「秘め始めって、知ってるか?」
 何の前置きもなく突然向けられた問いかけに、フリックのこめかみはピクリと揺れた。
 ビクトールがこういうわけの分からない問いかけをしてくる時は、大抵ろくな事がないのだ。この間も、「クリスマス」というわけの分からない行事を持ち出してベッドインに持ち込もうとしていた男だ。今度も同じパターンである可能性が高い。
 どうやらあの時くれてやったプレゼントでは満足しなかったと見える。ならば今度は前回よりも強力な贈り物をしてやろう。
 そう心に決めながら身の内に力を溜め込み始めたフリックは、いつもと変わらない態度を装って言葉を返す。
「いいや。初耳だな。どこでそんな言葉を知ったんだ?」
「ちょっと小耳に挟んでな。」
 妙に機嫌良く返してくるビクトールに、内心で「その小耳にはさむ場所をぜひとも教えてもらいたいな」と突っ込みを入れたフリックだったが、そんな事はおくびにも出さずに軽く首を傾げてみせる。
「ふぅん?まぁ、良いが。それがどうかしたのか?」
「ああ。秘め始めってーのは、どっかの地方の風習みたいなもんらしいんだがな。」
 フリックの態度に脈があると思ったのか、ビクトールが僅かに身を乗り出して語りかけてくる。
「元旦に恋人同士や夫婦が激しく情を交わしあうんだ。そうすると、二人はその一年仲睦まじく過ごすことが出来るんだとっ!」
「・・・・・・・・・・・へぇ・・・・・・・・・・・・・」
 ニコニコと笑みながら、身の内に溜めていた力をさらに溜め込む。
 これはプレゼント決定だと、内心で呟きながら。
「それはなかなか変わった風習だな。それがどうしたんだ?」
 答えが分かっていながらあえて問いかける。極上の笑みを、その端整な顔に宿しながら。
 そこでようやくビクトールも事態が上手く進んでいない事に気付いたのだろう。それまでだらしない程に緩んでいた顔に焦りの色が滲み出す。
「いや、だからさ。そう言う風習があるなら、俺たちも・・・・・・・・なんて、な。あは、あはは・・・・・・・・」
「ビクトール。」
 乾いた印象を受けるビクトールの笑いを、甘さが滲む声音で遮る。 
「・・・・・・・・良い機会だから、教えておく。」
「・・・・・・・な・・・・・・・なんだ?」」
 一見してご機嫌そうなフリックに、ビクトールは怖々と声をかけてきた。
 そんなビクトールに、これ以上ないくらいあまやかな声で告げる。
「俺はな。下らない事を理由にして誘われるのが、大嫌いなんだよ。」
 語尾にあわせてニッコリと口の端を引き上げる。
 それを合図にするように身の内に溜め込んでいた力が、一気にあふれ出した。
 途端に、
「ぎゃーーーーーーーーっ!」
 という断末魔の叫びが聞え、そう広くない室内には肉の焦げるイヤな匂いが立ちこめた。
 その匂いに眉を顰めつつ、フリックは黒こげになったモノへと、視線を向けた。
「・・・・・・・・・・しまった。また手加減しちまったか・・・・・・・・・・」
 ピクピクと震えるビクトールの様子をまだ余裕があるものだと勝手に判断し、そう呟く。
「・・・・・・駄目だな。どうにもこうにも、『いい人』な俺が抜け切らない。」」
 そんな自分を嘆かわしく思いながら小さく首を振ったフリックは、小さく息を吐いてからゆっくりと椅子から立ち上がった。
 異臭漂うこの部屋に、一分でも一秒でも長く留まっていたくなくて。 



























ビクトールの間違った知識シリーズ。
クリスマス話をセットでお楽しみ下さい。笑!















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秘め始め