ホウアンの自信ありげな姿に心は揺れたが、彼は平気でウソを吐く男だ。
人の良さそうな笑顔を振りまいてはいるが、この城でも指折りの食わせ物だ。あのフリックですら警戒しながら付き合っている男なのだ。信用しない方が身のためだろう。
ビクトールは、決意を固めた。
「悪いな。その話には乗れねー。俺も自分の命が惜しいんでね。他を当たってくれ」
「………そうですか。残念ですが、そう言われるのなら、仕方ないですね。他の人に頼むとします」
迷い無い口調でキッパリと告げると、ホウアンはしばし間を開けてきた。つけ込む余地は無いのだろうかと、観察するように。
だが、結局隙を見つけられなかったのだろう。それ以上強行に願いを口にする事はなく、諦めたように小さく息を吐いた。
そして、思い出したと言うように言葉を続けてくる。
「あぁ、分かっていると思いますが、この事は…………」
「他言しねーよ。勿論、フリックにもな」
「ありがとうございます。あ、成功した暁には裏でコッソリ販売しますので、宜しかったらどうぞ」
ニコニコと言葉を返してきたホウアンに適当に頷きながら、ビクトールはさっさと医務室から出て行った。長々とアソコにいたら、申し出を断ったのに共犯者にされそうな気がしたので。
ドアを閉める寸前、背後から小さい舌打ちの音が聞こえたような気がしたが、それは気のせいだと思っておくことにする。その方が、精神衛生上良いような気がしたので。
ゆっくりと、歩き慣れた廊下を歩いていく。何事もなかったように。
そして、ボソリと呟いた。
「………他って、いったい誰に…………?」
頼まれた人間の先行きが心配になったが、自分の知ったことではない。下手に関わると間違いなくとばっちりを食うだろうから、ここは一切関わりを持たない方が良い。
そう判断し、ビクトールは軽く頭を振って先程の出来事を忘れ去る事にしたのだった。




その後、ホウアンの口から『媚薬』の話を聞くことは、二度と無かった。














《完》