「やっぱ、このままにしておけねーよなぁ……………」
呟き、ビクトールはゆっくりとフリックの傍らに歩み寄った。
「悪かったよ。お前をそこまで苦しませるようなもんだって、思ってなかったんだ。謝るから、明日好きなだけ雷落として良いから、今はオレに介抱させてくれ」
真摯な声で告げながら、ビクトールはそっとフリックの背中に手を伸ばした。
途端に、ビクリとその身体が大きく震えた。
「――――え?」
今の反応はなんだろうかと目を丸めた。そんなに驚かせるような事をした覚えはないのだが。気配を殺して近づいたわけでもないし。
不思議に思って首を傾げた。
その瞬間。
ビクトール目の前で、空気がユラリと揺れた。
陽炎のように、向こう側の景色が歪むように、ユラリと。
フリックの全身から発せられた殺気のせいで、空気が揺れた。
「な……………っ!」
逃げようと思った時には、もう遅かった。
身体に強烈な痺れが走り抜け、腹部に鋭い痛みが襲いかかってきた。
「ぐふっ!!」
あまりの衝撃に、内臓の中にあったモノを吐き出しながら後方に吹っ飛んだ。
近くにあったイスに背をぶつけて、床の上にひっくりかえる。
すぐに立ち上がらなければと、本能が告げてくる。だが、そうは出来なかった。全身を襲う痛みが強すぎて立ち上がれない。
その苦しみを誤魔化そうと床の上で苦しみ悶えていたビクトールは、そこでもう一度悲鳴を上げた。
固いブーツの底で、腹を力任せに踏みつけられた為に。
「――――人の言うことは、素直に聞けよ。アホが」
「ぐっ……………」
痛めた腹をギリギリと踏みにじられ、ビクトールは息を飲んだ。
本気で痛くて。
これ以上ないくらい痛くて。
反撃する気がおきないくらい強い痛みに、呻く。
そんなビクトールの顔を楽しげな笑顔で見下ろしながら、フリックが続けてきた。
「踏み込んじゃいけないことにまで踏み込んで来ようとするから、痛い目を見るんだよ」
そう言うやいなや、フリックはビクトールの腹を踏みつけていた足を上げ、力任せにその足を突き下ろして来た。
「ぐはっ!」
的確に急所をついたその攻撃に大きく息を吐き、がくりと首を倒す。
意識が徐々に遠のいてきた。目の前には綺麗なお花畑が広がっている。その花畑の向こうには誰かが居て、自分を呼ぶように大きく手を振っていた。
そっちの方に行きたい衝動に駆られる。
なんだかもの凄く、楽しそうで。
そんなビクトールの心の動きを察知したのか、顔が見えない人達が振る手の動きが大きくなった。
それを見て、自然と足が一歩前に踏み出した。
彼等の元に行ってみようと、思って。
そんなビクトールの耳に、フリックの冷ややかな声が届いた。
「――――生命を取られないことを、ありがたく思いな」
その一言を耳にした瞬間、目の前に広がっていた花畑が一瞬のうちに消え去った。手を振っていた人達の姿も。
変わりに、見慣れた床が視界に飛び込んでくる。
一瞬何が起こったのか理解出来ず、ボンヤリとその床を見つめる。
そんなビクトールの耳に、鼻で笑う音が届いた。心の底から馬鹿にしたような音が。そして、僅かな間の後にバタリと、音をたてて扉が閉まる。
どうやらフリックが部屋から出て行ったらしい。ここは彼の部屋だと言うのに。しかも、妙な薬を飲んで苦しんでいたと言うのに。
あの状態で、どこに何をしに行くのか分からないが。それはもの凄く気になることだが、ソレを問いかける為にこの場から起きあがって彼の後をおいかけたら、今度は確実に殺される。多分。いや、間違いなく。今生きていられること自体が奇跡だ。
「こえぇヤツ……………」
アイツには、二度と変なモノを与えないようにしよう。
そう強く決意しながら、ビクトールは意識を手放したのだった。
花畑は見えない、暗い暗い世界へと向けて。
《完》