分の足下をしっかりと見る。
 そう古かったわけでもないと思うのだが。履き慣れてないものだから、妙な力でも加わったのだろうか。何にせよ、これ以上祭りを楽しむ事は出来ないだろう。鼻緒が切れた状態では、歩く事もままならない。歩く事がままならないのならば、帰る事もままならないのだが。
「・・・・・・どうしようかしら・・・・・・・・。」
「俺がおぶって帰るよ!心配しないで、アヤちゃん!」
 どうやら宮城もこのままでは歩けないと悟ったのだろう。力強くそう言ってくれた。
「リョータ、ありがとう。でも・・・・・・・・・・・」
「遠慮しないでよ、アヤちゃん。アヤちゃんの為なら俺、なんでも出来るから!」
「リョータ・・・・・・・・・・・」
 その申し出は嬉しいが、やはりそれは悪い。これを言ったのが赤木や桜木だったらそれ程躊躇しないかも知れないが、どう考えても宮城の体格で自分を家までおぶって帰るのは無理っぽい。いくら、電車を使わずに帰れる距離だと言っても。
「でも、やっぱり悪いから・・・・・・・・・・」
「良いって!大丈夫だって!」
「何をやってるんだ、こんな所で。」
 言い募る宮城をどう説き伏せようかと思っていた所で、知った声がかかった。
「三井先輩・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・ああ、鼻緒が切れたのか。それじゃあ歩けねーだろうな。」
 チラリと見ただけで状況を察したのだろう。三井が苦笑を浮かべながらそんな事を言ってきた。
「そうなんすよ。だから、俺がアヤちゃんをおぶって帰るって・・・・・・・・・・・」
「おいおい、そりゃー無理だって。お前、自分の体格知ってんの?」
 宮城の言葉を遮るように、三井がサラリと彩子も言いたかった事を言ってくれた。途端に、宮城の眉が跳ね上がる。
「んだとっ!このっ!!」
「怒んなよ。本当の事だろ?人間一人おぶって歩くのって、考えてるよりもかなり重労働だぜ?インハイ前に余計な体力使うなよ。」
「余計って・・・・・・・っ!」
 言っている事は正しいのに、なんでこう一々癪にさわるような言い方をするのだろか、この人は。もしかして態となのだろうかと訝しんでいた彩子は、突き刺さるような視線を感じて顔を上げた。視線の方へと顔を向けると、そこには妙にキツイ眼差しの流川が立っていた。
 その瞳を見た瞬間。彩子の身体はビクリと震えた。なんだか凄く怖くて。射抜かれるような感じがして。
 なんで流川にそんな目で見られないといけないのだろうか。そもそも、何故まだ流川がここにいるのだろうか。流川だったらさっさと帰ってしまうと思うのに。それに、一緒に優勝祈願をしに来る事自体が彼らしくない。
 そんな事を考えながら、流川の顔を見つめ続けた。視線を反らしたいのに反らせないのだ。反らした途端に喉笛を食いちぎられそうで。
 そんな彩子達の攻防にまったく気付いていないのだろう。喚く宮城から意識を反らしながら何かを考え込んでいた三井が、突如大きく頷いた。
「よし!彩子。お前は俺が送ってやる。」
「え?」
「何言ってるんすか、三井サン!」
 その思ってもいなかった三井の提案に、思わず流川から視線を反らして三井の顔を見てしまった。宮城も同じだったらしい、怒ったように食ってかかっている。
「アンタだったらアヤちゃんを背負って帰れるとでも言う気かよ!一番スタミナねーくせに!」
「・・・・・・・・・・・・一言余計だ、宮城。」
 ムッと顔を歪めた三井だったが、すぐに気を取り直したらしい。サラリとした口調でこう、続けてきた。
「俺は今日ここまでバイクで来てっから、後ろに乗っけて帰ってやるよ。」
「バイクっ!!」
「先輩、免許持ってたんですか!?」
「ああ。・・・・・・・・そんなに驚く事か?」
 三井は驚き騒ぐ後輩二人の姿を不思議そうに見つめ返してくる。
 確かに、言われてみたら別にそんなに変では無いのかも知れない。何しろ二年も不良をやっていたのだ。バイクくらい乗れるような気がする。ついこの間まで中学生だった桜木軍団でさえ、スクーターに乗っているのだから。
「まぁ、イイヤ。宮城が背負って行くよりは安全だぜ。どうする?彩子。」
 どうやら選択権は自分に有るらしい。それはそうだ。送られるのは彩子なのだから。
 彩子はチラリと宮城の顔を見てみた。その瞳は自分を指名してくれと訴えている。だが、部のマネージャーとして、今宮城に余計な体力を使わせるわけにはいかないのだ。そもそも、背負われて帰る自分の姿はかなり間抜け臭いので勘弁願いたい。
「・・・・・・・・じゃあ、お願いします。三井先輩。」
「アヤちゃん!!!」
 宮城が絶叫を上げた。
 そんな宮城に、彩子は内心で謝った。
「・・・・・・・・センパイ・・・・・・・・・」
 不意に、流川が声を発した。その声に、三井はばつの悪そうな顔をして、流川の方へと視線を向ける。
「まぁ、人助けだからな。」
「・・・・・・・・・・嘘つき。」
「あのなぁ・・・・・・・・・・・」
 流川の非難がましい呟きに、三井は呆れたような困ったような笑みを浮かべていた。どうやら、二人の間で何か約束があったらしい。流川に悪い事をしてしまった。
「あの、先輩。私、そこでタクシー拾いますから・・・・・・・・・・」
 だから、慌ててそう言った。なんだか自分に向けられている流川の視線がかなり殺人的だったから。なのに、三井は取り合ってくれなかった。
「遠慮すんな。タクシーなんて無駄なもんに金使うのももったいねーだろ。」
 ヒラヒラと手を振り、ニヤリと笑みを返してくる。
 彩子としては、流川に睨まれ続けるよりは無駄金を払った方がマシなのだが。
「さてと、そうと決まればさっさと帰るか。どうせ祭り見学も出来ないだろうしな。」
 そう言うが早いか、三井はいきなり彩子に近づき、上半身を軽く折り曲げてきた。と、思ったら、彩子の腰に左腕を回し、右腕を膝の裏に回してくる。
「キャッ!」
「アヤちゃん!!」
「・・・・・なんだ。結構軽いんだな、お前。」
 彩子と宮城の悲鳴になどまったく耳を貸さず、三井はそんな呟きを漏らしている。そして、抱え直すように彩子の身体を自分の方へと、倒した。
「あんた、何、お姫様だっこなんてっ!!」
「背負ったら折角の浴衣がグチャグチャになるだろうよ。」
「それはそうかも知れないッすけど・・・・・・・っ!」
「さてと、んじゃ、帰るか。あ、宮城、それ持って来いよ。」
 宮城の抗議の言葉など聞えていないのか、三井は言いたい事だけ言ってさっさと歩き出す。その後を、宮城が慌ててついてきた。流川も。
 その二人の姿を三井の肩越しに見ながら、彩子は三井の首に回していた腕に少し力を込めた。落とされないようにするためと言うよりも、流川の視線に耐えるために。さっきも射殺されそうだったが、今は射殺す等というのも生やさしい程のキツイ視線を投げつけられているのだ。
 縋るように力を込めて抱きついた身体は、筋肉で締まっていて逞しい。他の部員よりも肉付きが薄いから筋肉が無いと思っていたが、そんな事は無い。普通の学生よりもしっかりとした身体付きをしているだろう。部活を離れていたのに、ちゃんと鍛えていたのだろうか。
 歩くたびに動く筋肉と、肌に伝わる体温。それに、微かに薫るコロンの香りで、ほんの少し恐怖心が薄らいできた。ホッと溜息を吐いて三井の首筋に顔を埋めたら、宮城が泣きそうな顔をしていた。
 なんとなく悪い気がしたが、だからといって言い訳するのもおかしいので、取りあえず放っておく。流川の視線は、気にしないように務めた。彼の瞳を見たら、また怖くなりそうだったから。
 程なくして、三井は一台のバイクの前で足を止めた。バイクに興味なんか無いから良く分からないが、少なくてもスクーターではない。そんなものとは比べモノにならない位大きいし、なんだか高そうだ。盗んだとも思えないし、三井がわざわざバイトをしたとも思えないので、多分親に買って貰ったのだろう。不良時代に買って貰ったのか、更正してから買って貰ったのか。どうでも良い事が少し気になった彩子だった。
 その彩子の身体をバイクのシートに乗せた三井は、ヘルメットを一つ彩子に手渡してきた。
「で、お前ん家ってどこら辺?」
 問いかけてくる三井に自分の家までの道筋を簡単に教えると、その辺りの地理には詳しいらしい。すぐに頷き返してきた。
「大体分かった。近くなったらまた聞くわ。浴衣だから横乗りになるから、しっかり掴まってろよ。まぁ。スピードは出さねーけどよ。」
 ニッと、いつもと変わらない人をからかっているような笑みを浮かべた三井は、彩子にメットを被るように促し、自分もメットに手を伸ばした。
「んじゃ、お前等もさっさと帰れよ。」
「分かてますよ。・・・・・・・・本当に大丈夫なんすか?」
「大丈夫だって。俺の腕は鉄男のお墨付きだぜ?」
 そんな事を言われても、その鉄男がどんな人かさっぱり分からないので安心出来るわけもない。案の定、宮城は不審そうな色をその瞳に浮かべている。
 だが、三井は気にした様子もなく、さっさとメットを被ってしまった。そして、仏頂面で事の成り行きを見守っている流川へと、視線を流す。
「悪いな。後で埋め合わせすっから。」
「・・・・・・・・・・ウス。」
 やはり何か約束があったらしい。全然共通項が見えない二人の事だけに、それがなんなのか気になったが、問いかける前に三井に声をかけられた。
「おら、しっかり捕まってろ。」
「あ、はい。」
 言われ、三井の腰に腕を回す。多分、男のわりに細い。と、思う。少なくても赤木や桜木よりも細い。彼等と比べるなと怒られるかも知れないが。でも筋肉で締まっている。無駄な肉が少しも無い感じだ。
「これだけ細いんだから、体力無くても仕方ないわね。」
 と、三井が聞いたら激怒しそうな事を内心で呟いている間に、バイクが動き出した。スピードはそんなに出ていない。多分、彩子の事を気遣ってくれているのだろう。それでも風を感じる。真夏の蒸し暑い空気も涼しく感じる程に。
 たいした道案内をしない内に、バイクは彩子の家に辿りついた。
「ありがとうございます。助かりました。」
「良いって。お前にはいつも世話になってるからな。」
 ニヤッと笑う三井の顔は、悪戯小僧のようでなんだか可愛いと思ってしまう。体育館を襲撃してきた人と同一人物だとは思えない。
「バイク、いつもはもっとスピード出すんですか?」
「まぁな。でも、部活に戻ってからはそんなに乗ってないし、乗っても安全運転を心がけてるぜ?怪我したら元も子もないからな。」
「そうですよね。・・・・・・・帰り、気を付けて下さいね。今が一番大事な時期なんですから。」
「おう。分かってるって。じゃあな。」
「はい。ありがとうございました。」
 再度礼を述べる彩子に軽く手を振り、三井は再びバイクを走らせていった。その速度は確かに先程よりも速いだろう。車体は、すぐに彩子の視界から消えて無くなった。
「・・・・・・・・うーん。分かりやすいようで分かりにくい人だわ・・・・・・・・・・」
 三井が走り去った道を見つめながら思わずそう呟いた。一見単純な人間に思えるのだが、どうもそうじゃない気がする。桜木や宮城とじゃれている時はただの馬鹿なガキにしか見えないのだが、意外にまともな事を口にしたりもするのだ。
 そんな事を考えたところで、ふと思い出した。自分を射抜くように見つめていた、流川の事を。
 あの流川と個人的な約束をしていた事自体、三井の得体が知れない。一体いつの間にそんな交流をしていたのだろうか。
「・・・・・・・・部活をしている姿を見ているだけじゃ、分からないって事かしらね・・・・・・・・・・」
 そう結論付けて、彩子は家の中へと入っていった。
 明日、どんな約束をしていたのか流川に聞いてみようと思いながら。







 翌日。彩子はいつものようにコートサイドで部員達の練習風景に目を向けていた。
 インターハイは目前。スタメン連中の気合いも、ベンチ要員の気合いも十分に入っている。
「・・・・・・・・良い感じ。」
 彩子は満足げに笑みを浮かべながら呟いた。
 とは言え、今朝は個人的に一悶着会ったのだが。学校に来た途端、宮城に五月蠅い位に喚かれるという騒動が。
 昨日はあの後何かあったのかとか、真っ直ぐ帰ったのかとか、バイクから振り落とされなかったかとか、もしかしたら送り狼になって無体な事を、とかしつこいくらいに叫ばれて。
 そんな事があったら今頃学校になど来ていないと言うのに。あまりにも鬱陶しかったので、ハリセンではり倒してさっさと体育館に来てしまったのだ。そのおかげで、流川に話しかけるタイミングを失ってしまった。
 練習の合間に声をかける機会が無いわけでは無かったのだが、なんとなく声をかけてはいけないオーラが流川の全身から漂っていたので、練習が始まってから大分経つのに彩子はまだ流川に近づいていない。別に話を出来なかったら出来なかったで構わないのだが。
 だから彩子は流川の事など少しも気にせず自分の仕事に精を出していた。
 そんなとき、不意に背後に気配を感じた。
 誰だろうかと振り返れば、そこには顔から汗をダラダラと流している流川の姿があった。
「何?流川。ドリンク欲しいの?」
 そんな彼に問いかけてみたが、流川はウンともスンとも言わない。何か怪我でもしたのだろうかと眉間に皺を寄せ、彼の様子を窺いだした彩子に、流川はボソリと、呟きを漏らしてきた。
「・・・・・・センパイ・・・・・・・・・」
「何?」
「・・・・・・・・・・恨むっす。」
「え?」
 何を言われたのか分からずキョトンとした彩子から視線を反らし、流川はさっさとコートに戻ってしまった。残された彩子はわけがわからない。
「・・・・・・・何?何かした?私・・・・・・・・?」
 まったく記憶がない。もしかして、昨日三井に送って貰った事だろうかと思ったが、その程度の事で流川に恨まれるのはおかしい。例え彼等に何か約束があったとしても。恨まれる程の事でも無いと思う。
「なんなのよぉ〜〜〜〜っ!」
 流川の背中にかけた言葉に、かけられた本人はまったく反応を示さない。
「やっぱり、タクシーを拾えば良かったわ・・・・・・・・・・」
 あの流川に恨まれる事になるんなら。
 深々と溜息を吐き出した彩子は、コートの中へと視線を向けた。何も知らない様子で嬉々としてボールを追いかける三井に、恨みがましい視線を送ってしまうのを止められずに。



























折角センパイがやる気になってたのに・・・・・・・・・・チッ!






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