「よし。左に行くか!」
小さく呟き、大股でズカズカと草原の中を歩き始めた。
フリックが行きそうな場所に見当を付け、血の匂いと人の気配を探りながら。
だが、求めるモノはいっこうに感じ取る事が出来ない。人の気配の変わりにモンスターの気配が引っかかり、襲いかかられたりしたが。
それらを危なげなく切り伏しながら、ビクトールはひたすら足を動かし続けた。


そうこうしている内に陽が傾きだした。
全く人の気配を感じないままに。
「――――こっちじゃなかったか」
深く息を吐き出し、肩を落とした。
自分のフリックセンサーは随分と精度を落としたものだなぁと、呟きながら。
「仕方ねぇ。戻るか」
気持ちを切り替え、帰路につく。
行きと同じように、襲いかかってくるモンスターを打ち倒しながら。
陽が落ち始めたからか、行きよりもモンスターの数が増え、歩く速度が落ちる。どんなに気合いを入れて剣を振るっても、現れる敵の数は減るどころか増える一方なので歩く速度が上がることはない。
「あーーーもうっ! 俺は急いで帰りたいんだよっ!」
怒鳴り声を発しながら敵を切り、歩を進めるビクトールをあざ笑うかのように、中ボスクラスの大物までもが現れた。
いつもは6人がかりで倒すような大物だ。
そいつを、苛立ち紛れに打ち倒す。
たった一人で。

さすがに疲労困憊になって足をよろけさせながらも何とか城にたどり着いた時にはもう、とっぷりと陽が落ちていた。
だが、自分達にとってはまだまだ宵の口だ。フリックが酒場に居る可能性は高い。
直ぐさま自室に戻ってベッドの上に倒れ込みたい衝動に駆られながらも、ビクトールはフリックの姿を求めて酒場へと足を踏み入れた。
だが予想に反してそこにフリックの姿はなかった。どうやらつい先程自室に戻ったところらしい。
すれ違ったことに小さく舌を打つ。どうにもこうにも、今日は相性が悪い。ここまで相性が悪いのは珍しい。いつもだったら、一時間もしないうちに巡り会えているから。
「……あの薬のせいか?」
やはりアレは自分に取って疫病神のようなものなのだろうか。
そんな事を考えながら酒場を後にしようとしたビクトールの背中に、タイ・ホーの声がかかった。飲みに誘う声が。
その言葉を振り切って酒場を飛び出したビクトールは、いつもは使わないエレベーターに乗り込み、階上に向かった。階段を上りきる自信が無い程に疲れ切っていたので。
長い廊下をヨロヨロと歩き、空け慣れた部屋のドアをノックも無しに開け放ったビクトールはフラフラと室内に足を踏み入れ、人の気配を求めてベッドの傍らへと歩み寄った。
「フリック………」

ようやく見つけ出せたぜ。
俺をここまで疲れさせたんだ。
しっかりとこの薬を飲んで貰うからな。

そう内心で呟きながら腰に下げた袋から小瓶を取り出して右手できつく握りしめ、ベッドの中で眠る男の顔を見下ろした。

途端に、先程まで胸中で渦巻いていたやる気が霧散した。
穏やかな表情で、気持ちよさそうに眠っている男の顔を見て。

「ぁ……………」
小さく呟き、左手でボリボリと頭を掻いた。
自分には、この寝顔を消滅させることは出来ない。
人の気配に聡い彼が、自分の進入に、接近に気付かずに安心しているかのように眠っているところを起こすなんて事、自分には出来ない。
ゆっくりと、音をたてないように気を使って床に腰を落とし、ベッドの端に頭を乗せた。
「明日で良いか。今日は俺も、クタクタだからなぁ………」
あくび混じりの声でそう漏らし、ゆっくりと瞳を閉じた。
今日は夢を見ないで眠れそうだと、思いながら。




翌朝、先に起きたフリックに手の中の小瓶を発見され、それに付いて言及されたビクトールは、フリックの威しに負けて全てを告白した。
自分が知っている範囲で、だが。
その告白を笑顔で聞いていたフリックの雷に打たれ、薬は没収された。
二度とこんな事はしないという、約束をさせられた。
それでも、命が取られなかっただけましだろうと思う。
多分、未遂だから半殺しだったのだろう。完遂していたらどうなっていたことヤラだ。
「眠れる獅子を起こしちゃねんねーって、事だな」
そんな言葉を、己の心にしかと刻み込んだ。




その後、ホウアンがもの凄く挙動不審になっていたとか、居ないとか。
















《完》