思っていたよりも早く仕事を終えることの出来たパーシヴァルは、何をするでもなく城の敷地内を歩いていた。時間的にまだバーツは畑仕事をしているだろうから、その場所を避けるようにして。下手に近づくと手伝わされるのだ。その上この時間だと夕食を作ることもせがまれるだろう。別に作ってやるのは構わないのだが、なんとなく今日はそんな気分でもないので避けておく。
 そんなパーシヴァルの背後から、自分を呼ぶ声がかけられた。その声に振り向くと、そこには鮮やかな青いマントを羽織った男が一人、立っていた。
 パーシヴァルが自分の方に顔を向けたことを確認した男は、ニコリと笑み、パーシヴァルに向ってゆっくりと歩を進めてくる。
「よお。今日の仕事は終わったのか?」
「ええ。そう言うフリック殿は?」
「俺も終わった。まぁ、俺が手を付けられる仕事なんてたかが知れてるから、年中暇を持てあましている状態なんだがな。」
 そう言って苦笑を浮かべるフリックの言葉に、パーシヴァルも苦笑を返すしかなかった。彼の立場が微妙なものだと知っているだけに。
「長い休暇を手に入れたと思ってのんびり過ごして見るのはどうですか?向こうでは休む暇も無かったのでしょう?」
「まぁな。良いようにコキ使われてたから。そのうえビクトールに回るはずの書き仕事は全部俺の所に回ってきてたからな。」
「どこも似たようなものですね。私も、他の騎士にまわしても良さそうな仕事を全部任されてますからね。彼等にそう言う仕事が向かないという理由で。」
 小さく息を吐き出しながら思わず愚痴めいた言葉を発すれば、フリックはからかうような笑みで答えてきた。
「でも給料は同じだって?」
「同じどころか、少ないんじゃないでしょうかね。」
「なんでだ?」
 その答えには驚いたようだ。軽く目を見張りながら首を傾げてみせるフリックに、パーシヴァルは自嘲するような笑みを浮かべながら答えを返す。
「何しろ私はたたき上げですから。まぁ、同じ年頃の人よりも高給取りだとは思いますけど、確実にボルスよりも給料は低いと思いますよ。」
「そんなものなのか?」
「そんなものです。」
 なんだか納得が行かないという顔で問いかけてくるフリックに薄く笑む。人の財布の事情などどうでも良いが、同じ年頃のボルスの金の使い方を見ていたら絶対に自分と同じだけの給料を貰っているとは思えないのだ。もしかしたら、未だに実家から仕送りをして貰っているのかも知れないが。
「そんなことより、向こうでは休みの日には何をされていたんですか?」
 取りあえず話題を元に戻そうと話を振ると、フリックは記憶を探るように眉間に皺を寄せ、小さく首を傾げて見せた。
「そうだな・・・・・・・・基本的に寝てるか本を読んでるかイメージトレーニングをしているかだな。」
「本を読むのがお好きなのですか?」
「ああ。知識があるのに越したことはないからな。あっても使えなかったら意味はないんだが。」
 ニヤリと、何かを含んだような笑みを見せるフリックの言葉には大いに頷けるモノがある。世の中には頭だけがでかくて使えない学者連中がゴロゴロ転がっているのだ。
「たしかに、その通りですね。」
「だから、暇が出来たら何かしら読んでたんだ。まぁ、ゆっくり読める時間はそうなかったんだが。」
「そうですか。・・・・・・・・フリック殿はどういったものがお好きなんですか?」
「基本的には学術書とかを読むことが多かったが、読めれば何でも読むぞ。」
「でしたら、後日適当な本を見繕って差し上げますよ。私の趣味で選んでよければの、話ですが。」
 そう提案すると、彼はホンノ少しだけ目を見張った。だが、ソレは一瞬のこと。直ぐさまその顔には嬉しげな笑みが広がった。
「ああ。全然構わない。是非とも頼む。」
「分かりました。」
 パーシヴァルもまた微笑み返しながら頷いた後、ふと思い立ち、その言葉を直ぐさま口に上らせてみた。
「フリック殿、この後に何か予定は入ってますか?」
「いや、これと言ってないが。なんでだ?」
「でしたら、今から図書館に行ってみますか?その方がフリック殿の趣味に合った本を選べると思うのですが。」
「そうだな・・・・・・・・・・パーシヴァルが良いなら、行きたいな。」
「私は構いませんよ。でなければ、最初から誘ったりしませんから。」
 その言葉を合図にするように、二人は図書室に向けて進路を取り始めた。フリックが読んで面白いと思った本について聞きながら。
 そう遅くは無い速度で足を進めていると、進行方向から良く知った声が何やら言い争いをしているのが聞えてきた。
「ふざけるなっ!貴様に何が分かると言うんだっ!」
「・・・・・・・・・ボルス?」
 いったい誰に喧嘩をふっかけているのだろうかと首を傾げたところで、応戦するような叫び声が聞えてくる。
「ソレはこっちの台詞だっ!てめーこそ何も分からないくせに勝手なことほざいてんじゃねーぞっ!」
「・・・・・・・・ビクトール?」
 その声に、今度はフリックが首を傾げた。そして、二人は視線を合わせて首を傾げあったところでゆっくりと足をその叫び声の聞える方へと、向けていく。
 言い争いをする二人の姿はすぐに視界に飛び込んできた。噴水前で何やら睨みあっている。いったい何事だとうかと思いながら二人の元に歩み寄ろうとしたところで、言い争う声が更に熱を増してきた。
「とにかく、お前の相棒とか言う男よりもパーシヴァルの方が絶対に美人だぞっ!」
「・・・・・・・・・・は?」
 思わず間抜けな声を漏らしてしまったパーシヴァルだったが、まだ彼等との距離があるせいで二人はまだ気付いていない。
「ふざけんなっ!誰がどう見てもフリックの方が美人だろうがっ!」
「・・・・・・・・・・・・何を言っているんだ、あいつは・・・・・・・・・」
 フリックはビクトールの言葉に呆れたように溜息を吐いた。なんだかあの輪の中に入りたくないという気持ちが、進んでいたフリックとパーシヴァルの足を止めさせる。その間にも、二人の言い合いは収まる気配を見せなかった。
「誰がそんな事を言ったんだっ!パーシヴァルは顔が良いだけじゃなくて頭も良いんだぞっ!」
「フリックだってそうだぜっ!その上雷の紋章だって自由自在だ。剣だって滅茶苦茶強いんだよっ!」
「それがどうしたっ!パーシヴァルは料理だって出来るんだぞ!ケーキだって作れて、滅茶苦茶美味いんんだぞっ!」
「それこそどうしたってもんだ。お前等は知らないかも知れないがなぁ、アイツは美人で可愛いだけじゃなくって、無茶苦茶可愛いんだぞっ!」
「そんなの、パーシヴァルだって可愛いぞっ!いっつも嫌味ったらしい顔で笑ってるけどなぁ、アイツに心の底から笑いかけられたら、どんな男だってその気になる位可愛いんだぞっ!」
「それこそフリックだって負けてねーってのっ!アイツの顔と身体を見てその気にならないような男は男じゃねーぜっ!」
「なんだとっ!」
「やんのか、てめーーーっ!」
 なんだか妙な方向に向いだした彼等の言い合いに、段々頭が痛くなってきた。というか、このまま放って置いたら何を言い出すのか分からない。それこそ、夜の生活を全部暴露させられそうだ。
 さて、どうやって止めるべきだろうかと思案していたパーシヴァルだったが、不意に傍らから妙に寒々しい気配を感じてハッと息を飲んだ。そして、恐る恐る横に立つ男に視線を向けて見る。
 そのパーシヴァルの動きに合わせるようにこちらを向いたフリックは、何やら楽しげな笑顔を向けてきた。
「・・・・・・・・・なぁ、パーシヴァル。」
「・・・・・・・・・・なんですか?」
 その笑顔になんだかとてつもなく恐ろしいものを感じながら問い返すと、彼はニヤリと唇の端を引き上げて見せた。
 そして、一言問いかける。
「お前の彼氏に、雷落として良いか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼氏?」
 本気で誰の事を言っているのか分からずに首を傾げた後で、それがボルスを指している言葉だと言うことに気が付いた。
 なんだかその認識のされ方は不本意極まりない。自然と眉間に皺が寄ってきたが、取りあえず雷を落とすことについては異存は無いので頷いておく。
「あの馬鹿が彼氏云々という話は否定しておきますが、雷を落とすことに関しては肯定しておきますよ。」
「つき合って居るんじゃないのか?」
「違います。」
「嘘付くなよ。」
「嘘じゃありません。そう言うフリック殿こそ、恋人に雷なんて落として良いんですか?」
「あれは恋人なんて上等なモノじゃないよ。」
 クスリと笑みを零すフリックの言葉に、窺うようにその顔をのぞき見る。
「では、なんですか?」
「熊だ熊。飼い熊。」
「・・・・・・・・・・飼って居るんですか。」
「放し飼いだけどな。人を襲うことは無いから、良いだろ?」
 クククッと笑ったフリックは、軽く右手を持ち上げて見せた。その甲から青白い光が溢れ出している。
「・・・・・・・あの馬鹿熊に合わせるとあの小僧は死ぬ一歩手前に行きかねないが・・・・・・良いか?」
 二三歳年下な男に小僧はどうだろうかと思いながらも、ボルスだから仕方ないかと納得してしまう。それに言われたのは自分の事では無い。ここは聞き流して置いた方が良いだろう。下手に突っ込むととばっちりを食いかねない。
 そう判断したパーシヴァルは。フリックの言葉に小さく頷いて見せた。
「構いませんよ。あの男は頭は弱いですが、体力だけは人並み以上にありますから。思いっきりやっちゃって下さい。」
「そうか。じゃあ、遠慮無く。」
 言うが早いか、フリックの右手から激しい光が放たれ、前方で言い争っていた二人の身体に稲光がたたき落とされた。
「ぎゃーーーーーーっ!」
「ぐわーーーーーーっ!」
 絶叫と共に黒こげになった二人の身体が地面の上に崩れ落ちる。倒れた身体がピクピクと震えているのは、身体に浴びた雷の電気によるものなのか、はたまた違った影響からだろうか。少し離れた位置からではその事を確認することは出来なかった。
 ブスブスと音をたてている二人に、フリックがゆっくりとした足取りで近づいていく。パーシヴァルもその後に付いて二人の元へと歩み寄った。
「フ・・・・・・・・フリック・・・・・てめぇ、予告無しに雷落とすのは止めろと・・・・・・・・・・」
「なんだ。まだ喋る元気があったのか。・・・・・・・・・手加減しすぎたな。」
「・・・・・・・・・・酷いぜ。」
 鼻で笑い返したフリックの言葉に、最後の力を振り絞るように顔を上げていたビクトールがガクリと頭と地面に落とす。そのやり取りを横目で見ながら、パーシヴァルは怪しげな痙攣を繰り返しているボルスの傍らに膝を付き、首筋に手を当ててみた。
 弱々しいながらも脈はあるようだ。だったら放って置いても大丈夫だろう。体力だけは有り余っている男だから、すぐにでも回復するはずだ。突然この世界に現れたフリックではあるが、こちらの情勢を分かっていないわけでもない。後に引くようなダメージは与えていないだろう。
 そう判断したパーシヴァルは、倒れ伏したボルスに紋章を使うことなくさっさとその場に立ち上がる。
 と、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたフリックの視線とぶつかった。
「・・・・・・・・なんですか?」
「回復してやらないのか?」
「必要ないですよ。勝手に治るでしょうから。」
 あっさりとした口調で返すと、フリックは実に楽しそうに笑いを返してきた。
「冷たいな。」
「貴方に言われたくありませんね。」
 ククッと喉の奥で笑うフリックの言葉に、僅かに眉間に皺が寄った。その反応に軽くパーシヴァルの肩を叩いてきたフリックは、足元に転がっている半死体など無いといわんばかりの態度で語りかけてきた。
「じゃあ、図書館に行くか。」
「・・・・・・・・そうですね。」
 そうたいして付き合いがあるわけではないが、この男に逆らってはいけない気がした。絶対に怒らせては行けない類の人間だろうと。長い騎士団生活で培ってきた勘が告げている。
 だから突っ込みの一つも入れずに頷いてみせれば、フリックはそんなパーシヴァルの心の内を読み取ったのか、僅かに口角を引き上げて笑みを深めた。だが反応はそれだけに留め、その後は普通の会話へと戻っていく。
「図書館は何時まで開いているんだ?」
「基本的には年中無休ですよ。何しろ、管理している人がちょっと微妙なモノですから。」
「・・・・・・・・・微妙?」
「ええ。・・・・・・・・会えば分かりますよ。」
 小さく微笑みながらそう返す。その合間にチラリと背後に視線をやると、果敢にもビクトールが起きあがろうとしていた。
 なんともタフな男だと感心する。そうでもないとフリックとつき合うことなど出来ないのかも知れないが。
「・・・・・・・・どうした?」
「いいえ。なんでもありませんよ。」
 急に黙り込んだパーシヴァルの事を不思議そうに見つめてくるフリックに首を振り返す。
「この城の図書館の品揃えはなかなか良いですよ。是非とも活用して貰いたいですね。」
「ソレは楽しみだな。」
 他愛もない言葉を交わしながら城の中へと入っていく。
 突然の過去からの訪問者は、書物で読んだ人となりとは大きくかけ離れていたけれど。
 だけど、書物で読むよりも魅力的だと、そう思いながら。






























随分と久々にビッキー物。
久々の割には中途半端でしかもマイクとのやりとりと似ているわ。
ビクトールは誰にでもフリック自慢をしたい人だって事で!爆!





















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時を越えて・3