カンカンに照りつけてくる太陽は、ほんの少し地面に近づき始めていた。それでも気温は高いまま。湿度も高い空気はムッとしていて、息をするのも苦しい。なんだか身体の上にのし掛かってくるようだ。
「・・・・・・・・・・・暑い・・・・・・・・・・」
 三井の口から思わず言葉が零れる。しかし、それに対するコメントは一切無い。まるで独り言のようだ。いや、独り言ではあるのだが、傍らに知り合いがいるのに何のコメントも返されないのは腹が立つ。元々怒りっぽい上にこの暑さで気が短くなっているので、余計に腹が立つ。だから、隣を歩く男に自分の言葉を無視した事について一言怒鳴り付けてやろうかとも思ったが、結局は何も言わずに息を吐き出した。
 ここで隣を歩く男に文句を言った所で、更にムカツク言葉を返されるだけだろう。そう思って。変わりに、違う愚痴を口に乗せる。
「あぁ〜〜〜もう。なんだって俺がこんな事を・・・・・・・・・・・・・」
 喋ると余計に疲れる気がするのだが、それでも喋らずには居られない。黙っていたら、余計に気が滅入りそうで。
「こんなん、一年共にやらせろよな。三年の俺がやる事じゃねーだろうが。」
 呟きながら、両手に下げたビニール袋に目を向けた。部活の休憩時間に飲むスポーツドリンク達が、その中にゴロゴロと転がっている。
 内側と外側の温度差のせいで、袋には水滴が付着している。その様はとても涼しげなようでいて、とても暑苦しい。
「・・・・・・ジャンケンに負けるセンパイが悪いっす。」
 ボソリと傍らから言葉を返され、三井は驚きに目を見張った。返事が返ってくるとは思っていなかったのだ。
 だから思わず、自分よりも数センチ上にある顔を見上げた。
 見上げた視線の先には、汗をかきながらもいつもと変わらず涼しげな表情を浮かべた流川の顔があった。
「・・・・・・・・・てめーに言われたくねーよ。」
 その流川に、吐き捨てるように言葉を返す。
 スタメンも控えも関係なく、平等に執り行われた買い出しジャンケンで、三井と流川が負けて当番を割り当てられたのだ。しかも、一番早く負けたのは流川だった。
 その時の桜木の喜びようと言ったら無かった。いつも言動がおかしな男ではあるが、この暑さでかなり脳みそがやられているのだろう。タダでさえ脳細胞が少なそうなのに。思わず同情してしまう。
「うぅ〜〜〜〜。それにしてもあちィぜ。歩くのもだりー。」
「センパイ、スタミナ無いっすから。」
「うるせーよ!人の事が言えんのか、てめーっ!」
 スタミナが無い事は十分に自覚しているが、指摘されると面白くない。一年坊主に言われると余計に。
 その上そんな事を言い出したのが試合中にスタミナ切れを起こした事のある流川なのだから、三井が怒鳴りだしても仕方の無い事だろう。
「俺はセンパイみたいにヒックリ返って無いっす。」
「・・・・・・・・・・てめぇ・・・・・・・・・・・・・」
 事実という物は、指摘されるとより一層ムカツクのだ。
 途端に眉間に皺が寄った三井の表情を見つめていた流川が、何かを言いたげに瞳を揺らした。だが、結局は口を噤み、変わりに深々と息を吐き出してみせる。
 それを目にした三井の血管が、一本切れた。
「なんも言われねーと、余計にムカツクんだよっ!!」
 言いながら、常人よりも高い位置ににある締まった尻を力一杯蹴飛ばした。
 その攻撃にほんの少しだけ痛そうに顔を顰めた流川だったが、何も言わずにそのままスタスタと歩いていく。
 そんな流川の行動に自分の存在そのものを無視されたと感じた三井は、カッと頭に血を上らせたが、暑さと練習の疲れで怠い身体にエネルギーが必要な怒りを持続する事が出来なかった。あっという間に怒鳴る気が失せていく。これもスタミナがないせいなのだろうか。
 そんな事を考えた三井だったが、気を取り直すように深々と息を吐き出し、先程よりも少し大股で歩いて前をゆく流川の隣へと並んだ。
 とにかく今はこの荷物を運ぶことが一番大事なコトなのだ。これを目的地に持っていかなければ、この照りつける太陽とおさらばする事が出来ない。
 そう考えた三井は、チラリと視線を上向けた。
 じわじわと、夏の日差しが瞳に突き刺さる。その日差しから顔を背けるように俯いても、突き刺さるような日差しはむき出しの肌を焼いてくる。
 ビニール袋からアスファルトに滴り落ちた水滴は、すぐに蒸発してしまう。それ程アスファルトも日の光で焼けていた。
 そう言えば、打ち水をすれば0.5℃とか1℃とかいう気温が下がると言う話をどこかで聞いた。と、言う事は、この両手にさげたスポーツドリンクを全部ここにぶちまけたら少しは涼しくなるのだろうか。
 そんな事をしたら後で赤木にしこたま殴られるだろうが、ボンヤリし始めた思考ではそこまで考えが行かなかった。
 今の三井には、この暑さから脱却する方法を考える事しか出来ないのだ。
 そんな三井の目の前に、大きな手の平が伸ばされた。咄嗟にそれがなんなのか判断出来なかった三井は、伸ばされた手のひらをボンヤリと見つめた後、手の先へと、視線を向けた。
「・・・・・・・・・疲れたなら、持つ。」
 仏頂面で告げられた言葉に、三井の意識がこの世に戻る。
 そして、眉間に縦皺が浮かび上がった。
「ざけんな。俺はそこまで落ちぶれてねーよ。」
 ふて腐れたような三井の言葉に、流川はなんの言葉も返してこなかった。しかし、その無表情の奥に隠れた瞳が、嘘を付くなと言いたげに光を放ったことを、三井は見逃さなかった。
「何も言われねーと余計にムカツクって言っただろうが。この、馬鹿っ!」
 八つ当たりめいて怒鳴った三井は、自棄になって大股で歩き始めた。
 宮城や桜木のセンパイをセンパイとも思わない態度もムカツクが、あいつ等へのムカツキと流川へのムカツキは質が違う。
 あいつ等の態度はまだかわいげがある。しかし、流川の態度はふてぶてしいと言ったら無い。
 何をどうすればこんな人間に出来上がるのだろうか。流川の親の顔が見てみたい。
「センパイ。」
 胸の内にイライラを溜め込みながら歩いていた三井は、背後からかけられた声に眉をつり上げながら振り返った。
「なんだっ!まだなんか言う気か、このヤローっ!!!」
「蜃気楼。」
「はぁ?」
 軽く顎で指し示す方向を見てみると、確かにゆらゆらと揺れる景色が浮かび上がっていた。
 それを見つめながら、これだけ暑いのなら蜃気楼くらい見えるだろうなと、小さく頷く。
「・・・・・・・・行きましょう。」
「あ?ああ、そうだな。」
 ボンヤリと見つめているところを促され、三井は止まっていた足を再び動かし始めた。
 ふと気付くと、先程まで胸の内に溜まっていたイライラが治まっている事に気付く。
 なんだか上手く誤魔化された気がするのは、気のせいだろうか。
「・・・・・・・まぁ、良いか。」
 ボソリと呟き、歩を早める。
 このアスファルトを抜ければ少しは暑さも治まるはずだと、そう信じて。
「流川。」
 名を呼べば。黒い瞳がチラリとこちらを向いた。
 その瞳に、三井はニヤリと、笑いかける。
「部活終わったら、1On1に付き合えよ。この遅れを取り戻さなきゃなんねーからな。」
「・・・・・・・・ウス。」
 無表情ながらもどこか嬉しげに瞳を煌めかせて頷く流川に、クスリと笑みを浮かべた。
 本当にこいつはバスケが好きなんだなと、そう思って。
 バスケ馬鹿なのは、自分もたいして変わらないのだけど。
「・・・・・・・・・あちぃなぁ・・・・・・・・」
 アスファルトの先に浮かぶ蜃気楼を見つめながら、言葉を零す。
 その言葉に、さっきまでのイライラは含まれていなかった。その事に、流川も気付いたのだろう。チラリと視線を向けられた。
 だが、三井がその視線に目を向ける事はしなかった。変わりに、目の前に揺れる蜃気楼を見据えながら、ニヤリと口元を引き上げる。
「・・・・・・・俺たちが進む先に見えるのは、蜃気楼じゃねーよな。」
「当たり前。」
 即座に返され、気分が良くなった。
 二年間見ない振りをしていた夢。
 蜃気楼のようにただ目の前にちらつくだけの物にはしたくない。
「やるしかねーよな。」
 呟きはアスファルトから立ち上る熱気に吹き飛ばされた。
 だが、気持ちまでは飛んでいない。自分達の戦いはまだこれからなのだと、三井は力強く、熱い熱気を発するアスファルトを踏み締めた。  


















インハイ前の暑い日に。









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アスファルト