シトシトと雨が降り続いている。
 その音に耳を傾けながら、ゾロは壁に背を預け、そっと瞼を閉じた。
 今居る島にたどり着いたのは、今朝方の事だ。止めるナミの声を振り切って冒険だと騒ぐルフィに連れられて船を下りたのは、朝食を食べてすぐのこと。
 そして、腹が減ったと騒ぎ出したルフィがどこぞに駆け去った事で彼とはぐれたのが、昼頃。自分も空腹を覚えて船を目指して歩く内に雨雲が空を覆い、ポツポツと雫が落ち始めた頃に今居る廃屋を見つけ、ここで雨宿りしようと建物の中に足を踏みいれたのが夕刻の事だ。
 すぐに止むだろうと思っていた雨が本格的な降りになり、外に出る気など無くなった今はもう、すっかり日が暮れている。
 本格的な降りになる前にココを見つけられたのは運が良かった。野宿する事は全然苦にならないが、雨に降られた状態で暢気に眠りたいとはさすがに思えないので。やろうと思ったら出来るだろうが。
 この雨がいつまで続くのか分からないが、朝になったら船に戻ろうと決意する。早く戻らないと、ナミにどやされるだろうから。
 それに・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・腹減ったな・・・・・・・・・」
 閉じていた瞳を開け、空腹を訴えて鳴く己の腹を撫でながらポツリと呟いた。
 一人で気ままな旅をしている時には、一日二日モノを口に入れなくても空腹なんか感じなかった。大量の飯を口に入れなくても、動きが鈍くならない程度に食事をして栄養をとっていれば、なんの問題も無く生きてこられた。
 それなのに、今では半日程度モノを口にしなかったくらいでこのザマだ。
「・・・・・・・・・・情けねぇ・・・・・・・・・・・」
 世界最強を目指して居るくせに、たかだか空腹程度でへこたれている自分に呆れてしまう。こんなことでは、最強になれる日が遠のいてしまう。
 そんな事を考えている間にも腹はグーグーと鳴り響き、ゾロの眉間には深い皺が刻み込まれていく。
 と、意識の端に何か蠢くモノが引っかかった。視線をその動くモノへと向けてみると、そこには大きなトカゲが一匹、チョロチョロと蠢いているのが目に入る。
 昔の自分ならば、これだけ空腹感を感じていたら速攻でそのトカゲを仕留めていただろう。空腹を訴える腹に収めるために。腹から上がる鳴き声を止めるために。食えそうなモノは、なんでも口に入れていた。
 だが、今はそんな事をする気が起きなかった。
 フイッと、トカゲから視線を反らす。そして、ボソリと言葉を漏らした。
「・・・・・・・・・アイツが悪いんだよ、アイツが・・・・・・・・・・」
 眉間に皺を刻みながら、仲間になったばかりの男の姿を思い出した。
 背丈も年頃も自分とそう大差ない男を。
 いつも黒いスーツに身を包み、ナミに媚びへつらっている奴の事を。
 はっきり言って、奴と顔を合わせ、言葉を交わした時の印象は最悪なモノだった。顔を合わせた途端に悪態を付かれたのだから、良い訳がない。あんなナンパやろうがどれだけ出来ると、馬鹿にしていた。
 ルフィに付いてきたのは、ナミのケツを追うためだろうと思っていた。ナミの中身は最悪だが、外見だけは通常よりも良い方の部類に入るだろうと、ゾロも認めているから。
 だが、軟派な見かけと態度の割には一本筋が通った男だという事が、すぐに分かった。共に戦える男だと思えるくらいに、強い男だという事も。
 そして、料理の腕が最高に良いと言う事も。
 一人で旅をしている時は何を食べても食事はタダの栄養補給としての行動でしかなく、何を食べようと大差ないと思っていたのに、彼が作った料理は心の底から美味いと思った。彼が作る、どの料理も。口にして不味いと思ったモノは、一つもない。
 悪態を付くのに、喧嘩をふっかけてくるのに、鍛錬の後に出されるドリンクも美味かった。酒を飲んでいる時に出される、つまみも。
 あの男が来てから、船に規律が生まれた気がする。今までは少人数で好き勝手にやっていたのだが。
 いや、今でも好き勝手にしてはいる。しかし、三度の食事の時間は決められ、その時間には全員がラウンジに集まるようになった。極々、自然に。強制されたわけでもないのに。
 今までは、狭い船に乗っているのにもかかわらず、他のクルーの顔を丸一日見なかった事もあったのだが、今ではそんな事は一切なくなった。食事時には全員顔を合わせるから。
 顔を合わせて食事をして、他愛の無い話をする。
 ゾロは専ら聞き役だったが。それでも何故か、その空間が身体に馴染んだ。ずっと一人で旅をしてきた自分が。集団で行動する事なんて出来ないだろうと思っていた、自分が。
 フウッと、息を吐き出した。そして、軽く頭を振る。
 これ以上考えてはいけないと、本能が告げて。何がいけないのかは分からなかったが、本能に従ってゾロは思考を停止させる。
 瞼を閉じ、耳を澄ますと、朽ちかけた屋根にパラパラと雨粒が落ちる音が聞えてくる。
 森に住まう獣も、この雨を逃れてどこかに身を潜めているらしい。森の中に生き物の気配は一切感じない。
 そんな、生き物の気配を感じない空間に寒々しさを感じた。このところずっと、自分の周りは賑やかだったから、余計に。
 ギャーギャー騒ぎまくるクルー達の声を聞きながら熟睡出来るのに、無音とも言うべき今の状態では眠れない。
「・・・・・・・・・なんだかな。」
 フウッと息を吐き出し、顔を仰向けたゾロは、今にも落ちてきそうな程ぼろい天井を見つめた。
 そしてボソリと、呟く。
「・・・・・・・・・早く朝にならねーかな・・・・・・・・・・」
 少しでも早く、船に戻りたいから。
 戻って、美味い飯に有り付きたかったから。
 アソコに「帰る」と思える自分に苦笑を浮かべながら、ゾロはゆっくりと目を閉じた。
 いつも耳にしている喧噪を、脳裏に思い浮かべながら。


























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