自分の身体が大きく震えた事で目が覚めた。
 鼓動は全力で走った後のように早く、全身にイヤな汗が滲んでいる。
 呼吸も荒く、一気に開かれた瞳はこれ以上無いくらい大きく見開かれ、どこか呆然と天井を見上げている。
 どんな夢を見ていたのか、詳細に覚えては居ない。だが、この馴染みのある感覚に、夢の内容は簡単に推察出来た。
 多分、いや、絶対に、あの時の事を夢で見ていたのだ。
 あの時の。
 カラヤの村を襲撃したときの、あの情景を。
 逃げまどう人々を、武器を手にして向かってくる人々を、何かに取り憑かれたように切り裂き続けた。
 いつも冷静でいる方ではない。だが、あの時の自分は明らかにおかしかった。自分だけではなく、自分の部下達も。
 例え小さな子供でも斬り捨てておかないと行けないという思いに捕らわれていた。なんでそんな風に思ったのか、分からないが。
 あそこまでする必要は無かった。
 突然襲いかかってきたのは彼等だが、あんな風に、村を壊滅に追い込むまで攻撃する必要は無かった。味方が逃げ出す隙を作れば良いだけだったのだから。
 なのに、なんであんな行動を取ったのだろうか。
 あの時のことは、普段は考えないようにしている。考えすぎたら、自分は剣を握れなくなるような気がしたから。だが、決して忘れられない。 忘れてはいけないと、思う。カラヤの民が自分の事を射るような瞳で睨み付けてくるたびに、その思いを深く胸に刻み込む。
 だから、あの時の夢を見るのだろう。出来る事ならばやり直したい、あの時の夢を。
 そう胸の内で呟いていたら、汗で額に張り付いていた前髪を払われた。
 とても優しい手つきで。
 突然の事に思考を停止させて傍らの気配に視線を向ければ、そこには優しい、慈愛に満ちた笑みを浮かべているパーシヴァルの姿があった。
「・・・・・・・・どうした?」
 柔らかい響きを持つその声に、後悔の念で淀んでいたボルスの心に風が吹き抜ける。
「怖い夢でも見たのか?」
 反応を返さないボルスに、パーシヴァルは囁くような、いつもよりトーンを落とした柔らかな声で問いかけ続けてくる。そして、浮き出た汗を指先で払うように、ゆっくりと額を撫でた。
 そんな労るような仕草を見せる彼の深い色の瞳を見つめ返した後、暗い室内に小さな灯りの存在がある事に気が付いたボルスは、何となくそちらに目を向けてみた。
 光の正体は、見慣れたランプだ。パーシヴァルが愛用する机の上に置いてある。そして、その横にはページの途中で開かれたままになっている分厚い本が置かれていた。
 どうやら彼は、遅くまで読書に勤しんでいたらしい。あんな小さな灯りで本など読んでいたら、目を悪くするだろうに。
 小さな灯りを見つめながらボンヤリとそんな事を考えていたボルスは、ふと気が付いた。
 パーシヴァルが読みかけの本を開いたまま放置する事は滅多にない。本が傷むからと、必ず閉じてから次の行動に移るのだ。例え、手元にしおりが無かろうとも。
 そのパーシヴァルが本も閉じずに自分の寝ているベッドの上に腰掛け、労るような声をかけている。
 暗く沈んでいたボルスの胸に、温かいものが流れ込んできた。
 彼が本当に、自分のことを気遣ってくれているのだと言うことに気が付いて。
「・・・・・・・・・パーシヴァル。」
 己の額を撫でているパーシヴァルの手を掴み、握り込んでからそっと彼の名を呼んだ。
 そんなボルスに、パーシヴァルはニコリと、安心させるような笑みを返してくる。
「なんだ?」
 常よりも優しく甘い響きのある声に泣きたくなった。多分彼は、夢にうなされて飛び起きたのがボルスでは無くても、同じ行動を取るだろう。優しく声をかけ、恐れるものは何も無いのだと言うように柔らかな笑みを見せてくれるのだろう。
 だが、今その優しい笑みと言葉を向けられている相手は、自分だ。
 それがたまらなく嬉しい。
 パーシヴァルの手を握る手に力を込めた。そして、彼の手を己の頬へと導き、頬に触れる寸前に彼の掌へと口づけを落とす。
「・・・・・・・・側にいてくれ。」
 掠れた声で呟く。
「今夜だけで良いから・・・・・・・・・・」
 そうすれば、明日もいつも通りに振る舞える。彼の優しさに触れ、心を癒す事が出来たならば。
 強い願いを込めて再度パーシヴァルの掌に口づけを落とし、答えを得るために彼の瞳を覗き込んだ。
 その表情が情けないものだったのだろうか。パーシヴァルはクスリと小さく笑いを零してきた。そして、ボルスに掴まれていない方の手で金色の髪をぐしゃりとかき混ぜた。
「・・・・・・・・・ああ、良いよ。今夜は側に居てやる。」
 囁くようにそう返してきたパーシヴァルは、上半身を捻るようにして身を屈め、前髪が払いのけられてむき出しになったボルスの額に触れるだけの口づけを落としてきた。
「大丈夫だ。付いててやるから。ゆっくり休め。」
 優しい声と優しい笑顔と。優しく微笑み撫でてくるパーシヴァルの手の感触に誘われるように、急激に睡魔が襲いかかってきた。
「・・・・・・・パーシヴァル・・・・・・・・・・・」
 眠気が大いに混じる声で彼の名を呼べば、彼は軽く首を傾げて見せた。そんな彼に何かを告げるようと口を開いたのだが、結局その口から言葉が発する前にボルスの意識は深く沈んでいった。





 もう一度、夢を見た。





 今度は紅く燃上がる村ではなく、太陽の日差しが眩しくて温かい緑の草原が目の前に広がっている。
 傍らにパーシヴァルが居て、見知ったカラヤの民も居て。
 みんなが楽しそうに。何の諍いもなかったかのように笑い合っている。
 酒を酌み交わし、肩を抱き合っている。
 その光景を目にして嬉しくなり、自然と頬が緩んだ。
 こうなればいいのにと、胸の内で呟く。
 無理なことだろうとは思うけれど。
 こんな風に心の底から笑いあえればいいのに。









 眦から涙がこぼれ落ちた。
























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