「・・・良いんですか?あのままで。」
思わず聞いてしまったヒューゴに、パーシヴァルは楽しそうに微笑みかけて来る。
「ええ。本人ああ言ってますしね。下手に手を出すと、へそを曲げかねませんから。」
「・・・でも、さすがにちょっと・・・・やばいんじゃないですか?」
「大丈夫ですよ。まだ。」
チラリと視線をボルスに向けたパーシヴァルの視線は、彼の動向を面白がっているようでもあるし、心配しているようでもあった。
「死ぬ前にはちゃんと回復しますから。ヒューゴ殿は気にせず戦っていて下さい。」
そう言われても気になるものは気になるのだ。パーティに瀕死の者がいると思うと。
そんな内心を読んだのか、パーシヴァルは意地の悪い笑みを見せてきた。
「気になるなら、早めに戦闘を終わらせて下さい。そうすれば、彼も大人しく回復させてくれるでしょうからね。」
「・・・・分かりました。頑張ります。」
どうやら意見は聞きいれて貰えないと察したヒューゴは、大人しく戦闘へと意識を戻した。
当然といえば当然のことだが、ボルスは戦闘が終わった途端気を失ってしまった。
パっと見でも、かなり出血しているのが分かる。良くこの状態で戦闘を切り抜けられたものだと感心してしまう程だ。
日も大分落ちていたので、今日は近場に野営を張ることにした。
戦闘中に回復しきれなかった傷を特効薬で治したメンバー達は、野営に必要な物資を拾いに出ていった。今この場に残っているのは、いまだに目を覚まさないボルスと、彼の傷を手当てしているパーシヴァル。そして、彼らの護衛役を仰せつかったヒューゴとフーバーの三人と一匹。
「・・・・さすがに、鎧を外さないと手当ては出来そうにないですね。」
ボルスの状態をざっと眺めたパーシヴァルは、そう呟くと同時にさっさと鎧を外していく。
普段見慣れないその様子に興味深そうに覗き込んでいると、パーシヴァルに笑われてしまった。
「珍しいですか?」
「・・・はい。カラヤの人は、鎧なんか着けないから。・・・重くないですか?」
「重いですよ。慣れれば、そうでもないですけどね。」
クスクスと笑いをこぼしながらも、パーシヴァルは手際良く傷の手当てをしていく。
薬が傷に染みるのか、時々うめき声を上げるボルスだったが、目を覚ます気配はない。
「・・・・大丈夫、みたいですね。」
青ざめていた顔色も、赤みが差してきた。
そのことに安堵の息を漏らすと、パーシヴァルも軽く頷いて見せる。
「ええ。死ぬほどの怪我ではないですから。」
あっさりと返すパーシヴァルの言葉に、僅かに首を傾げる。
部屋も一緒だし、同じ騎士団だから仲が良いのかと思っていたが、実はそうでも無いのかもしれない。
そういえば、ボルスはいつもパーシヴァルに怒鳴りつけている。
戦闘では息の合った動きを見せているが、それは仕事だからなのだろうか。そうだとしたら、騎士というのはすごいものだと思う。自分だったら、仲の良くない人と協力して戦うことなど、日常的に出来はしない。
「どうしたんですか?」
外した鎧を付け直しながらそう尋ねて来るパーシヴァルに、ヒューゴは慌てて首を振った。
「いいえ、なんでもありません。ちょっと、考え事をしてただけです。」
「そうですか?それならば良いのですが、疲れたならそう言って下さい。あなたに倒れられたら、我々の結束力が弱まりますからね。」
「分かってます。」
にこりと笑いかけると、優しい笑みを返された。
その笑顔に、少し心臓が早鐘を打つ。
元が良いと笑顔の威力は凄いものがある。微笑みを向けられるだけで、気持ちが安らぐ感じがするのだ。同じ男相手になにを考えているのだと、内心で焦っていたヒューゴだったが、どうやらその動揺は気付かれていなかったらしい。
彼は、うめき声を上げるボルスの口元に耳を寄せていた。
「水か?ちょっと待ってろ。」
どうやら、水を要求されたらしい。
手近に求める物は無いかと辺りを見回すパーシヴァルに、ヒューゴは手持ちの水筒を差し出した。
「すいません。」
軽く会釈を返したパーシヴァルは、地面に転がっていたボルスの身体を抱きかかえ直した。そのまま水筒を口元に持っていくのかと思いきや、何を思ったのか、パーシヴァルは水筒の中身を自分の口に運んでいった。
「え・・・・?」
何事かと思わず声を出したヒューゴの目の前で、パーシヴァルは己の唇をボルスのそれへと重ねて行く。
「ちょっ・・・・パーシヴァルさん!」
驚きのあまり立ち上がってしまったヒューゴにチラリと視線を流したパーシヴァルは、水で塗れた口元を指先で拭いながら首を傾げて来る。
「何か?」
「えっと・・・・水。飲ませたんですか?」
「ええ。この状態では、自力で飲めないでしょう?」
いつもと変わらぬ薄い笑みを浮かべたまま、何でもないことのように言われると、動揺している自分の方が恥ずかしくなって来る。
取り繕うように何かを言おうと言葉を捜しているヒューゴの目の前で、ボルスは再度の水を要求し、パーシヴァルもその言葉に答えるように口付けを繰り返している。
キスしているわけではないと思うのだけれど、なんとなく恥ずかしくなって来るのは、自分の心にやましいものがあるからだろうか。
喉が潤ったのか、しばらくするとボルスはまた深い眠りに落ちていった。
その様を暖かい目で見つめていたパーシヴァルは、弛緩した身体を横たえ、汗に濡れた癖のある金髪を優しくすいている。
「あの・・・・・・・。」
「なにか?」
「・・・・ボルスさんのこと、好きなんですか?」
その言葉は意外なものだったのか、パーシヴァルは軽く瞳を見開いて見せた。
それからすぐに驚きは苦笑に変わる。
「嫌いでは無いですけどね。何故ですか?」
「いや、なんか・・・・ボルスさんに優しいなっ・・・・て。」
「そうですか?」
パーシヴァルは、苦笑を浮かべながら小首を傾げて見せた。
顔は笑っているのだが、目の奥は笑っていない。
どうやら、触れてはいけない話題だったらしい。
普段柔和そうにしているが、そういう人ほど怒った時は恐いものだ。
短い人生経験でそう学んできたヒューゴは、慌てて言葉を取り繕った。
「あ、でも、怪我している人相手なら、当たり前ですよね!」
ヒューゴの言葉に満足そうに微笑む様を見て、今後この二人についてあまり深追いするのは止めようと、心に誓ったヒューゴだった。
その後、ボルスの想いに気がついたヒューゴだったが、その道の前途多難さを思うと、10歳近く年上の男が不憫でならなくなり、心の中でそっとエールを送るのだった。
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愛の形