連れてこられたアジトと言われた場所は、お世辞にも綺麗と言えない地下水路の中だった。
よくもまぁ、こんなところで戦いの算段とをしているものだと、ビクトールは人ごとながら感心してしまった。とはいえ、これから先は人ごとでは済ませられないのだが。
「この人が、これから仲間になるビクトール。みんな、仲良くして頂戴ね。」
その、どこか子供に言い含めるような口調に、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
「で、こっちがサンチェスとハンフリー。解放軍の中心メンバーよ。あと、フリックという人がいるんだけど・・・・まだ、帰って無いみたいなの。後で紹介するから。」
一通りメンバーを紹介し終えたオデッサは、嬉しそうに微笑んでいる。
仲間が増えた事を純粋に喜んでいるのだろう。
サンチェスという男は、幾分戸惑ったように自分を見つめている。
それはそうだろう。自分が彼の立場だったらそうしている。こんな男、うさんくさいにも程がある。
ハンフリーと言う男は、何を考えているのかわからないような無表情でこちらをジッと見つめて来る。それはそれで、腹の中を探られているようで居心地が悪い。
何の因果でこうなったのか。
事の始まりは、食堂でたらふく食い終わってから、所持金が底を突いていた事に思い至ったことだった。
しばらく悩んだ末、ビクトールはちょっと席を立つ振りをして店からそのまま出て行った。
気づいた店の用心棒が慌てて飛び出してきたが、食い逃げ常習犯のビクトールを捕まえることは出来ず、まんまと逃げおおせたのだった。
しかし、これでもうあの店には行けなくなってしまった。
旨くて安い上に、仕事の斡旋とかもしているおいしい店だっただけに、少し悔やまれる。
自業自得ではあるけれど。
そんなことをボンヤリと考えていたビクトールの背後で、明るい女の声が聞こえてきた。
「・・・・そんな身体なのに、走るの、早いわね・・・・・」
振り返ると、そこには息を切らせた女が一人立っていた。
「なんだ、ねーちゃん。俺に用か?」
「そうよ、だから、追いかけて、来たんじゃない・・・・。」
上がった息を整えるかのように大きく深呼吸を繰り返していた女は、走ったことで乱れた長い栗色の髪を後ろになでつけながらビクトールの瞳を見つめてきた。
「あなた、私の仲間にならない?」
「ああん?」
突然の申し出に、ビクトールの眉が僅かに跳ね上がった。
この女は、いきなり何を言い出すのだろうか。仲間と言われても、何をしている人間なのか、はっきり言ってこない。それで誘われても、返事のしようが無いと言うもの。
「・・・・・そう言われてもなぁ・・・・。俺は、気楽な傭兵家業が気に入ってるんでな。他を当たってくれ。」
「あなたが良いの。あなたの腕を、私の夢の実現のために貸して頂戴。」
ヒラヒラと、おざなりに手を振って立ち去ろうとしたビクトールの背中に、真摯な声が突き刺さった。
振り返ると、そこにあったのは真剣な眼差し。
何かを成し遂げようとする強い意志が、女の両の瞳に宿っていた。
その強さに、目が離せなくなる。
彼女なら何かをするのではないか。多くの人を引きつけ、周りを動かすのではないかと、期待する心が芽生えてくるのを感じる。
「・・・・何をする気だ?」
そう、聞いてしまった時点で、ビクトールの答えは決まったようなものだった。
探し歩いたが、仇の姿を捕らえることも出来ず、多少いらだっていたときだったから。
面白いことに乗ってみようと。そんなたいした考えのない行動だったことは確かだ。
でもまぁ、それも自分らしいと笑いながら、オデッサの後に付いてきた。
しかし、ここまで貧乏だとは思わなかった。
良く今までこんな所にいて捕まらなかったものだと、感心してしまう。
それも、彼女の手腕の一つなのだろうか。
そんなことを周りの言葉を聞くとも無しに聞きながら考えていると、不意に周りから声が上がった。
そのざわめきに引かれるよう、ビクトールの背後にある出入り口へと視線を向けたオデッサは、何かを見つけた途端、今までにない綺麗な笑みを浮かべて見せた。
「フリック!おかえりなさい!」
彼女の声が、幾分トーンをあげる。
その事でビクトールは思い出す。
『青雷のフリック』と呼ばれる青年と、彼女が恋仲だという噂を。
この、未来を切り開く力を持った女の傍らにいることを良しとされた男がどんな人物なのか、ビクトールの好奇心はムクムクと膨れあがってきた。
しかし、慌てて振り向くのも格好悪い。ビクトールは、ことさらゆっくりと振り返る。
「状況はどうだった?」
「あまり良くないな。向こうもこちらの動きを警戒しているのが良く分かる。これからもっと動きにくくなるぞ。」
響きの良い声音が、水路にこだまする。
「そうなることは予想していたわ。これからは、戦力も補充していかないといけないわね・・・・。」
その声に、オデッサが考え込むように口を噤む。彼女の様子を、やや心配げに見ていた青年は、ビクトールの存在に気が付いてもいなかった。
こんな勘の鈍い奴で大丈夫だろうかと首を捻ったところで、ようやくビクトールの存在に気が付いたらしい。
青年はビクトールへと視線を移してきた。
その瞬間、ビクトールはハッと息を飲んだ。
女性的ではないのに、整った綺麗としか言いようのない容貌。
薄暗い地下水路の中でもそれと分かる、綺麗に澄んだ青色の瞳に吸い寄せられる感覚。
そして、その青を引き立たせるような、真っ青なマント。
こんなに綺麗で印象的な人間に、今まで会ったことが無かった。
「ああ。ごめんなさい。今日から仲間になるビクトールよ。で、こっちがフリック。解放軍の副リーダー。仲良くしてね。」
思い出したかのようなオデッサの紹介に、ビクトールはハッと意識を引き戻した。
「・・・・仲間?こんな 胡散臭そうなのが・・・・・?」
「おい・・・・。」
綺麗な顔から、辛辣な言葉がこぼれ落ちたのに、ビクトールは眉間に皺を寄せた。
最初から打ちとけて会話をしようとは思わないが、敵意を丸出しで睨み付けられる覚えもない。
確かに自分は胡散臭い身なりをしているかも知れないが、外見だけでいきなり決めつけられるのも腹が立つ。
「大丈夫。私、人を見る目はあるのよ。それに、腕は立つから。」
「そうは言うが・・・・・。」
「なに?フリックは私の言葉を信用出来ないって言うの?」
からかうような笑みを見せながらそう訪ねてくるオデッサに、フリックは僅かに頬を赤らめながら言い返した。
「オデッサのことは信頼している。だが、こんなどこの馬の骨か分からない男の事は・・・・・。」
「じゃあ、どこの馬の骨か分からない女だったら、良いってこと?」
「そんなことは言ってないだろっ!」
どうやら、リーダーだと言うことを差し引いても、フリックと言う男はオデッサに頭が上がらないようだ。
こんなんで本当に大丈夫だろうかと不安になったビクトールだったが、いざとなればとんずらすれば良いだけのことと、頭の中を切り替えた。
「・・・まぁ、そう言うこったからよろしく頼むわ。色男の兄ちゃん。」
からかうような笑みを向けながら、そう声をかけてやった。
案の定、フリックはビクトールの事を睨み付けてくる。
「・・・・・・・きさま。」
「ほらほら、喧嘩しないの。もう仲間なんだから、仲良くして頂戴よね。」
母のように、姉のようにそう二人の間を仲裁するオデッサの顔には、楽しげな笑みが刻まれていた。
その笑みにばつの悪そうな顔をしたフリックではあったが、ビクトールへ向ける視線が柔らかくなることは無かった。
逆に、より一層殺気が籠もっている。
これから先の生活を思い、少し胸を躍らせたビクトールだった。
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