フリックの朝は早い。
そして、起きた瞬間に頭ははっきりしている。
「今日も朝から会議か・・・・・・・・ったく。やってらんねーな・・・・・・・・・」
思わずそう愚痴を零しながら、さっさと身支度を調えていく。会議までに時間はあるが、その前に一応朝食を食べておきたい。時々昼近くまでその会議が長引く事もあるし、個人的に呼ばれて拘束される事も多々あるからだ。
一食抜いた所でどうって事はないのだが、食べられるときに食べて置いた方が身のためだという事は、そう長くない人生の中で会得した知恵だった。
「取りあえず、馬鹿熊を起こしに行くか・・・・・・・・」
何故か熊が会議に遅れたら連帯責任を取らされてしまうので、自然とそれが毎朝の日課になっている。
絶対にあいつは一人で時間通りに起きられる。というか、フリックが訪ねた時点でそれなりに起きている事は知っていた。それでも起こしに行かないと、自分も怒られるのに態と遅刻してきやがるのだ。あの馬鹿熊は。
仕方ないので、分かっていても起こしに行く。でもイヤイヤなので、その起こし方は過剰な程に暴力的になってしまう。それを与えられる本人が良しとしているのだから、別にそれはそれで良いのかも知れないが。
「おらっ!とっとと起きろよっ、ビクトール!!」
鍵がかかっていない事は知っているので適当にノックした後に勝手に侵入し、部屋の主をベットから蹴り落とす。
小さく悲鳴が聞えたが、聞えないふりをしてさっさと踵を返した。
「飯を食う気があるのなら、さっさと来いよ。」
待つ気はない。待ってやろう等という仏心を出したらつけ上がるだけなのだ、この男は。
たどり着いたレストランでさっさと自分の為の注文を済ませる。
丁度料理が運ばれた頃に、のそのそとビクトールがやって来た。その動き方は本当に熊のようで、この男は絶対に進化の仕方を間違えたに違いないと確信する。が、本人には言わない。言ったら五月蠅く騒ぎ出すだろうから。
「・・・・・・んだよ、俺の分は頼んでないのか?」
「来るか来ないか分からない奴の分まで頼む趣味は無い。」
「・・・・・・いつも来てるじゃねーかよ・・・・・・・・・」
まったく、冷たい奴だ。とブツブツ呟くビクトールを言葉を無視して、フリックはさっさと自分の分を食し始める。元々そう沢山食べる人間でも無いので、ビクトールの注文品が届いた頃には全て食べ終え、食後のコーヒーを飲み始める事になる。
「今日の会議の内容ってなんだ?」
「資金調達の交易部隊を編成する、とか言ってたぜ。」
「じゃあ結構早く終わるな。」
「・・・・・・・だと良いけどな。」
何となくそれだけでは終わらない気がして息を吐き出した。
チラリと時計を見ると、会議室に向うには丁度良い時間になっている。
食事を終えて一息ついていたビクトールに声をかけ、フリックは揃って会議室へと赴いた。
ビクトールの言うとおり、その日の会議は一時間も掛からないうちに終わった。話し合いと言うよりも、シュウが立てた案を皆で承諾するような形の会議だったので、いつもより呆気なく終わった感じがする。
だが、フリックにとってはここからが長い。
「フリック。お前は残れ。」
シュウの言葉に、ホラ来たと言わんばかりに眉間に皺を寄せてみせる。
ここでフリックとビクトールの二人をまとめて呼び止めたのならば、少し話は簡単だ。戦闘に関する話だから。
だが、一人だけの呼び出しになるとちょっと質が違ってくる。
「なんだ?」
「俺の部屋に来てくれ。そこで話す。」
部屋に呼ばれたらもう、面倒くさい仕事だと言われているのも同然だ。深々と息を吐き出したフリックは、それでも一応今は自分の上司のようなものである軍師の言葉に素直に従って彼の部屋に赴く。
「・・・・・・・・で?なんだ?」
「そう嫌そうな顔をするな。」
「無理を言うな。お前が呼び出す時はろくな事を言わないだろうが。」
「そうか?」
ニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべたシュウが、自分の椅子へと腰を下ろし、引き出しの中から一枚の紙を取りだした。そして、それをフリックへと差し出してくる。
受け取ったフリックは暗号化されているその紙面に瞳を走らせ、小さく口元に笑みを浮かべた。
「・・・・・・・ふん。で?俺にどうしろと?」
「アイツに話をつけて、もっと情報を収集して貰ってくれ。その情報によっては、お前にも動いて貰う事になる。」
「兵隊を動かす程の情報は、まだ無いって事か。」
「ああ。残念な事にな。頼めるか?」
「構わないぜ。でも、アイツに話を付ける位の事はお前にも出来るだろ?なんでわざわざ俺に言うんだ。」
不思議に思って問いかければ、シュウは嫌そうに顔を顰めて見せた。
「この間依頼をしたら、お前以外の奴からの話は受けないと言われた。」
「・・・・・・・・・・・・アイツ、俺の事愛してるからな。」
そんな言葉をサラリと言ってのけそうな男の顔を思い出し、苦笑しながら言い返したら、さらに嫌な顔をされた。
「・・・・・・・だから、お前に頼んでいるんだ。」
「分かったよ。じゃあ、明日の朝にでもアイツの所に行ってくる。その代わり・・・・・・・・」
「分かってる。それなりの手当は出す。」
「話が早い。じゃあな。」
「吉報を待っているぞ。」
軽く手を振りながらシュウの部屋を辞す。手にしていた書類は、紋章の力を発動させて消し炭にした。シュウから与えられた情報は脳の中に一字一句間違えることなく蓄積されているので、書面は必要ない。アイツにも口で言えば分かる事だし。
「さて。取りあえず、今日一日何をするかな・・・・・・・・」
明日の朝に出掛けると言ったのは、今日一日休暇だからだ。と言っても、会議や今のやり取りのせいで既に昼近いので、後半日しか休みではないのだが。
「明日は出掛けるから、身体を動かさない事をするかな・・・・・」
となれば、図書館にでも行くか。確か新しい紋章の学術書が入ったと言っていた。役に立つかどうかは分からないが、見ておいて損は無いだろう。
そう思いながら歩いていたら、いきなり腕を引かれた。
「・・・・・ビクトール。なんだ?」
「お前も今日休みだろ?付き合えよ。」
「付き合うって・・・・・・・・何に?」
「ピクニック。」
「はぁ?お前、何を言って・・・・・・・・・・・・」
フリックの返答など少しも気にした様子も無く、ビクトールは掴んだ腕をそのままに城内を突き進む。程なくしてたどり着いた広場には、10人近い子供達が集まっていた。
「あっ!フリックさんも一緒に行くの!わーい、わーいっ!」
「おう。じゃあ、さっさと行くぞー。」
「はーーーい!」
わけの分からないうちに子供の波に飲まれたフリックは、あれよあれよと言う間に城の敷地の外に連れ出され、草原の中に引きずり出された。
子供の足でちょっと遠くまで歩いてたどり着いた草原の中、子供達とビクトールが転がりながら遊んでいる。
その遊びッぷりはほぼ同等のレベルだ。果たしてどっちが遊んで貰っているのやら。
「まったく・・・・・・・・・」
苦笑を浮かべながら、フリックは草原の上に寝ころんだ。そして、ゆっくりと瞳を閉じる。
姿が見えなくても彼等の位置は把握出来るので寝っ転がっていて問題は無い。
頬に吹き付ける風が優しく、眠りを誘ってくる。太陽の日差しも弱すぎず、強すぎず。実に絶妙な温かさだ。
緩やかな眠りについていたら、良く知った気配が近づいてきた。うっすらと瞳を上げて見れば、むさ苦しい顔が己の顔の上に迫っている。
「・・・・・・・・何やってんだよ、馬鹿。」
触れるだけの口づけをしかけてきたビクトールにそう文句を言えば、彼はニヤリと口角を引き上げた。
「向こうからは何があったかわかんねーよ。」
「そう言う問題じゃない。人の意見を聞かずに手を出してくるなと言ってる。」
「聞かなくても分かってるさ。」
「へぇ・・・・・・」
再度口付けてこようとする馬鹿男の顔を手の平で押しやりながら、フリックは身を起こした。
頭上を見上げれば、太陽が大分傾き始めている。
「・・・・・・・そろそろ帰るか。」
「そうだな。子供達もこれだけ遊べば満足だろ。」
フリックにはどれだけ遊んだのか皆目検討も付かないが、ビクトールがそう言うのならそうなのだろう。
適当に頷いて立ち上がり、ビクトールによってまとめられた子供の集団と共に帰路につく。
城にたどり着いた時刻は日も落ち始めた夕方と言った時間帯だったが、二人はさっさと酒場に向った。
「おや、今日は早いね。休みだったのかい?」
「ああ。久々に今日と明日と二連休だ。な?フリック。」
「あ、俺は明日仕事入った。」
「なんだって!!そんな話聞いてねーぞ!」
「言ってないからな。」
「フリック〜〜〜〜〜」
騒ぎ出したビクトールにサラリと言い返せば、何とも言えない情けない顔を返された。
「仕方ないだろ。命令されたんだから。」
「・・・・・どこに何しに行くんだよ。」
「サウスウィンドウに、お使いに行くんだよ。」
「お使い?」
「ああ。」
頷き、それ以上の言葉は留める。そうすれば彼も軍の幹部の一人だ。何か重要な事なのだろうとあたりを付けて食い下がっては来ない。
「ふぅん・・・・・・・・。で?誰と行くんだ?日程は?」
「行くのは俺一人だ。日程は行って帰ってだろうから、三・四日ってとこかな。行きは一気に行けるわけだし。」
「そうか。・・・・・・・気を付けて行けよ。」
「誰に言ってんだ、誰に。」
クスクスと笑いながら、差し出されたビクトールのグラスの己のグラスを打ち付ける。
「・・・・・・で、今夜は良いのか?」
「良いって、何が?」
分かっててはぐらかしてやれば、はぐらかされたのが分かったのだろう。ビクトールがムッと頬を膨らませてくる。
そんなビクトールの反応に小さく笑ったフリックは、琥珀色の液体が注がれたグラスに口を付けながら囁いた。
「その気にさせてくれるんなら、つき合ってやらないでもないぜ?」
「お前をその気にさせるのが難しいんじゃねーか。」
「気弱な事を言ってるな。」
「お前の事に関しちゃ、俺はいつでも気弱だぜ。」
「良く言うよ。」
軽い口調の言葉の応酬に笑みを誘われる。こういう言い合いは嫌いじゃない。
それなりに気分が良くなったフリックは、自分と同じ酒に口を付けているビクトールに笑いかけた。
「・・・・・・・そうだな。俺が飲みたい酒を奢ってくれたら、その気になるかもな。」
「・・・・・・・・・本当か?」
「ああ。今は、そんな気分だな。」
言外にいつも通じる手では無いと告げながらそう言えば、ビクトールは逡巡した後に大きく頷き返してきた。
「良し。なんでも奢ってやる。」
「本当か?勿論、一杯じゃなくて一本だろうな?」
「当たり前だ。男に二言は無い。」
「良く言った。おいっ!レオナ!」
呼びかければ、酒場の女主人がすぐにこちらに視線を寄越してきた。その彼女に、大きな声で告げる。
「この店で一番高い酒持ってきてくれ。一本な。」
「おいっ!フリックッ!!」
発せられた言葉にビクトールが慌てるのを見て誰の支払いか分かったのだろう。苦笑を浮かべたレオナが、素早く奥へと引っ込んだ。
その彼女の動きを目で追っていたビクトールは、思わず立ち上がっていた椅子に再び腰を下ろし、恨みがましい目でフリックの事を見つめてきた。
「・・・・・・・・・フリックゥ 〜〜〜〜」
「何でも良いって言っただろ?」
「言ったけどよ、もう少し値段の分かるもんをだなぁ・・・・・・・・・・・」
「大丈夫。俺は知ってるから。」
「お前が知ってるからってどうなんだっ!払うのは俺だぞっ!」
「だから、大丈夫だって。お前に払えない程の値段じゃ無いから。」
その言葉に、ビクトールは一瞬黙り込んだ。そして、窺うようにフリックの顔を見つめ返す。
「・・・・・・本当か?」
「ああ。一年もローンを組めば払える。」
「フリック!!!」
途端に怒鳴り返してくるビクトールに笑いを返しながら、レオナの運んできた酒を気軽に開けた。これでもう返品は出来ない。ビクトールは金を払うしか無くなった。
「・・・・・・・・ううっ・・・・・・・・・男の純情を踏みにじりやがって・・・・・・・・・」
美味そうに酒を飲み下すフリックに恨みがましい瞳を向けながらそんな事を呟いているビクトールに、フリックはニヤリと笑みを返してやった。
「まぁまぁ。その分今日は色々サービスしてやるよ。」
その言葉を聞いた途端。ビクトールの瞳がキラリと光る。
「・・・・・・・・・・サービス?」
「ああ。今までやらなかった事をやってやろう。」
「今までやらなかった事・・・・・・・・・・・」
「お前のリクエストにも応えてやるぞ。今から何をして貰いたいか考えておけよ。」
「・・・・・・・・・・リクエスト・・・・・・・・・・」
続けられるフリックの言葉に、ビクトールは夢見るような瞳で天井を見つめている。
そんなビクトールの様子を見つめながら、口付けたグラスの下でニヤリと口角を持ち上げる。
「そんな事あるわけ無いだろ、バーーカ。」
と、内心で呟きながら。
さて、今夜はどうやってビクトールをからかってやろうかと胸の内でシミュレートしながら、フリックの夜は更けていった。
なんだかんだ言いつつも、そこに愛はあるのです。
ブラウザのバックでお戻り下さい。
フリックの休日