深夜の酒場で、パーシヴァルは一人カウンターに座り、グラスを傾けていた。
 ボルスとレオは揃って遠征に出かけ、ナッシュの姿も見当たらない。クィーンは傭兵仲間と部屋で飲むからと、今日は酒場に姿を現していない。一人で飲む気になれない時に限って、相手がいない。その事に、心がささくれ立ってくるのを感じていた。
 時々アンヌが心配そうに声をかけてくるが、彼女には仕事がある。そうそう自分の相手をしてはいられない。
「・・・・・・イライラするな・・・・・・。」
 何故こんなにも気持ちに余裕が無いのか、自分でも分からないが。いつも冷静な振りをして自分の心を押しつけている反動かも知れない。時々、無性にイライラしてしまう。
 そんなとき、最近ではナッシュが良いタイミングで声をかけてきていたので憂さ晴らしで誘いに乗り、苛立つ気持ちを彼と交わる事で落ち着けていたのだが、今はそのナッシュがいない。ボルスでもレオでも良かったが、その二人もいない。
「・・・・・どうするかな・・・・。」
 ボソリと呟いたパーシヴァルは、チラリと背後に視線を向けてみた。
 誰でも良いと言えば、誰でも良いのだ。こんな気分の時は。後で激しく後悔する事は分かっているが、それでも己の身体はソノ行為を望んでいる。そんな己の身体に嫌悪感が沸き上がるが、今更どうしようもない。
 フッと溜息をついたパーシヴァルは、静かに開かれた酒場の入り口に視線を向けた。日付が変わってから客が来ることは珍しい。いったい誰なのかと、興味を引かれたのだ。
 振り向けた視界に入ってきた人物は、パーシヴァルがあまり関わった事のない男だった。
 無口な、あまり表情を変えることの無い男。
 年齢よりも少し年を取っている様に見えるのは、その寡黙な態度のせいかもしれない。同じパーティで戦った事はないが、無口だが頼りになる人物だと、巷の噂で聞いた。彼の剣技はいぶし銀の様だと。誰もが彼の剣の腕に注目していたが、パーシヴァルはそれと違うことが気になっていた。
 彼の、視線が。
 常に一人の人物に注がれる熱い視線を、人々は忠義の為だと噂している。前上司から頼むと言われたから、その息子を見守り続けているのだと。だが、パーシヴァルはそうは思わなかった。彼の瞳に、忠義などというものでは表せられない程、熱い情を見て取ったから。それは、自分に注がれる視線の質と良く似ていた。目の前に居る身体を押し倒し、己のモノを身体に突き入れたいと言う、情欲の混じる視線と。
 だが、彼はその気持ちを必死に押さえ込もうとしている。それは、端から見ても分かる事だ。自分の気持ちを押し殺すのは忠義の為なのか、相手を傷つけたくないと言う思いからなのか。パーシヴァルには分からない。分からないが、凄く気になった。
 そんな、一人の事を強く思う男でも、他の男に、自分の身体になびくのだろうかと。
 パーシヴァルの口元に、何かを企む様な笑みが浮かび上がった。瞳には、獲物を見つけた肉食動物のような光が宿っている。
 一人で店にやってきた男が、空いているカウンターの席を求めて店内を歩いてくる。その彼に、パーシヴァルは柔和な笑みを浮かべて声をかけた。
「こんばんわ。お一人ですか?」
「・・・・・・ああ、そうだが。」
「では、ご一緒しませんか?」
 突然の誘いの言葉に、男が訝しむように眉間に皺を寄せてくる。そんな彼に、パーシヴァルは少し憂いを含んだ笑みを向ける。
「一人で飲んで居たのですが、寂しくなりまして。話を聞いて下さるだけで良いのですが、駄目ですか?」
 そう声をかけると、男はしばし考え込んだ。無表情とも言うべきしかめっ面からは、彼の内心を窺うことは難しい。しかし、彼が自分の言葉に興味を示していることを、パーシヴァルは察知していた。彼も、何かから逃げるようにこの店にやってきたのだろうと思うから。ソレを忘れるためにも、自分の提案は彼にとってそう悪いことでも無いだろう。
 案の定、彼は小さく頷きを返してきた。
「聞くだけで良いのなら。」
「ええ。ソレで結構ですよ。」
 ニコリと笑いかけたパーシヴァルは、アンヌにグラスを一つ貰い、自分の飲んでいたボトルから新しいグラスに液体を流し込んだ。
「私が誘ったのですから、最初の一杯は奢りますよ。」
「・・・・・・・そうか。」
 短い言葉でそう返した男は、差し出されたグラスを素直に受け取った。その様子に小さく微笑み返しながら、パーシヴァルも己のグラスに口を付ける。新しいおもちゃを見つけたからか、先ほどまで全然味がしなかった酒が、ホンノ少しだけおいしく感じた。
 アンヌがカウンターの向こうから心配そうま視線を送っていたが、気にしないでおく。後日一人で店に行ったときに、色々言われるだろうが。
 チラリと視線を隣の男に向ければ、彼は面白く無さそうな顔でグラスに口を付けていた。
 こんな、情欲等といったことに興味が無さそうな顔をして、どんな風に相手の男を思っているのだろうか。どんな風に抱きたいと思っているのだろうか。興味は、急速に沸き上がってくる。
「・・・・・・あなたの隊の隊長さんの剣は、なかなか素晴らしいですね。」
 そう切り出すと、それまでこちらに無関心そうだった男がこちらに視線を向けてきた。
 相手が何を思っているのか知っていれば、会話の糸口を掴む事など造作も無い。パーシヴァルは、自分の顔に視線を向けてくる男に向かって、さらに言葉を付け足していく。
「クセの強いあなた方を旨く纏めていらっしゃいますし。上に立つモノの資質があるのですね。彼の様な方が上司で、羨ましいですよ。」
 ニコニコと屈託のない笑みを浮かべながらそう声をかければ、男は少し頬を綻ばせた。思い人を褒められるのは嬉しいことだろう。だが、すぐにその表情を引き締めた。
「・・・・・あなたとは、どこかでご一緒しましたか?」
 パーシヴァルの口ぶりから戦闘を共にした事のある者だと判断したのだろう。だが、彼にはパーシヴァルがパーシヴァルだと分からなかったらしい。パーティを組んでいないまでも、面識はあると言うのに。
 それは、この城に来てから良くある反応だった。いつも少しの乱れもなく纏めている髪を下ろしただけで、印象が変わって見えるらしい。最初はそう言う周りの反応を訝しく思っていたが、それはそれで色々と役に立つ事に気が付いた。とくに、こういう時には。名前を名乗りさえしなければ、よっぽど深い付き合いがある者以外自分だと分からないのだから。『騎士団のパーシヴァル』だと固い反応を示す相手でも、『どこの誰か分からないが見目のいい男』だと、反応が柔らかくなる。その分、落とせる確立も上がるのだ。
 この男もそうだろう。自分が騎士団の者だと分かったら、今すぐにでも店から立ち去るかも知れない。手を組んでいるとは言え、いつかは敵対するかも知れない間柄なのだから。自分の手の内は、晒さないに限る。
 そう思うからこそ、パーシヴァルは自分の名を名乗る事を滅多にしなかった。一晩だけの身体だけの付き合いに、そんなものは必要ないことだし。
「いいえ。城中で噂になっているだけですよ。あなた達の活躍は、戦場に出ないものにも伝わっていますから。どんな方なのか、興味があったのです。」
 そう答え、パーシヴァルは男の顔をジッと覗き込んだ。
「貴方から見て、隊長さんはどんな方なのですか?」
 その言葉に、男は僅かに瞳を細めた。その脳裏に、思い人の姿を描いているかのように。
「まだまだ学ぶべき所は多いが、部下思いの良い上司だと、思っている。」
 そう言った後、小さく一言付け加えた。
「少々、熱くなりすぎる所はあるがな。」
 その一言に、男の瞳はフッと和らぎを見せた。思い人への愛しさが滲み出しているような、そんな瞳。動かぬ表情の中で、その瞳だけが雄弁だ。
「大切に思っていらっしゃるんですね。」
 そう返せば、男は何の迷いもなく頷きを返してくる。
「ああ。とても、大切な人だ。」
「彼の父親に託されたから?」
「それもあるが、それだけではない。」
「愛しているから、ですか?」
 笑みを含んだ声でそう言えば、男はピクリと揺らして見せた。だが、動揺を表す動きはそれだけだった。次の瞬間には、先ほどと変わらない冷静な声音で返答してきた。
「ああ。彼の為なら、この身を盾にする事も厭わん。彼を守ることが、俺に与えられた使命なのだと思っているからな。」
 そんなありきたりな返答をする男の言葉に、パーシヴァルは笑みを深めた。意地の悪い、笑みを。
「そうじゃないでしょう?」
「・・・・・・どういう意味だ?」
「あなたは彼を守るだけでなく、その身体も心も手に入れたいのでしょう?」
 そう、ささやきかけるような優しい声音で語りかければ、男の瞳は動揺を表すように揺れ動いた。
「・・・・・・・何を、根拠に。」
「貴方を見ていたら分かりますよ。彼に向ける貴方の視線は、保護者にしては熱すぎますからね。」
 クスクスと笑いを零すと、男はギッと睨み付けてきた。射殺さん勢いで。
 その視線を平然と受け止め、パーシヴァルは更に言葉を重ねていった。
「何故、手に入れないのですか?彼も貴方の事は憎からず思っているでしょうに。」
 断定的なパーシヴァルの言葉に、男は言い逃れが出来ないと思ったのか。はたまた誰かにその胸の内を聞いて欲しいと思っていたのか。深く溜息をついた後、ボソリと言葉を返してきた。
「・・・・・あいつとの関係を、崩したくは無いのだ。」
「彼を抱いたら、崩れますかね。」
「ああ。あいつはプライドの高い男だからな。男に抱かれる等と言うことは、夢にも思っていないだろうし・・・・。」
「だから、見つめるだけで我慢すると?」
「ああ。共に居られるだけで、十分だ。」
 キッパリと言い切る言葉に嘘の色はない。無いが、それは嘘だろう。好きな者と交わりたいと思うのは、人間の本能の様なモノだ。例え代替品が身近にあって、身体に満ちた欲を発散していたとしても、心が満足する事は無い。それは、自分が良く知っている。
 欲を発散させても、心が渇いていくと言う事は。
 だから、そう言い切るこの男が許せなかった。そんなわけがないと、自覚させたかった。「・・・・・では、溜まった時はどうされて居るんですか?女を買いに行かれるのですか?」
「そんなところだ。」
「でも、女を抱いても気持ちは収まらないでしょう?貴方が抱きたいのは、肉の柔らかい女の身体ではなく、固い筋肉の張りつめた、男の身体なんですから。」
 パーシヴァルの言葉に、男は押し黙った。図星だったらしい。
「彼以外の男性を抱いた事は?」
「いや。」
「男は彼だけしか抱かないと心に決めているのですか?」
「そういうわけではないが・・・・・。」
「機会が無かったのですか。」
「ああ。」
 頷く男の胸の内を読み取ろうとするように、パーシヴァルはグラスを見つめる男の横顔をジッと見つめた。機会がまったく無かったわけではないだろう。あっても、その誘いに乗らなかっただけで。一度男の身体を知ったら、思い人に触れたくなる気持ちが抑えられなくなるのではと言う気持ちが、その誘いを無意識に断らせていたのかも知れない。
 それならば、無理矢理にでも触れさせてやろう。
 パーシヴァルの秀麗な顔に、じんわりと笑みが浮かび上がっていく。捕らえた獲物に食いかかる前の肉食獣の様な、隙のない瞳を男に向けたパーシヴァルは、それまでとなんら変わりのない、気安い口調で一つ提案を出す。
「なら、私と寝てみますか?」
「・・・・・え・・・・?」
 その言葉に、男は勢いよく顔をこちらに向けてきた。滅多に動かない顔が、驚きのカタチを取っているのを見るのは、なかなかに気持ちの良いモノだ。パーシヴァルは内心でニヤリと笑みを浮かべた。
「彼ほどではありませんが、私もそれなりに鍛えてますから、女を抱くよりも良いと思いますよ?」
 ニコリと笑いかけたが、その笑みに媚びるような色は滲ませない。男が好きなのは、あの、男臭さを全面に押し出したような男だから。だからこそ、媚びるような、誘うような色はない方が良い。
 軽い気持ちで誘わないと、この男は逃げ出すだろう。なんでも無いことなのだと、商売女を抱くのと大差無いことなのだと、そう思わせなければ彼の戦場で培ってきた勘が危険を知らせるだろう。パーシヴァルを抱くことで、自分の気持ちが変わってしまうと。
「別に構える事はないですよ。やることは同じですし。私も相手がいなくて困っていたところなんです。私を助けると思って、つき合って頂けませんか?」
 それは、あながち嘘でも無い言葉だった。この身の内を焼くようなイライラ感を解消するには、誰かに抱かれる事が一番てっとり早いのだ。心と体が芯から疲れ切った状態に陥れば、荒ぶっていた心も強制的になりを潜めると言う物。バーツには怒られる行動だけど、自分でそれを止める事は出来ないで居た。男と身体を重ねることは、自分の生活の一部になっているから。
 窺うように男の顔を覗き込むと、男は逡巡していた。だが、彼が頷きを返す事は分かっていた。どれだけ長い間思い続けてきたのか分からないが、彼も限界に来ているのだろうから。商売女を抱くだけでは、誤魔化しきれないほど。
「・・・・・・分かった。一度だけなら。」
「ええ、良いですよ。今夜だけの関係で。」
 むしろその方がありがたい。複数とつき合っていけるほど、自分はもう若くないのだから。
 ニコリと笑いかけたパーシヴァルは、アンヌに店を出ることを告げた。彼女は非難がましい瞳でこちらを見つめていたが、何も言っては来なかった。そんな彼女に薄く笑いかけたパーシヴァルは、隣に座っていた男を促し、酒場から足を踏み出した。
 外に出ると、店の中の熱気ある空気と違って、清涼な風が吹いていた。アルコールで少し火照った身体の熱を奪い取っていくような。
「どこに行く気だ?」
 黙々と歩を進めていくパーシヴァルにしばらく黙って付いてきた男だったが、城からどんどん離れていくことを訝しく思ったのだろう。そう声をかけてきた。
「少し先に良い場所があるんです。」
 それだけ返すと、パーシヴァルは背後を振り返りもせず歩を進めていく。男が付いてきている事は気配で分かったから、気にするまでもない。
 たどり着いたのは、湖面近くにあるボート小屋。昼間は人がやってくる場所であるが、城から離れているせいか、夜には滅多に人が来ない。来るのは、自分と同じ用途でここを使おうとする輩位だ。
 今夜は先約が居ないらしい。その事を確認しながら、パーシヴァルはそっと扉を押し開けた。
 寝台の様なモノは無い。板張りにはなっている小屋の中には、毛布の類も一切無い。幾つかのイスとテーブルがあるだけの、シンプルな作りだ。そのイスとテーブルを壁際に押しのけたパーシヴァルは、未だ扉の付近に立ちつくしていた男へと視線を向けた。
「さて、やりましょうか。」
「・・・・・・ここでか?」
「ええ。屋根があって壁があるだけで十分ですよ。それとも、外の方が良いですか?」
「・・・・・いや、ここで良い。」
 そう呟きを返した男に満足げな笑みを向けたパーシヴァルは、男の元へと歩み寄り、そっとその腕を引いた。
「何も気にせず、楽しみましょう。」
 そう告げながら、男の唇に己の唇を触れあわせた。
 少し厚めの唇をそっと舌先で舐め上げれば、男も答えるように舌を伸ばしてくる。僅かに空いた身体の隙間に手を差し入れたパーシヴァルは、慣れた手つきで男の衣服を脱がせていく。
 露わになった肉体は鍛えられたモノだったが、年のせいか、少々と言うよりも多めに腹の肉が弛んでいる。
 その腹の肉付き具合が過去の男達を彷彿させ、自然と眉間に皺が寄る。
 どうしてこう、自分は自虐的な行動をするのだろうか。そう、内心で呟きながら。
 ためらいがちだった男も、口づけが深くなる度に積極的にパーシヴァルの衣服に手をかけてきた。
 元々私服は厚着をせず、シャツ一枚で居ることの多いパーシヴァルを裸にする事は大した労力を必要としない。細く締まった肉体はすぐに、窓から差し込む月明かりの下に晒された。
 その身体を目にして理性が飛んだのか、男の目の色が一瞬で変わった。余裕の無い動きでパーシヴァルを床に押し倒し、露わになった肌に手の平を滑らせてくる。
「・・・・・あっ!」
 胸の飾りに剣ダコの出来た手が触れる。その感触に、パーシヴァルは思わず声を漏らしていた。その甘さを含む声に力を得たのか、男の動きは積極的になってきた。
 鍛えられた胸筋をなぞるように撫でられ、腹筋の割れ目を舌先で舐め上げられた。
 女と違って丸みも柔らかさもない、筋肉で締められた太ももを撫で上げていた手の平が足の付け根に伸び、立ち上がり始めたパーシヴァルのモノにそっと触れてくる。
「・・・・・っ!」
 何度体験してもビクリと身体が震えるその感触に、パーシヴァルは言葉を飲み込んだ。
「・・・・あっ・・・・・はぁ・・・・・・」
 男が初めてという割には何の抵抗も無いのか、男は積極的にパーシヴァルのモノを刺激してくる。
 大切なモノを撫でるように、ゆっくりと、優しく。
 その間にも胸の飾りや胸筋、腹筋を舐め上げられ、パーシヴァルの体温は加速度的に上がっていく。
 年齢のせいか、その舌使いは巧みで、行為に慣れたパーシヴァルですら翻弄されそうだ。
 下肢を刺激していた固い手の平が双丘に回され、隠された蕾にその太い指が一本、差し入れられる。
「・・・・・・・っ!」
 思わず震える身体を宥めるように、空いた手の平が胸の飾りを責め立て、息を飲み込む為に閉じられていた唇に、男の厚い唇が押しつけられた。
 後穴に男の二本目の指を引き入れるのと同時に男の舌先も口内に引き入れたパーシヴァルは、すがるモノを求めるように男の背に己の腕を回す。
「・・・・・早く、・・・・・もう・・・・・。」
 男との行為に慣れた身体は、すぐにでも貫かれることを望み出す。
 その思いを伝える様に熱さの混じる声音で語りかければ、それまで無言で愛撫を続けていた男が言葉を返してきた。
「・・・・・良いのか?」
「良い、ですから・・・・。早く・・・・・・・・・・」
 その願いは早々に叶えられた。
 男は素早く己の指を引き抜き、既に上を向いていた己のモノを、一気にパーシヴァルの体内へと突き入れてきた。
「・・・・っあぁ・・・・・っ!」
 慣れているけれど慣れない刺激に、パーシヴァルは思わず息を飲み込んだ。
 固くなった身体は侵入者を拒むように抵抗を見せ、余計な苦痛をパーシヴァルへと与える。分かっているのに、初めて相手にする時には緊張してしまう。どんな風に扱われるのか、予測が付かないから。
 強ばった身体を解すように、パーシヴァルは深く息を吐き出した。
 その様をジッと見ていた男は、ボソリと、言葉をかけてくる。
「・・・・・良いか?」
「・・・・・ええ、好きなように、動いて下さい・・・・・。」
 少し息を乱しながらもニコリと笑いかけながらそう返答すれば、男は小さく頷きを返し、ゆっくりと腰を使い始めた。
「ふっ・・・・・・・・くっ・・・・・・・」
 揺さぶられ、自然と声が漏れてくる。
 似ているけれど、誰とも違う攻め立て方。僅かにポイントからずれていることが、何とも言えず。
 これがナッシュならば文句の良いようもあるのだが、男を抱くのは初めてだという男にそれを言うのもどうだろうか。
「あ・・・・・っ・・・・・・・・!」
 挿入されたモノを支点にするように身体をひっくり返され、パーシヴァルは息を飲み込んだ。
 なんの前触れも無かったから余計に、その衝撃は強い。
「いきなり、何をっ・・・・・っ・・・・・あぁっ!」
 抗議の言葉は途中で、小さく上がった悲鳴に途切れさせられた。
 向かいあっていた時とは比べモノにならないほど、男の攻め立て方が強くなったから。
「いっ・・・・・・はぁっ・・・・あっ・・・・・!」
 声を押し殺しながら、パーシヴァルは床に爪を立てた。すがるモノがそれしか無かったから。顔を押しつけるべき枕も無い、床の上だったから。
 両手でパーシヴァルの腰を支えている男は、パーシヴァルを四つん這いにするような体勢で、激しく腰を突き入れてくる。
 その動きからは余裕が伺えない。この興奮具合を考えると、商売女を買っていたと言う話も疑わしい。彼の思い人に、そこまで操を立てる価値があるのだろうか。
 パーシヴァルには見出せないその価値を、この男は思い人に付けているのだろうが。
 荒い息を吐き出しながら、パーシヴァルは口元をニヤリと引き上げた。
「名前を・・・・・、呼んで、良い、ですよ・・・・?」
「名前・・・・・?」
「ええ、貴方の、思い人の・・・・・・。」
 その言葉に、背後の男が息を飲むのが分かった。激しかった動きも、ピタリと止む。
 背中を向けた状態では彼から自分の顔を見えない事を分かっているから、パーシヴァルは嘲笑するような笑みを浮かべたまま言葉を続けて見せた。
「別人の名前を呼ばれても、私は少しも気になりませんから・・・・。好きな様に呼んで下さい。その方が、燃えるでしょう?」
 パーシヴァルの提案に、男はしばし考え込んでいた。しかし、何も言わずに先ほどと同じように腰を動かしてくる。折角名前を呼んで良いと言ったのに、男が口を開く気配は伺えない。
 なんだか興が冷めた気分になりながらも、体内に熱い棒を突き入れられるたびに、パーシヴァルの身体も熱を持ってくる。どんな時にでも反応するように、仕込まれたから。
 体内にある男のモノが体積を増してくる。男の動きもより一層激しくなってきた。そろそろ終わりが近づいているのだろう。彼も、自分も。
 男がグッと腰を突き入れてきた。ソレと同時に、思わず零れたというような、無意識の内に口から出たと言うような声が、耳に届いた。
「・・・・・・・デューク・・・・・・・っ!」
 その呟きを耳に入れ、うっすらと笑みを浮かべるパーシヴァルだった。

































 数度己の精をパーシヴァルの体内に注ぎ込んだ男は、欲を解消した後無言で衣服を纏い、未だに衣服も纏わずに床の上に気怠げな様子で座り続けているパーシヴァルへと声をかけて来た。
「・・・・・・・・戻らぬのか?」
「ええ。ここの後かたづけもしないといけませんし。あなたは先に戻っていて良いですよ。後は私がやりますから。」
 自分も手伝うと言いそうな男の言葉を先に制するようにそう言葉をかけた。男はしばし迷っていたようだが、やがて了承するように小さく頷きを返してきた。
「・・・・分かった。では、先に戻る。」
「どうぞ。朝までゆっくりお休み下さい。」
 クスリと、笑みを浮かべながら男の顔を見上げれば、彼は慌てた様子で視線を反らし、大股で小屋から出て行った。
 その姿を見送ったパーシヴァルは、沸き上がってくる笑いを抑えようともせず、狭い室内に笑い声を響かせた。
「あははははっ!」
 大きな口を開け、腹を抱えて大笑いする自分の姿を他の者がみたら、何事だと思うだろう。気が触れたと思う輩もいるかも知れない。そう分かっているが、沸き上がる笑いを堪えることが出来なかった。
「・・・・・この先、どうなるのかな。あの二人は・・・・。」
 収まりを見せない笑いの衝動をなんとか抑え込みながら、そう言葉を漏らす。
 自分を抱きながらデュークの名を呟いたあの男が、これまでのように見守る事だけで良しと思えるのだろうか。
 思えるはずがない。
 男の身体を知ったのだから。女相手では味わえない、快楽を。
 見知らぬ男相手でそうなのだ。思いを寄せるモノの肉を手に入れたいと思うのが、男の本能というものだろう。
 純粋な関係を自分が壊したと思うと、笑いが込み上げてくる。
 人の関係というものは、脆いモノだ。
「でもまぁ、どうにかなるだろうさ。あの二人なら。」
 根拠は無いが、そう思う。そう思うから、手を出したのだ。無闇にヤブを突く趣味は無い。
 とは言え、今までのような、包み込むような優しい関係では居られないだろうが。
「さてと。俺も部屋に戻るかな・・・・・。」
 怠い身体に鞭を打ち、ユラリとその場に立ち上がった。
 未だ体内に残る男の残滓が足を伝い落ちていく感触に眉間に皺を寄せつつ、脱ぎ捨ててあったシャツを拾い上げたパーシヴァルは、そのシャツで無造作に己の身体を拭き上げた。その後で床に滴った情交の後を同じシャツで拭き取り、そのシャツを手にしたまま、何も身に纏わずに小屋を出る。
 歩いてすぐの場所にある湖に近づいたパーシヴァルは、手にしたシャツを丸めると右手に持ち、そこに宿っている紋章へと意識を向けた。
 瞬きする位の間の後、そのシャツの上に小さな雷が落ち、シャツは一気に消し炭と化す。その様を満足そうに見つめたパーシヴァルは、出来たばかりの消し炭を辺りにまき散らすと、自分は湖の中へと足を踏み入れた。
 夜の水温は低い。
 足を入れた途端全身に鳥肌が立ったが、パーシヴァルは構わずに突き進んだ。
 腰まで水に浸かったところで足を止めたパーシヴァルは、そこで漸く一息ついたというように、ホッと息を吐き出した。そして、言葉がこぼれ落ちる。
「・・・・・・ホントに、何をやっているんだろう。俺は・・・・・・。」
 分かっていたことだが、やはり情事の後には激しく後悔をしてしまう。必要のない情交を繰り返すたびに、自己嫌悪に陥る。そんな身体にされたからと言うのは、言い訳でしかない。自分に行為を強要するモノ達は、今、この場に居ないのだから。昔はともかく、今は自分から声をかけているのだから。
 嫌なのに、切り離せない行為。
 それも含めて、『自分』という生き物を形成してしまっている、事実。
「ホント、どうしようもないよな・・・・・・・。」
 ボソリと呟きながら、パーシヴァルは頭上で輝く月へと視線を向けた。
 汚れた自分の身体にも優しく降りかかる柔らかい光が、痛い。
 今夜はきっと眠れないだろう。そう思いながら、パーシヴァルはいつまでも月を仰ぎ続けていた。

























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パーシヴァル。メチャ精神的に不健康・・・・。っていうか、黒い・・・・・。










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