「お前を捜してたんだよ」
「俺を?」
「あぁ」
「なんでだ?」
問われ、一瞬口を噤んだ。
素直に「ホウアンに貰った妖しげな薬を飲ませるため」とは言えなくて。言うわけにはいかなくて。
なので、直ぐさま言い訳を考え、口にする。
「――――今日、お前も非番だった事を思い出してよ。たまにはゆっくりと茶でも飲もうかと、思ってな」
「茶? 酒じゃなくてか?」
「いや、酒でも良いんだが――――」
昼間から酒を飲みに誘ったら怒られ、誘いに乗ってくれない可能性が高いだろうと思って茶にしたのだが。そんな気の回し方をしたために、余計に警戒心を持たれてしまったのだろうか。
ビクトールは、首を傾げて問い返してきたフリックの顔色を恐る恐る窺ってみた。
だが、その心配は杞憂に終わったようだ。向けた視線の先には、わりと機嫌が良さそうなフリックの表情がある。
「ふぅん………まぁ、良いぜ」
「はぇ?」
「付き合ってやるよ、茶を飲みに行くのに」
「――――マジか?」
あまりにもあっさり頷かれたために、ビクトールは思わずそう問い返していた。そんな暇は無いと突っぱねられるだろうと思っていたので。
ビクトールのとまどいをどう取ったのか分からないが、フリックは機嫌良さそうにしていた顔を一瞬のうちに不愉快そうに歪めてしまった。
「――――なんだ? 誘ったのはお前だろうが。そのつもりも無いのに誘ったのか?」
「いやっ! そんな事は無いっ! 全然無いっ! ――――ただ、すぐに提案に乗ってくれるとは、思って無くてよ」
ここは回りに燃えるモノが沢山あるので雷を落とされる事はないとは思ったのだが、それでも慌ててフリックの言葉を否定したビクトールは、否定の言葉の後に素直な気持ちを付け足した。
その言葉が嘘偽り無いものだと察知したのか。フリックの不愉快度数は幾分緩和したらしい。フッと小さく鼻で笑い返してきた。そして、皮肉な笑みを浮かべてくる。
「断られると思っていたら、誘うなよ」
「いや、思ってても誘うだろ。俺は少しでも長くてめーと一緒に居たいんだからよ」
「アホか」
本気で語った言葉に短く軽い口調で答えたフリックは、ビクトールの言葉にまともに取り合う気は無いらしい。クツクツと軽い笑みを零してきた。
「まぁ、そのアホさに免じて今日は付き合ってやるよ」
言いながら、フリックはさっさと歩き出した。誘ったのはビクトールなのに、そのビクトールを置いていく勢いで。
いや、自分が直ぐさま着いてくる事を確信しているからこその動きなのだろう。
「なんか俺、飼い慣らされてる感じがしないでもないんだが…………」
思わずそう呟いてしまったが、別にそれが不快だとは思わない。回りにどう受け取られようと、彼と一緒に居られるという事実に変わりはないのだから。
「俺がアイツを飼い慣らしてるなんて事は、怖くて言えないしな…………」
そんな事をチラリとでも思ったら速攻で斬り殺されそうだし。
自分の方が飼い慣らされているような状態を甘んじて受け入れておいた方が、穏便に過ごせるだろう。周りがどう受け取ろうとも、実際はそんな関係じゃないことを自分達が分かっていれば良いだけのことだ。
そんな、身にもならないようなどうでも良いことを考えながら、ビクトールは軽い足取りでフリックの後を追い始めた。
思いがけず得ることが出来た楽しい時間を満喫するために。
満喫しすぎて、受け取った薬の事は綺麗さっぱり忘れてしまうことになるのだが。
《完》