「フリック。」
 柔らかい声が己の名を呼ぶのを耳に入れつつ、フリックはなんの反応も示さなかった。
 彼女が近づいてきた事は、随分前に気づいて居たけれど。
「フリック。」
 やや遠慮した様な声に自然と緩みそうになる頬をなんとか押しとどめ、寝たふりを続ける。
「フリックったら!」
 今度は拗ねたような声で呼ばれた。それでもなんの反応も示さないで居たら、今度は声と共に温かい体温が肩へと乗せられ、軽く身体を揺すられる。
「もうっ!意地悪しないでよ。起きてるんでしょ!」
 咎めるような、だけどどこか甘えるような響きを持つその声に、フリックはようやく閉じていた瞼を持ち上げた。そして、青い双眸を己の顔を見下ろす相手へと向ける。
「別に、意地悪なんかしてないぜ?」
 拗ねたような顔で自分の事を睨み付けてくるオデッサに向け、シニカルな笑みを浮かべてやりながらそう言えば、彼女は更に顔を歪めて見せた。年頃の娘とは思えない程、幼い表情で。
「してるわよ。私が近づいてる事に気づいてるくせに無視してるんだから。これは立派な意地悪よ。」
「だから、違うって。」
「何がどう違うって言うのよ。」
 腕を組み、妙に偉そうな態度でそう言いきるオデッサに苦笑を返しながら、フリックは寝転んでいた地面から上半身を持ち上げた。
 伸ばしていた足をゆっくりと曲げて胡座をかき直し、傍らに置いておいた愛剣を己の腰へと戻す。そうしてからようやく言葉を待っていたオデッサの顔を見上げて軽く首を傾げて見せた。
「無視してたんじゃないよ。オデッサの声に聞き惚れてたんだ。」
「・・・・・・・・・え?」
「オデッサが俺を呼ぶ声は、凄く心地良いから。」
 言いながらニコリと笑みかけてやれば、オデッサの顔にサッと朱色が走り抜けた。
 そんな自分の反応を誤魔化したかったのだろう。慌ててそっぽを向いたオデッサは、怒ったように声を尖らせながら言葉を発してくる。
「・・・・・・何そんな、口説き文句みたいな事を言ってるのよ。」
「俺はオデッサの事を愛してるんだ。口説き文句の一つや二つ、口にしてもおかしくないだろう?」
 だから非難されるいわれはないと瞳で訴えれば、オデッサは眦をつり上げて怒鳴り返してきた。
「私のフリックはそんな事言わないのっ!言葉じゃなくて、行動で愛を示してくれる人なんだからっ!」
「・・・・・・・・ふぅん。じゃあ、こうすればいいのか?」
「キャッ!」
 オデッサの言葉にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたフリックは、無防備だったオデッサの腕を掴み取り、己の方へと引き寄せた。そして、己の胸へと倒れ込んでくる柔らかい身体を優しく地面へと押し倒し、動きを封じるようにその身体の上に乗り上げる。
 何が起ったのか理解出来ていないのだろう。キョトンと目を丸めるオデッサに、フリックは嫣然と微笑みかけてやった。
「これで、お前は満足か?」
 その問いかけでようやく状況を理解したのだろう。カッと顔を紅潮させたオデッサが、ギロリとにらみ返してきた。
「・・・・・・・イヤな人ね。」
「今更だな。」
 ククッと喉の奥で笑い返し、目の前にあった柔らかな唇に口付ける。
 触れるだけの他愛もない口づけは直ぐさま終り、フリックは青い瞳をオデッサの一点の曇りも無い瞳へと、当てる。
 そして、そっと囁いた。
「・・・・・・・・・本当の事だ。」
「え?」
「名を呼ばれるのは好きじゃないが・・・・・・・・・オデッサになら、呼ばれても良い。」
「・・・・・・・・・フリック?」
 訝しむようにホンノ少しだけ首を傾げたオデッサに、フワリと笑いかける。そして、彼女の首筋に己の唇を落とした。
「だから、力を貸してやる気になったのかも知れないな。」
 そうじゃなきゃ、最初に名乗ったりはしなかっただろう。そもそも、アソコで彼女が自分に声をかけてくるタイミングを作ったりもしなかったと思う。彼女に声をかけられた時点で、自分は選んだのだ。彼女の事を。
 ゆっくりと、伏せていた頭を持ち上げた。そして、どこか困惑したように瞳を揺らすオデッサに、再度微笑みかける。
「・・・・・・・・・・お前が望むとおりで居てやるよ。お前の願いが、叶うまでは。」
 例え、何があろうとも。
 その言葉に、オデッサはフワリと微笑んだ。





























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君が為