「お前の求める強さってーのは、どんなんだ?」
唐突な問いに、問い掛けてきたビクトールの目の前でグラスを傾けていたフリックが、不思議そうに軽く首を傾げて見せた。
「なんだ、突然」
「んー?深い意味はねーけどよ」
気のない様子でそう言葉を返してきたビクトールは、大きな手のひらで握り締めていたグラスを軽くゆすり、中に入っていた氷に高く澄んだ音をたてさせる。
「結構長い事付き合っちゃいるが、あんま突っ込んだ話はしたこと無かったし。ここらでちょいと、お前の胸の内を聞いておくのも良いかなとか、思ってよ
言いながらニヤリと口角を引き上げたビクトールは、その瞳に子供のような好奇心いっぱいの光を宿しながら、上体をテーブルの上へと、乗せてきた。
「まぁ、言われなくてもわかるけどな。俺には。」
自信満々なその言葉に、フリックは数度瞬いた。そして、フワリと微笑を浮かべて返す
「なら、わざわざ口にしなくても良いんじゃないのか?」
「分かってても口に出して貰いたい言葉ってーのがあるんだよ」
「それが、俺が求める強さについてなのか?」
暇さえあれば「俺にももっとやさしくしろ!」と騒いでいる男とは思えない要求だ。こいつならば、たまに愛の言葉を囁いてくれ、くらいの事は言いそうなのに。
いったいどうしたのだろうかとビクトールの顔を覗き込めば、彼は不服そうに顔を歪めて見せた。
「・・・・・・・んだよ」
「いや。なんでもない」 
そんなビクトールに誤魔化すような笑みを返し、フリックは手にしたままだったグラスを持ち上げ、ゆっくりと琥珀色の液体を体内へと流し込む。
そして、小さく息を吐きだした。その息とともに、呟きを盛らす。
「強さねぇ・・・・・・・・・・・・」
濁した言葉に、ビクトールの耳が大きくなった気がした。その先を聞き漏らすまいとするように。
そんなビクトールを視界の隅に起きながら、先につづく言葉を口の上に上らせる。
「死なないこと、かな。」
「死なないことぉ??」
「ああ。」
その先の説明を求めるような瞳を向けてくるビクトールに、フリックは薄く笑みを返すだけで言葉を発しようとはしなかった。その様子で、先の言葉は望めないことに気付いたのだろう。ビクトールが不服そうに唇を尖らせた。
「んなの、ある意味当たり前のことじゃねーのか?」
「当たり前か?」
「ああ。弱い奴は死ぬだけだろ、今の世の中よ」
「まぁ、それはそうだろうな」
ビクトールの言いたいことは良く分かる。戦乱の世の中である今、戦場に出ていなくても死ぬ機会はいくらでもあるのだ。田舎の村も、戦いのどさくさに紛れて襲撃されるのだから。
「だからこそ、死なないことが強さに繋がると、俺は思うんだよ」
肉体的にも、精神的にも。
どんなに故郷を荒らされても、挫けず前を向いて突き進んで行けることもまた、強さだろうと思うから。イチイチへこたれ、地面を見つめ続ける弱い人間は生きていけないだろう。
琥珀色の液体が入ったグラスを軽く揺らしながら、目の前の男にニヤリと笑みかける。
その笑みを、ビクトールはしばし真剣な表情で見つめ返してきた。フリックの胸の内にある本心を探ろうとするように。その視線を真っ向から受け止めながら、笑みをウカ寝続ける。探られて困るような思いは、何一つ無いから。
やがて、その事がビクトールにも分かったのだろう。瞳がフッと、和らいだ。そして、小さく呟く。
「・・・・・・・・そうか。そうだな。」
納得したと言うように、小さく頷いたビクトールは、いつも彼が浮かべている少々ガキ臭い笑みをその顔面に象った。
「・・・・・・・まぁ、飲もうぜ?」
ニッと口角を引き上げながら、手にした酒瓶の口を突きつけてくるビクトールに、空になったグラスを差し出した。
直ぐさま、新しい液体がグラスに注ぎ込まれる。
後はもう、何も語ることなく静かにグラスを傾け続けた。
いつもと同じ時間が流れる。
戦場に身を置いているときと同じくらい、身体に馴染んだ空気が辺りに漂っていた。その空気を、心地良いと思う。しばらくの間、この空気が保たれていれば良いと思うくらいに。












強さ