城の地下にある墓場には、いつも誰か彼かが居るような気がする。
 ウィングボードの青年や、800年生きている暗がり好きな女は別にしても。
 その日一日誰も墓を参りに来ないと言うことは、まず無い。それだけ死者に対する思いが深い人間が集まっていると言うことなのか。はたまた死者が多く出ていると言うことなのか。
 具体的な数字は自分の管轄外のことだから、それは分らない。ただ、墓参りをする人が多いと言うことだけは知っているだけで。
 その日も、釣りでもしようと墓場近くを通りかかったビクトールの視界に、墓石の前で跪いている女の姿が飛び込んできた。
 雰囲気から言って、まだ20代前半と言ったところだろうか。無くしたのは恋人か、夫か。もしかしたら結婚したばかりだったのかも知れない。
 そう思うと、自然と顔が苦痛に歪む。兵の全てを生かして戻ることが出来る程、戦争は甘いものではない。それでももしかしたら「彼等」を救える術があったかも知れないと、そう思って。
 この世の中、自分の命を救うのは最終的には自分の腕だ。弱い者から死んでいく。それは誰もが分かっていることだが、簡単に割り切れるものではない。数多の戦場を駆け、幾人もの死者を見てきたビクトールでさえも。
 どれだけ多くの死者を見ても、その命を屠ってきても、人の死に関して鈍感ではいられない。鈍感になったらいけないと、思う。
「・・・・・・・・・・何を見てるんだ?」
「うわっ!!」
 深く考え込んでいたビクトールは、突然耳元に吹き込まれた言葉に飛び上がって驚いた。
 慌てて背後を振り向けば、そこには呆れ顔のフリックが立っていた。
「・・・・・・・何をそんなに慌ててるんだ?」
「当たり前だろ、いきなり背後に立たれりゃ、誰だってなぁ・・・・・・・・・・」
「いきなりじゃないぜ?五分程前から俺はここに居たからな。」
 ニヤリと口角を引き上げて己の足元を指し示すフリックの態度に、ビクトールは深々と息を吐き出した。
 こういう事を、フリックは良くやる。ビクトールの隙を付いて背後に立つ事を。
 そして、そのたびに言うのだ。「修行が足りない」と。
 言われるたびに、ビクトールは思う。自分が鈍いのではなく、フリックの気配が無さ過ぎるのだと。
 見目が常人よりも派手なくせに、気配はまったくと言って良い程無い。体臭も薄いのか、背後に立たれても匂いを感じない。抱き合っているときは、甘い香りがしているのに。
 いつもだったら声をかけられた時点で掛け合い漫才のような会話を繰り広げる所だが、色々考え込んでいたので軽い言葉を返す事が出来なかった。そんな反応の薄いビクトールの様子を訝しく思ったのか、軽く首を傾げたフリックは、ビクトールの瞳に自分の青い双眸を合わせた後、先程ビクトールが眺めていた女にチラリと視線を向け、意地の悪い笑みをその端整な顔に浮かべて見せた。
「ふぅん・・・・・・なんだ、彼女に惚れたのか?」
「え?」
 全く予想していなかった言葉に、ビクトールは軽く目を瞬いた。その態度に図星と思ったのか、ただ単にからかうためなのか。フリックはニヤニヤと性質の悪い笑みを浮かべながらビクトールの顔を覗き込んでくる。
「なかなかの美人だからな。自分の面を棚に上げて面食いなお前が惚れそうだ。」
「・・・・・・・どういう意味だ、この野郎。」
 さり気なくけなされたビクトールは、ヒクリとこめかみを振るわせた。
 全身から放つオーラに怒気を大いに含ませたのだが、フリックは少しも気にした様子を見せず、軽い口調で言い返してくる。
「言葉そのままだ。俺のことを好きだと言っている時点でお前の面食いは決定だろうが。」
「大した自信だな、そりゃ。」
 盛大に息を吐き出しながらそう答えてやれば、フリックは鼻で笑い返してきた。そして、改めてビクトールに問いかけてくる。
「で、墓場がどうかしたのか?」
「イヤ。もっと死者を減らせないものかなと、思ってよ。」
「そうだな。いい加減墓場が満杯になりそうだしな。」
「・・・・・・・イヤ、そう言う意味じゃなくてよ。」
 思わず突っ込んだビクトールの言葉になど耳を貸すつもりは無いのだろう。
 フリックは妙に嬉しそうに、彼の容姿に似合う爽やかな笑顔で言葉を返してきた。
「大丈夫だ、ビクトール。心配するな。どんなに墓が増えても、お前の場所はちゃんと取って置いてやるから。」
「・・・・・・いや、そんな心配してねーし。そもそも、俺は死ぬ気ねーし。」
「遠慮するな。あと、そうだな。俺の人生の中で一番長くつき合った記念に、墓碑銘は俺が書いてやるよ。」
「・・・・・・・ホホゥ、そりゃあ大サービスだな。なんて書くんだ?」
 やたらと嬉しそうなフリックの態度にイヤなものを感じながら問いかければ、彼は極上の笑顔を振りまきながらとんでも無いことを言い出した。
「そんなの、決まってるだろ?『馬鹿熊』だ。」
「・・・・・・・・ソレは、事績じゃねぇ・・・・・・・・・」
 非難するような眼差しと、低く押し殺した声でそう言葉を返せば、フリックは心外だと言いたげに大きく目を見開いた。
「何を言ってやがる。お前を一番良く表した言葉だろうが、それを俺が刻み込んでやろうっていってんだ。ありがたく思えよ。」
「思えるかッ!馬鹿っ!」
 思わず怒鳴り返せば、フリックは楽しそうにクスクスと笑っている。
 どうやらからかわれていたらしい。なんとなく不愉快な気分になって顔を歪めていたら、軽く肩を叩かれた。
「そう書かれたくなかったら、俺より先に死なないことだな。」
 ニッと口端を引き上げて笑ったフリックは、鮮やかな青色のマントを翻してその場から足を踏み出した。そのフリックの後を慌てて付いていく。
 そして、足音もなく歩いている彼の隣に並んでから、強気な態度で言い返した。
「当たり前だっつーの。誰が先に死ぬかってんだ。お前の最後を見届けて、指さして笑ってやるぜ。」
「ソレは大した自信だな。まぁ、せいぜい頑張んな。俺に簡単に背後を取られているようじゃ、たかが知れてるだろうけどなぁ?」
「うるせっ!」
 揶揄するような言葉と笑みに怒鳴り返せば、クスクスと笑われた。
 その笑いに怒鳴り返せば、今度はフリックも怒鳴り返してくる。
 城の広い廊下を、怒鳴りあいながら歩いていく。
 殴り合いにならないのが不思議なくらい、険悪な様子で。
 そんな二人の姿を見送る住人達の瞳は優しく、信頼に溢れていた。
 それを感じ取る事は、ビクトールには出来なかったけれど。


















分かりにくい優しさ。











                  ブラウザのバックでお戻り下さい。






墓碑銘