「ホッ……ホウアンに呼ばれたんだっ! で、頼みたい事があるって言われて、それで………っ!」
「――――ビクトールさん。自分だけ助かろうという魂胆ですか? 最終的に引き受けたのは、貴方の意思でしょう?」
「うるせぇっ! お前はともかく、俺はぜってー殺されるっ! だから、自分の正当性を訴えておかねぇと………っ!」
叫ぶようにそう言葉を発したビクトールだったが、それ以上言葉を続ける事が出来なかった。
フリックの全身から発せられているプレッシャーが、増したために。
押しつぶされそうな程強烈なプレッシャーに、ビクトールは油の切れたカラクリ丸のようなぎこちない動きで首を動かし、再度フリックの方へと視線を向けた。
そして、堅い動きでぎこちない笑みを浮かべる。
「あ…、あの、な? 別に俺は、お前に、何かをしようと思ったわけでは――――」
「白々しいぞ、アホが。土に帰って、根性を叩き直してこい」
低く押し殺した声でそう告げたフリックが、口端をゆるりと引き上げた。
途端に、目映い光が室内に溢れ、視界が真っ白に染まり上がる。そして、体中になんとも言えない痛みが駆け抜け、耳には轟音が届いた。

シンと、辺りが静まり返る。
その静かな空間に、パラパラとごくごく小さな塵などが床上に落ちる音だけが響き渡った。
全身に痺れと共に焼け付くような痛みが走る。いつも感じている以上の痛みが。フリックの本気の度合いをその痛みで十分に感じ取ることが出来るくらいに、痛い。
だが、それだけでは許せないくらいに頭に来ていたらしい。痛みに呻きながら意識を手放そうとしていたビクトールは、襲いかかってきた鈍い痛みに声を上げた。
「ぐえっ!」
痛みのあまりに意識を手放そうとしていたところに腹に突き刺さるような痛みを感じて、呻き声を上げた。
何事だろうかと、痛みのあまりに閉じようとする瞼に鞭を打って薄く瞳を開けると、そこには酷薄な笑みを浮かべながら自分の腹に足を乗せているフリックの姿があった。
「――――二度とこんな下らない事を企むんじゃねーぞ。そんときゃぁ、容赦しねぇからな」
身が凍るような冷たく鋭い声でそう告げられ、ビクトールには頷く事しか出来なかった。
そんな返答でも少しは怒りを静められたのか、腹からフリックの足が退けられた。そして、軽く身を屈めてなんとなく握りしめたままだった赤い小瓶を奪われる。
きっとそれは床なり壁なりに叩きつけられて破壊されるのだろう。そう考え、次のアクションを起こすフリックの姿を眺めていたら、彼はその小瓶の蓋を開き、その中身を一気に煽った。
「え…………」
何事だと大きく目を見張る。
と、薬を飲み干したフリックが苛立たしげにその小瓶を壁に叩きつけた。

パリンと、乾いた音が辺りに鳴り響く。

その音を呆然としながら耳に入れ、目の前に立つフリックの姿を見上げたら、彼は薬を飲んだばかりの薄い唇を手の甲でグイッと拭っていた。
そして、虫けらを見るような瞳を寄越してくる。
「――――こんなもの、俺に効く訳がないだろうが」
ビクトールと同じように床上に転がっていたホウアンに向かってそう冷たく吐き捨てたフリックは、怒りを露わにした足取りで医務室から出て行った。

シンと、空気が静まり返る。
ビクトールもホウアンも、フリックに叩きつけられた強烈な殺気に当てられ、微動だに出来ずに床上に転がり続けた。

どれくらいその体勢で居ただろうか。ようやく気持ちを落ち着ける事が出来たビクトールは、自分の声とは思えない力無い声で呟いた。
「――――ホウアン」
「――――はい」
「――――二度と、すんなよ?」
「――――私も、命が惜しいですから」
ビクトールと同じくらい力無い声でそう返してきたホウアンは、一旦口を閉じ、小さく息を吐き出した。
そして一言、付け加える。
「フリックさんで実験するのは、諦めますよ………」
微妙に懲りていない様子のホウアンの発言に、ビクトールは深く息を吐き出した。
医務室の修繕費は誰の財布から出されるのだろうかと、どうでも良いことを考えて現実逃避をしてみながら。 















《完》