〈過去〉


















 フリックが「ジャンケン」を知ったのは、ビクトールと旅をするようになってかららしい。
 それは、たまたま立ち寄った小さな村で子供がジャンケンをしている様を見てフリックが不思議そうに首を傾げている理由を聞いて、明らかになった。
「知らねーのか、ジャンケン。」
「ああ。アソコじゃあんなことはしなかったな。」
 キッパリと言い切ったフリックだったが、すぐに何かを思い出すように首を捻った。
「イヤ、他の奴らは知っていたのかも知れないが、俺はやったことが無い。なんなんだ、あれは?」
 心の底から不思議そうにそう尋ねてくるフリックに、内心で「マジか?」と呟いた。思わずジロジロと彼の姿を見つめてしまったが、どうやら大まじめらしい。彼の瞳は真剣そのものだ。
 ビクトールにしてみたら万国共通の遊びという認識のジャンケンを知らないとは。この男はいったいどんな子供時代を送っていたのだろうか。甚だ不思議で仕方がない。
 頭が良く、色々と物を知っている。とくに戦いに関する知識は、彼の脳みそに刻まれていないものは無いのではと思う位に引き出しが多い。それなのに、こういったこと・・・・・・誰もが子供時代に体験するであろう事を、彼は一切知らない。ジャンケン然り、影踏み然り。鬼ごっこすら知らなかった。
 戦士の村ではそう言った遊びはしないのだろうかと思ったが、テンガアールやヒックスは普通に子供の輪の中に入って遊んでいた気がするから、フリックが特殊なのだろうか。それとも、テンガアールとヒックスが特殊なのだろうか。何しろテンガアールが村長の娘だし。育てられ方が他とは違うのかも知れない。
 なんにしろ、フリックに物を教えるという行為をはたらける機会はそう多くないので、彼に物を問われると気分が良くなってくる。自然とビクトールの面には深い笑みが刻まれた。
「アレはジャンケンって言ってな、子供が順番とかを決めるときにやるんだよ。」
「ジャンケン?」
 嬉々として説明しだしたビクトールの言葉に、フリックは軽く首を傾げてみせる。その問いかけるような言葉に、更に説明を続けていく。
「ああ。誰が最初に川に飛び込むかとか、一番大きなお菓子を手に出来るのは誰か・・・・・とかな。まぁ、用途は色々だが、そう深刻にならない物事を決める時にやるんだよ。」
「・・・・・・ふぅん・・・・・・」
「パーはグーに勝って、チョキに負ける。チョキはパーに勝ってグーに負ける。グーはチョキに勝って、パーに負ける。この法則で勝負するんだよ。」
 言いながらパーを作ったりチョキを作ったりグーを作ったりして見せたビクトールの手元を見つめながら、フリックは感心したように頷いてみせる。
「はぁ・・・・・・・・・成程ね。よく考えたもんだ。」
 そう呟いたフリックは、未だにジャンケンの勝負を続けている子供達へと視線を向けた。そんなフリックに、ビクトールは更に言葉をかけていく。
「まぁ、一種の遊びだな。遊びの前の軽い遊び。・・・・・・やってみるか?」
「え?」
 興味があるのか、子供達の様子を見つめ続けているフリックにそう声をかけると、その言葉は意外なものだったのか、フリックは軽く瞳を瞬いた。そんな彼に、ビクトールは僅かに表情を緩ませる。そして、告げた。
「ジャンケン。やろうぜ?今夜の一杯目の酒を賭けてよ。」 
 その言葉に何度か瞳を瞬かせたフリックだったが、すぐに苦笑を浮かべて寄越してくる。
「奢るも奢らないも、俺たちの財布は一つしかないだろう?その勝負に意味があるとは思えないんだが。」
「気分だよ、気分。人の金だと思ったら自然と酒が旨くなるもんなんだよ。」
「そんなものなのか?・・・・・・・・・・まぁ、お前が良いなら良いけどな。」 
 なんだか納得がいっていない様子ながらも首肯してみせるフリックに、ビクトールは力強く頷き返した。
「おう。オッケーだぜ?なんの問題もねー。んじゃ、勝った方が負けた方に奢るって事でジャンケンするぞ?」
 その言葉に、フリックが首を傾げながら突っ込みを入れてくる。
「・・・・・・・逆じゃないのか?普通。」
「良いんだよ。遊びだから。」
 キッパリと言い切ったビクトールが、フリックの青い双眸を見つめながら胸の前に己の拳を持っていく。フリックも、初めて知ったものではあるが先程の子供達の様子を見ていてやり方を覚えたのか、なんの迷いもなく拳を持ち上げてきた。
 そんなフリックに向かって、かけ声をかける。
「じゃーんけーんぽんっ!」
 かけ声と共に出した手は、フリックがパーに、ビクトールがチョキ。
「よし。んじゃぁ、今日の一杯目は俺の奢りだっ!」
 嬉々として酒場に繰り出し、酒を酌み交わす。その酒が無くなったところで、ビクトールは再びフリックに提案をした。
「よし、じゃあ、二杯目の奢りがどっちか決めようぜ?」
「あのなぁ・・・・・・・・・」
 呆れた顔でそう返してくるフリックが言いたい事は、良く分る。そんなこと意味が無いと言いたいのだろう。それでもビクトールは、ジャンケンで決めたかった。一般的な遊びをした記憶が無いらしいフリックに、一般的な遊びをして貰いたくて。
「やってもやらなくても結果が同じなら、やった方が楽しいだろう?」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。」
 納得いかないと言いたげなフリックに、ビクトールはニヤリと笑いかけた。
 自信満々に。
 その笑顔に、フリックは押し黙る。彼の知識内の事だったら、ビクトールがどんな強硬な態度に出ても一歩も引かないフリックではあるが、知識外の事で強気に出られたら結構弱気になる面があるのだ。本人気付いているかどうかは、分からないが。
 ビクトールは自分の勝利を確信した。そして、強気な態度でキッパリと告げる。
「じゃあ、今度は負けた方が奢りなっ!」
「・・・・・・・はいはい。」
 どうでも良さそうにそう返しながらも、フリックはビクトールにつき合って拳を前に突き出した。
 今度もまたビクトールが勝ち、奢り役に変わる。続けて勝負を挑めば、もう逆らうことに飽きたのか、フリックは素直に拳を突き出してきた。おざなりな態度での勝負は、またもやビクトールが勝利する。その後も、グラスが空になるたびにジャンケンを繰り返した。
 勝った方の奢り役と負けた方の奢り役を一回ごとに変えながら気分良く酒を飲み進んでいく。二回に一回は奢られ役が回ってくるので酒が飲めなくなる事はなく、かなり気分が良い。
「バランス良くて良いな。この飲み方は。」
 そんな事を酔いで濁り始めた頭で考えていたビクトールだったが、そこでふと気が付いた。
 なんで二回に一回の割合で酒が飲めているのだろうかと。
「・・・・・・・・・・フリック。」
「うん?」
「ジャンケンポンっ!!!!」
 突然のかけ声に、フリックは思わずといった感じで手を出した。この数時間でそうすることがすでに条件反射となっただろう。さすがはフリック。覚えが良い。
 そんな事を考えながら自分とフリックの手元を見つめれば、ビクトールはパーでフリックがグー。
「ジャンケンポン!」
 立て続けにかけ声をかければ、またもや自分の勝ちが決まる。
「ジャンケンぽんっ!」
「ジャンケンぽんっ!」
 壊れた機械の様に何度も繰り返す。
 そんなビクトールの態度に不気味なものを見るような瞳を向けながらも、フリックは根気よくつき合ってくれた。基本的に忍耐力のある男なのだ、フリックは。解放軍時代は切れやすい男だと思っていたのだが、一緒に旅をしている間にその認識が間違っていたことにビクトールは気が付いた。
 それはともかくとして。
 手を出すごとにビクトールの勝ち星が増えていく。何度やっても増えていく。黒星が付くことが一度もない。負けてみようとフリックが出すであろう手を考えながら勝負を挑んでも勝ってしまう。コレならどうだと10回ばかりグーを出し続けてみたが、それでも勝ってしまった。
 ビクトールの背中に、冷たい汗が伝い落ちる。
 はっきりいって、ビクトールはジャンケンに強くない。弱くもないが、子供の頃にやったジャンケン大会では四回戦まで進めば良い方だった。そのビクトールが、勝ち続けている。
 延々と。
 留まることを知らずに。
 ジャンケンキングになったかの如く。
「・・・・・・・・フリック・・・・・・・・・・お前・・・・・・・・・・・・」
「うん?なんだ?」
 ジャンケンをする手を止めて呆然と彼の顔を見つめれば、その勝負についてなにも感じていないのか、いつもと変わらぬ顔の彼がいる。ジャンケンに負け続けていることは、少しも気になっていないようだ。戦場では誰よりも勝ちにどん欲な彼なのに。
 言ってやるべきだろうか。
「お前、ジャンケン弱いな。」
 と。
 一瞬そう思ったビクトールだったが、すぐに考えを改めた。
 これはこれで面白い。本人が気付いていないなら、気付くまで放っておこう。もしかしたら、この先この事を利用して、自分にとって都合良いように物事を進めることが出来るかもしれないし。
 酔っぱらいながらもそう理性的に判断を下したビクトールは、ニヤリと口角を引き上げた。
「・・・・・・・いや、何でもない。」
 その言葉に軽く首を傾げたフリックだったが、それ以上問いかけては来なかった。
 そのフリックに、ビクトールは手元の酒瓶を差し出した。
「まぁ、今日は飲もうぜ。景気よくよ。んで、明日は職探しだ。」
「あぁ、そうだな。」
 同意するように軽く頷きながらグラスを差し出してくるフリックに笑いかけ、酒を注ぐ。
 白い肌が僅かに朱色に染まっているのを眺めながら自分のグラスにも酒を注ぎ、グラスに口を付けた。
「良いことを発見しちまったぜ。」
 そう、内心で呟きながら。




























お題
「フリックさん自身も気付かないフリックさんの弱点を見つけてしまったビクトールさん」

私自身が彼の弱点を見付けられず。結局こんな子供だまし?な内容に。汗。
しかも妙な二段構え。なんじゃ、こりゃ?って感じでスイマセン。
前半は現在後半は過去でございます。過去編はまだ砦に着いてない位の時ですか。まだまだ相互理解の道は遠く。いや、まだ出来ておりませんが。笑!
補足するならば、フリックさんはジャンケンを勝負事だと考えておりません。ので、負けてもなんとも思ってないので気合いが入らないと。
じゃんけんも重要な勝負事だと気づいたら、きっと負け無しなヒトになると思うので、ビクトールさんにはこのまま黙っていて頂きたいなぁと思ったとか思わなかったとか。

そんな感じで。お粗末さまでした。(平伏)














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