今がチャンスだと、ビクトールはその場に勢いよく立ち上がった。
と、言っても股間の状況が股間の状況なので、真っ直ぐ背筋を伸ばして立ちはしなかったのだが。
不自然な様子で股間を隠してコソコソと湯船の中を移動するビクトールの背中に、それまで死んだように黙していたフリックの声がかけられた。
「――――もうギブアップか?」
その声に、ギクリと身体を強張らせた。
自分の股間状況を見られただろうかと。
見られたとしたら、どれだけ冷ややかな眼差しを向けられるか分かったものではない。もしかしたら、「所構わず盛るようなヤツの相手なんて出来るか」と、この後相手をしてくれなくなる可能性も出てくる。
それは正直辛い。
そんな事になったら雷を食らおうと、この場で押し倒してやろう。
無駄な決意を固めながら恐る恐る振り返る。だが、その心配は杞憂に終わった。
フリックは、穏やかな表情で瞳を閉じ、僅かに俯きがちになっている。その様子から見るに、こちらの状態を目にしては居ないだろうと思われる。
気付かれないように小さく息を吐き出した。そして、何事も無かったように言葉を返す。
「いやいや。夜の戦いに向けて更に身体を綺麗にしておこうかなと、思ってよ」
適当に口にした言い訳を信じたのだろうか。フリックは瞳を閉じたまま口端を引き上げた。
「そいつはご苦労さん。頭もしっかり洗っておけよ」
「分かってるって」
笑み混じりの声に軽く頷いた後、そそくさと湯船から出たビクトールは、フリックからは見えない洗い場を選んで腰を下ろした。
そして、固くなっている己のモノに手を添える。
「なにやってんだかなぁ………俺は…………」
そう、情けない声で呟いた。
自分の今の状況に、もの凄く情けないものを感じて。
だからと言って我慢出来るモノでも無かったので、イソイソと己のモノへの刺激を開始した。
立ち去る自分の背中を。
壁に隠れるようにして洗い場に落ち着いた自分の事を、片目だけを開けたフリックが冷えた瞳で見つめていた事に、気づきもしないで。
「――――若いねぇ」
そんな、揶揄の色が存分に含まれた言葉をフリックが発したことに気づきもせずに、ビクトールは己の欲を迸らせる作業に没頭したのだった。
その後、欲を発散し終えて何食わぬ顔で湯船に戻り、フリックと共に風呂から上がってオデッサを引き取った後、酒場に赴き、一頻り飲んだ後に部屋に戻って夜の戦いに挑んだビクトールがホウアンに渡されたクスリの存在を思い出したのは、翌朝の事だった。
慌てて薬を探してみたのだが、何故かソレはどこにもなく、結局その効力を試してみることは出来なかった。
《完》