甘い夜
いきなり激しく叩かれた戸の音に、レオはその厳つい顔をさらに顰めて見せた。
寝入りばなをたたき起こされたのだ。機嫌が悪くなっても仕方のないというもの。
最初は無視してやろうと思っていたのだが、戸を叩く音はしつこく、一向に止む気配が見えない。
しびれを切らしたレオは、肩を怒らせながら思い切りその戸を引き開けた。
「うるさい!時間を考えろっ!」
怒鳴りつけながら扉の向こうに目を向けると、そこには端正な顔を持つ同僚の姿があった。
「こんばんわ。レオ殿。良い酒が手に入ったのですが、ご一緒にいかがですか?」
レオの怒鳴り声など気にもせず、ニコニコと屈託ない笑みを浮かべてくるパーシヴァルからは、酒臭さが漂っている。
どうやら相当酔っているらしい。口調はしっかりしているが、常に冷静な男とは思えないくらいに陽気になっている。この状態で叱りつけたとしても、少しも相手には応えないだろう。
そう判断したレオは、この状態でふらふら出歩かれるよりはマシだと思い、自室へとパーシヴァルを招き入れた。
「・・・・・いったい、どれだけ飲んだのだ?」
嬉々としながらグラスを二つ準備しているパーシヴァルに視線を向けながら、レオはそう言葉をかける。
その言葉に考えるように首を傾げたパーシヴァルだったが、すぐに苦笑を浮かべ返してきた。
「さぁ・・・・。一々数えて居ないので覚えていませんね。それよりも、早く席に付いて下さいよ。本当においしいんですよ、これ。」
「・・・・・ああ。分かった。」
何を言っても無駄だと悟ったレオは、素直に示されたイスに腰をかける。
その姿を嬉しそうに見つめていたパーシヴァルは、グラスを一つ手渡しながら語り始めた。
「少し甘さが強いのですが、香りも良くて口当たりもいいんですよ。一人で飲むのも勿体ないので、レオ殿にもお裾分けしに来たんです。」
「ほう。どれどれ・・・・。」
決して味覚が悪いわけではないパーシヴァルの讃辞の言葉に、レオの興味も酒に移る。
口を付けて、まずその香りの豊かさに驚いた。今まで色々な酒を飲んできたが、ここまで芳醇な香りの物にはいまだ出会った事がない。
「・・・・・うむ。なかなかの酒だ。」
「そう言って頂けると、持ってきたかいがありますよ。」
「しかし、こう言った酒はボルスの方が好むのではないか?俺よりもヤツに飲ませたほうが・・・・・。」
言葉は途中で飲み込んだ。
なぜなら、それまで上機嫌だったパーシヴァルの顔が、ボルスの名を出した途端不愉快そうに歪んだからだ。
「・・・・・また、ボルスと喧嘩したのか?」
思わず問いかけた言葉に、パーシヴァルは小さく鼻で笑って返してくる。
「喧嘩なんてしてませんよ。」
「そうか?・・・・それならば良いんだが・・・・。」
そう返した後、何となく気になった。
二人の関係と言う物が。
ビュッテヒュッケ城に移り、同室になる話が出たときに一悶着有ったくらいだから、そう仲が良いわけでは無いと思う。だが、ボルスは何かとパーシヴァルにちょっかいをかけているし、パーシヴァルも事あるごとにボルスをからかって遊んでいる。
そのやり取りは、ブラス城にいる時から見かける光景だ。端から見たらじゃれ合っている様にも見える彼等の様子に、首を捻る事が多々あった。
仲が良いのか悪いのか。
あまり他人の心の機微に鋭くないレオには、計り知ることは出来ない。
「・・・・・お前、ボルスのことをどう思っているんだ?」
唐突にそう切り出すと、パーシヴァルは驚いたように瞳を見開いて見せた。
なんの前置きもなくそんなことを聞かれたのだ。当然の反応かも知れない。
だが、レオはどうしても聞きたかった。何故かは分からないが、パーシヴァルを介してのボルスという存在が、レオの心に大きな引っかかりになっているのだ。
言葉を促すよう真っ直ぐにパーシヴァルの顔を見据えると、彼は困ったように眉を寄せて見せた。
「・・・・どう、と言われても困りますが・・・・。良いヤツだと、思いますよ?」
「良いとは、どういう意味で良いのだ?」
「素直で真っ直ぐで。子供みたいで単純ではありますが、嘘を付けない誠実さがあって良いと思います。自分に無い物ですからね。」
「・・・・そうか。」
酒に酔って多少濁った瞳になってはいるが、その言葉に嘘の響きは見られない。
自分の勘ぐり過ぎだったかと、レオは少し反省した。
「なんですか?ボルスとの仲を妬いているんですか?」
「バッ・・・・・!」
図星を指され、レオは一気に顔を赤く染め上げた。
年甲斐もないと思うし、男の同僚相手に何をとも思う。そう思うのだが、人の心は複雑な物で、上手くコントロールする事が出来ない。
他の男にも自分に向けるような笑みを向けている彼の姿を見ると、ムカムカしてしまうのだ。
そんなレオの心情を察したのか、パーシヴァルは実に楽しそうに微笑みかけて来る。
「そうですか。レオ卿は、そんなにも私の事が好きだったんですか。」
「べ・・・・べつにお前の事など好いてはおらん!勝手に話を作るな!」
「またまた。恥ずかしがらなくても良いですよ?」
ニコニコと笑い続けているパーシヴァルは、手にしていたグラスを一気に煽ると、流れるような動作でイスから立ち上がり、レオの傍らまで歩み寄ってきた。
「私も、レオ卿の事は好きですよ。私が女だったら、結婚したいと思う位に。」
「なっ・・・・!」
その思いもかけない言葉に顔面をさらに朱色に染めていると、不意にパーシヴァルがその綺麗に整った顔を己の厳ついそれへと近づけてきた。
唇に酒臭い息がかかり、柔らかいモノが押しつけられる。
一度軽く触れて離れたそれは、すぐにまたふれ合わせられ、今度は口内へと赤く蠢くモノが進入してきた。
誘うようなその動きに、レオも応えて見せる。
己のものとは比べようも無いほど細い腰に腕を回し、自分の身体の方へと倒れ込ませた。
なんの抵抗も無く自分の腕に収まる細い身体に気分を良くしたレオは、その身体をゆっくりとベットの上に押し倒す。
「・・・・・レオ殿・・・・・。」
熱に潤んだ瞳で見上げられ、艶を含んだ声で名前を呼ばれるだけで、己のモノが力を増してくるのを感じた。
この男は、どうしてこんなにも自分を煽ることが上手いのだろうか。
「パーシヴァル・・・・・・。」
そっと名前を呼んで細い首筋に唇を落とすと、それを嫌がる様に微かに身じろいでくる。
その動きを遮るように頬に手を伸ばし、首筋から耳元へのラインにゆっくりと舌を這わせた。
「・・・・・良いのか?」
最終確認をするようにそう聞けば、パーシヴァルはクスクスと笑い声を零しながら頷き返してくる。
「今更・・・・・。止めろと言ったら、止めて頂けるのですか?」
「それは、できん。」
「私もですよ。今ここで止められた方が、辛い・・・・。」
そう呟いたパーシヴァルはニコリと笑い、レオの広く大きな胸元へと、その白く細い指先を伸ばしてきた。
それを合図にするように、レオの動きは加速度を増していく。
パーシヴァルのシャツを剥ぎ、ズボンを引き抜く。ベットに横たわる男を一糸も纏わぬ姿にした後、自分も衣服を脱ぎ捨てた。
重ね合わせた肉の厚さは、同じ男であるのに大きく違う。レオの下に組み敷かれたパーシヴァルの姿態は、騎士としてしっかりと鍛えられたモノにもかかわらず、細く頼りなく見える。
自分の力で思い切り抱きしめたら折れてしまうのではないか。
そんなことを危惧してしまうくらいに。
「・・・・・っ・・・・あっ・・・・・!」
男の後穴に己のモノを力任せにねじ込むと、僅かな抵抗を示すだけでソレは暖かな体内へと滑り込んでいく。
その衝撃で大きく息を付くパーシヴァルを宥める様に口づけを繰り返したレオは、彼が落ち着いた所を見計らって腰を大きく動かした。
「やっ・・・・・あっ・・・・・!」
思わずといった感じで逃げる腰を大きな手で掴み、さらに交わりを深くする。
身体の奥底を突き上げてくるモノの存在に痛みとも快感とも取れる感覚をその身に感じているのか、パーシヴァルの瞳に何かを訴えかけるような輝きが見えている。
その瞳を見つめ返しながら、ふと思う。
いったい、どれだけの男をその瞳で見つめたのだろうか。
彼の相手が自分だけだなどと言うことは思っていない。
そんな風にうぬぼれられるほど、レオは子供ではなかった。
「パーシヴァル・・・・。お前の心は、どこにあるんだ?」
胸の内を吐露するような呟きにスッと視線を向けてきたパーシヴァルだったが、明確な答えは寄越してこなかった。
分かっていた事ではあるが、少し寂しい。
もっと彼の心を支えてやりたい。
例え彼が望んでいなくても。
伝わらない気持ちを届けようとするかのように、レオは己のモノをパーシヴァルの体内へ、より深くねじ込んでいった。
翌朝目を覚ますと、隣には既にパーシヴァルの姿が無かった。
レオが寝ている間に出て行ったらしい。脱ぎ散らかしていた衣服はきれいに畳まれ、イスの上に置かれていた。
ふと、テーブルの上の瓶に視線が向いた。
いつの間にか空になっていた瓶が、日の光を浴びてその青さを際だたせている。
思わずそれに手を伸ばした。
細い瓶は頼りなく、男としても大柄なレオの手の中に収まったソレは、より一層華奢に見える。
「・・・・・あいつに、似ているな。」
昨夜自分の腕の中にあった男の顔を思い出す。
綺麗で細くて。力を入れたら簡単に壊れそうなのに、決してそんなことはない。中身は甘くて飲みやすく、やみつきになりそうな、そんな味。
振り回されていると言う自覚はある。
10も年下の男に。
「・・・・まぁ、良いさ。」
その好意の質がどんなモノであれ、彼が自分に好意を寄せているのは分かるから。
頑ななほど自分の脆さを人に見せない彼が、一瞬でも自分に頼ってくる様は、少し気分が良い。
「つき合ってやろう。お前の気が済むまでな・・・・・。」
手にした瓶を軽く指先で叩いたレオは、ソレが彼そのものだというように、優しい瞳で見つめ続けた。
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