もの凄く気にはなったが、それ以上何か言ったら具合を悪くしているフリックの体調を悪化させるだけだろうと考え、無言で部屋を出て自室に戻った。
基礎体力があるフリックの事だ。明日の朝にはけろっとしていることだろう。していなかったら縛ってでもホウアンの所に連れて行けば良い。
いや、原因はホウアンが作った薬だろうから、下手に彼の所に連れて行かない方が良いのだろうか。
だが、この城にはホウアンの息がかかっていない医者は居ない。誰の所に連れて行っても結局はホウアンの元に話が行くような気がする。だが、僅かな時間でも時間稼ぎを出来たら少しは何かが違ってくるのだろうか。
意外と抜け目の無いホウアンのことだ。そんな自分の考えを見越して既に部下達に何かの通達がされているかも知れない。自分かフリックが来たらすぐに連絡を寄越せとかなんとか。だったら、他の医者に診せるよりも最初からホウアンに見せた方がロスがなくていいだろうか。
鬱々とそんな事を考え込んでみたが、良い案は出そうに無い。
「――――まぁ、明日になってからだな」
考えることを放棄したビクトールは、ブーツを脱ぎ捨て、衣服も脱ぎ捨ててベッドの中へと入り込んだ。そして、あっという間に深い眠りに落ちる。
どれくらい寝ただろうか。
ビクトールは、突然腹に感じた重みに心地よい夢の世界に旅立っていた意識を現実の世界に引き戻した。そしてノロノロと瞼を開く。
何が腹に乗っているのか分からなかったが、殺気は感じないのでその動きは緩慢だ。
それでも何とか閉じたままでいたがる瞼をこじ開け、腹の上に乗っているモノの正体を見定めようと視線を向けたビクトールは、そこにあったモノを目にしてギョッと目を見張った。
「フッ………フリックっ!?」
予想もしていなかったモノがそこにあったことに驚き、ギョッと目を剥いた。
条件反射で飛び起き、自分の身体に乗っかっているフリックの身体を押しのけようとしたビクトールだったが、その前に上げた両腕を捕らえられ、ベッドの上に縫いつけるように押さえ付けられてしまった。
寝起きで回転が悪い頭では何が何やら分からず、目を丸めた。
そんなビクトールの表情がおかしかったのだろうか。目の前にある薄目の唇がつり上がった。
と思ったら、その唇がゆっくりと下りてくる。
「――――っ!!」
与えられた口づけに大きく目を見張る。
驚きのあまりに抵抗することも忘れて覆い被さってくる男の顔を見上げれば、フリックは何を言うでもなく口づけを続けてくる。
最初は触れるだけの口づけが、徐々に深いものに変わってくる。熱を煽るような深さに。
その官能を刺激する動きに自然と全身から力が抜けていく。
ビクトールの抵抗が無くなった事に気付いたのだろう。一度放した唇を再度ゆるりと引き上げたフリックは、ベッドの上に縫いつけていた腕をゆっくりと解放した。
そして、自由に動かせるようになった己の腕をゆっくりと下ろし、ビクトールの身体に触れてくる。
シャツの上から身体のラインをなで上げるように。
ビクトールの熱を煽るように、その動きには妙な艶が含まれている。
滅多にないフリックからの積極的な動きに驚き固まっていたら、シャツの上から身体のラインを撫でていた手がゆっくりと下がっていった。
「なっ……………!」
なんの躊躇いもなくシャツの中に潜り込み、直接肌に触れてきた冷たい手のひらの感触に小さく声を上げれば、フリックは楽しげに喉の奥で笑いを零した。
そしてペロリと、首筋を舐め上げてくる。
「ちょっ………いったい、何…………」
フリックが積極的に誘ってくれるのは嬉しいが、なんで突然そんな行動を取り始めたのか、訳が分からないのでもの凄く怖い。何か裏があるのではないかと考え、素直に喜べないものがある。
そんなビクトールの胸の内に気付いたのか。ビクトールの熱を煽るようにその肌を舐め上げていたフリックが顔を上げた。そして、ゆるりと笑いかけてくる。
「何って、この状態でやることは一つだろう?」
「いや、そりゃぁそうだけどよ。何で、突然……………?」
その問いに、フリックの瞳に剣呑な光が宿った。
ビクトールの身体がビクリと揺れる。
攻撃されるのかと思って。
無意識に全身に力を入れ、次に来るであろう衝撃に耐える準備をしたのだが、思っていた衝撃は来なかった。
変わりに、小さく息を吐かれる。
「てめーらの思い通りになるのはしゃくだから、お前とは絶対にやらねーって思ったんだけどな。今から適当な相手を探すのも面倒くさいし、後始末するのも面倒くさいし。しょうがないから、てめーで手を打つことにしたんだよ」
憎々しげに返された言葉に、ビクトールは首を傾げた。フリックの言わんとしていることの意味が、いまいちわからなくて。
そんなビクトールに、フリックが婉然と笑いかけてくる。
「とはいえ、事後は気を付けろよ。俺は、薬を使って他人の身体を良いように扱おうって輩が大っっっ嫌いなんでね」
「え……………?」
「だから、今回ばかりは沸き上がった衝動を抑えられる自信がない。もう既にこんな下らないマネをしたお前を殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて仕方が無いくらいだからな。でもまぁ、それは自業自得ってやつだから。その時は諦めて俺に殺されておくんだな」
「ちょっ…………何言って……………っ!」
「まぁ、とにかく。やろうぜ? 最後かも知れないんだ。良い夢みさせてやるから」
焦るビクトールの言葉を無視して、フリックはニッコリと爽やかに。だが、もの凄く艶やかな笑顔を寄越してきた。
その笑顔を目にして、魔法をかけられたように身体の動きが止まる。フリックの顔を凝視しながら。
その視線の先で、フリックが身につけていた衣服を景気よく脱ぎ捨てた。
そして、ビクトールの衣服も手慣れた仕草で剥がし取り、驚き固まった身体をほぐすようにゆっくりと、露わになった肌を撫でてくる。
いつもより体温の高いその手のひらの熱に触れられ、ビクトールの体温も上がっていく。鼓動も、ドンドン早くなる。
その熱に、鼓動の速さに煽られるようにフリックの頭に手を伸ばし、己の方へと引き寄せた。
抵抗無く近寄ってくる唇に荒々しく口付ける。そして、体勢を入れ替えた。今まで押さえつけられていたベッドの上に、フリックの身体を押さえつける。
なんの抵抗も無く組み伏すことが出来た身体をしばし眺めた後、ゆっくりと赤く色づいている肌に唇を寄せていった。
股間のモノは、既に上向いている。いつでも行けると言わんばかりに。早くフリックの中に入り込みたいと、心と体がはやる。
だが、自分の欲を晴らすよりも組み敷いた身体の熱をもっと高めてやろうと、愛撫を続ける。
そんなビクトールに、フリックが妖艶に笑いかけながら足を開いてきた。
「――――良いぜ、来いよ」
「いや、でもよ……………」
「大丈夫だ。…………今すぐ、欲しいんだよ」
甘い声でそう囁かれて否と言える男は居ないだろう。
ビクトールは十分な強度を持つソレを、ろくに解していない最奥へと、突き入れた。
「――――っ!!」
苦しげに顔が歪め、小さく息を飲む。それでも制止の言葉は紡がれない。
その事に力を得てビクトールはゆっくりと注挿を開始した。
「くっ…………あっ…………!」
上げられる声を耳にして、熱が更に高まった。
その熱が脳の神経を焼き、身体に感じる快楽の事しか、考えられなくなる。
目の前の白い身体に溺れるように。
何度果てても放し難く、その身体を抱きしめ続けて、夜は更けていった。
フリックに首を絞められた息苦しさで目覚めたビクトールは、なんとか永遠の眠りにつくところを免れた。
それがまた腹立たしかったのか、より一層不機嫌になったフリックと共に食堂へと赴き、ろくに会話をすることもなく黙々と朝食を口の中に放り込んだ。
そんな二人の様子を周りに居た客達が不思議そうにしている中、無言を通し続けて食後のコーヒーを喉の奥へと、流し込む。
そこでボソリと、呟かれた。
「――――ホウアンには言うなよ」
「――――ぁ?」
なんのことだと瞳で問うと、青い瞳に剣呑な光が宿った。
「昨夜の事だ。少しでもあいつに言いやがったら、今度こそ本当に命が無いと思え。良いな?」
剣呑な光を宿したままそう告げて来たフリックは、言葉の最後でニコリと笑った。
もの凄く、可愛らしく。
実年齢よりも10歳は若く見える表情で。
だが、目は笑っていない。
昨夜のことをチラリとでも話したら、彼は確実に自分を殺るだろう。
長年付き合ってきた相棒だから、などと言うことは考えもせずに。情け容赦なく殺すだろう。
長年付き合ってきたからこそ分かるフリックの胸の内を読んで、ブルリと、大きく身体を震わせた。
「わっ…………わかったっ! なんも言わねーよっ! 約束するっ!」
大きく首を振って宣言するビクトールに、フリックは満足そうに微笑み返してきた。そして、何事も無かったかのようにコーヒーに口を付ける。
その様を見て、フリックの全身から殺気が迸っていない事を確認してから、ビクトールはホッと胸をなで下ろした。
「――――こえぇヤツ………………」
ボソリと呟き、手元のコーヒーカップを引き寄せ、改めて口を付ける。
そして、昨夜の事を思い浮かべた。
良い夢を見させてやると言ったフリックの言葉通りに、昨夜はかなりいい目を見た。
今まで出来なかったあんな事やこんな事も出来た。求める事全てを受け入れて貰えた。
こんな幸せな事はないだろう。
今朝方首を絞められて起こされたのだが。起こされたというか、そのまま永眠させられそうになったのだが。だが、そんな事が全然気にならないくらいにいい目を見たと本気で思う。
たまにはあんなフリックも良い。
もう一度妙な薬に頼ったら今度こそ確実に殺される気がするので、薬に頼らない所であんなフリックになってくれないものだろうか。
そんな事を一人で悶々と考え込む。
戦況の事でも部下の事でもなく。
そんな自分の姿を客観的に見て、「平和だな」と思うけれども。
「………フリック」
かけた言葉に、目の前の席でコーヒーを飲んでいたフリックがチラリと、視線を向けてきた。
その彼のどんな宝石よりも綺麗な青い双眸を見つめて、ニコリと笑いかける。
「好きだぜ」
《完》