人が増え始めたとはいえ、まだまだ人材も経済力も足りない連合軍は、城主自らが毎日の様に金稼ぎとレベル上げを兼ねた遠征や交易に参加するほどせっぱ詰まった状況だ。
 信頼を置ける兵士もまだまだ少なく、自然と城主と共に出歩く人員も決まってくる。それと同じように、城の運営に関する仕事に従事する人間も決まっていた。
 そんな中、前者はビクトールが振り分けられることが多く、後者はフリックに振り分けられることが多かった。
 ビクトールはともかくとして、フリックはこの国の者ではない。連合軍に参加している諸国の代表の多くは、その事に顔を顰めていたが、仕事を割り振っている軍師はそんな代表達の顔色を少しも気にしている様子が無い。逆に、どこか一国に有利になるように働く心配が無くて言いとまで言い切る位だ。当のフリックにしてみたら、諸国の代表たちの意見を聞き入れてくれたほうが気が楽なのだが。
 とはいえ、成り行きとはいえこの軍に籍をおいてしまっているので、上司である軍師の命令に逆らうこともできず、フリックは日々デスクワークに従事していた。
 たまに訓練指導をしたりもするのだが、遠征に借り出される事は少ない。大掛かりな戦闘になれば、部隊を率いて先陣を切ることになるのだが。
 そんなわけで、砦時代には毎日の様に顔を付き合わせていたビクトールとフリックは、この城に来てからというもの、ろくに顔を合わせていなかった。それを寂しいと思うのは、ビクトールの方だけだったが。




「おっ!珍しいな。昼のまともな時間に食堂にいるなんて。今日は休みか?」
 すれ違いの多い相棒の姿をレストランで見つけたビクトールは、その顔に満面の笑みを浮かべながら彼の人の元へと足早に近づいた。そして、有無を言わさず目の前の席へと、腰を下ろす。
 すぐに注文を聞きに来たウェイトレスに適当に注文を済ませたビクトールは、改めてフリックの顔を覗き込む。
 その視線とその前にかけられた言葉に、フリックはこれでもかというくらい不愉快そうに顔を顰めて見せた。
「・・・・・・・そんなこと、あるわけ無いだろうが。外に出ているお前はどうだか知らないが、俺には朝も昼も夜も休日も無い。シュウの野郎に良いように使われまくってる毎日なんだぞ。」
 そう一気に語ったフリックは深々とため息を吐き出した後、ビクトールに聞こえるか聞こえないかというくらいに小さい声で呟きをこぼした。
「・・・・・・・・いい加減、ストレスが溜まるぜ・・・・・・・・・・」
 その台詞は、どこかで聞いた気がした。ちょっと前に、どこかで。
 さて、どこだったかと首をひねって考えていたビクトールの様子になど目もくれず、手にしていたカップの中身をあおるように飲み干したフリックは、気合を入れるように必要以上に勢い良く、椅子から体を立ち上がらせた。
「さてと。そろそろ息抜きを終わらせないとうるさいのが呼びに来そうだ。俺は戻るよ。」
「もうか?まだいいだろ?」
「そうもいかない。まだまだ書類は山のようにあるからな。アレを終わらせないと、今日の睡眠時間が怪しい。」
「おいおい・・・・・。大丈夫か?あんまり根を詰めるなよ?きつそうなら、俺がシュウの野郎に・・・・・・・・・」
 思わずそう言葉をかけてしまった。自分が何を言おうと、あの軍師がこの優秀な男を使うことを止めるわけが無いと、分かっているのに。
 言われたフリックもそのことが良く分かっているのだろう。ほんの少し困ったような色を混ぜた苦笑を返してきた。
「何を言っているんだか。そんなこと、あいつが聞くわけ無いだろう?」
「それは、そうだが・・・・・・・・・・・・・」
「それに、書類整理に明け暮れることなんか、今更だ。どこかの隊長さんが、使い物にならなかったせいでな。」
 クスクスと笑いをこぼしながら言われた言葉の意味を取り違えることなど、ビクトールに出来るわけも無い。
 心配そうに翳っていた顔には、瞬時に不快を表す仏頂面が浮かび上がった。
「・・・・・・・・・・・それは、俺のことを言っているのか?」
「さあな。」
 ニッと口の端を引き上げたフリックは、軽く片手を振ることだけで辞去の意を示し、言葉も無くその場から立ち去ってしまった。
 その背がレストランの中から消えてなくなるまで見送ったビクトールは、彼の気配が完全に消えうせてから、深々とため息を吐き出した。
「ったく・・・・・。まともに話も出来ないなんてな・・・・・・・」
 これでは解放軍時代に戻ったようだ。いや、顔を合わせた途端に睨まれることはなくなったのだから、あの時とまったく同じということは無いのだが。
 それでも、今の状況は辛い。彼と共にいることから生まれる安心感を、楽しさを知ってしまった今は。
「こんなこと、昔は思いもしなかったんだがな・・・・・・・・」
 それだけ月日が流れたということなのだろうか。
「何はともあれ、まずは仲間探しか?あいつがやってる仕事を肩代わりしてくれそうなやつをひっ捕まえてくれば、その分体も空くだろうし。」
 その考えは、ただの希望的観測でしかないけれど。どんなに人が増えても、あの一癖もふた癖もある軍師がフリックを開放してくれるとは思えないけれど。
 それでも、そう思っていないとやっていられない。肌を合わせるどころか、ろくな会話も出来ない関係になりたくてあの少年を拾ったわけではないのだから。
「・・・・まぁ、ある意味自業自得ってやつなのかもな・・・・」
 ボソリと言葉をこぼしたところで、注文していた品が運ばれてきた。それに目をやりながら、まずはフリックが遠征に出られる環境にしようと、胸の中で呟くビクトールだった。















 日が傾きかけた頃に二週間程の遠征から帰り着いたビクトールは、直行した風呂場で旅の埃をざっと洗い流してから酒場へと足を向けた。
 本当は、長期の遠征の後には取るものも取らずにフリックの元に駆けつけたいところなのだが、遠征に出かける直前の彼の仕事状況を考えてみると、まず部屋に戻っているわけがない。だから、まずは時間つぶしと遠征の疲れを取るためにと、酒場へと赴いたのだ。
「おう!レオナ。長旅から帰ってきた俺に一杯奢って・・・・・・・・・・・」
 酒場に足を踏み入れた途端そう陽気にかけた声は、言葉途中で途切れた。何故なら、そこに思いもしない人物が居たからだ。今一番、会いたかった人物が。
「・・・・・・・・・フリック!」
「よお、ビクトール。今回は結構長かったな。」
 カウンターの席に座り、レオナと何かを話していたらしいフリックがビクトールの呼びかけに振り向き、にこりと、疲れが一気に吹き飛ぶ笑顔を向けてくれた。ただそれだけなのに、ビクトールの胸には熱いものがこみ上げてくる。
 そんな自分の喜びに震える心をなんとかなだめつつ、ビクトールは出来る限り冷静を装ってカウンターへと近づいていく。
「そう言うお前も。珍しいな、こんな時間から酒場にいるなんて。俺がいない間に仕事の体制でも変わったのか?」
「違うよ。今日はたまたまだ。」
「たまたま?」
「ああ。しばらくしたらデカイ仕事に出ないといけないことになったからな。ちょっと早いんだが、仕事の切れ目が良かったから、その準備に一日休暇を貰ったんだ。」
「へぇ・・・・・・・・」
「その仕事がお気に召したらしくってさ。なんだか妙に機嫌がいいんだよ。」
 レオナが入れた合の手に、ビクトールは軽く瞳を見開いた。
「そうなのか?どんな仕事だ?」
 与えられた仕事に眉間に皺を寄せることはあっても目に見えて喜ぶ事はそう多くないフリックが、ハタから見ても分かる程に機嫌を良くした任務というものに、俄然興味が湧いてきた。
 瞳を輝かせながら相棒の端正な顔を覗き込むと、彼は困ったように小さく苦笑を浮かべてくる。
「大げさだよ、レオナ。久々に外に出られるから、気分が高ぶってるだけだ。」
「そうかい?」
「そうだよ。軍の筆頭戦士に書類整理をさせすぎて、剣の腕を鈍らされても困るって、ただそれだけの理由で組まれた遠征なんだからな。仕事の質としては、たいしたものじゃない。」
「仕事の質はともかく、その仕事が楽しみなことには変わりないんだろう?」
「まあな。」
 ニヤリと笑みを浮かべながらそう問いかけてくるレオナに、フリックは今度は素直に頷き返していた。
「それは、否定しないよ。」
 言葉と共にふっと口元に笑みを浮かべたフリックが、手にしていたグラスの中身を一口含む。
 彼の周りに漂う空気が柔らかい。レオナの言うとおり、彼の機嫌が良い証拠だろう。砦に赴く前から自分たちと関わりのある彼女は、職業柄なのか、その手の気配にとても聡い。下手をすれば、ビクトールよりも敏感にフリックの気配を読む。それは、ほんの少し憎らしい事だけれど。
 ビクトールが胸の内で小さな嫉妬の炎をわき上がらせていると、レオナが目の前に空のグラスを差し出してきた。何事かと視線をレオナに向ければ、彼女はからかうような笑みを浮かべて寄越す。
「最初の一杯は、そこのご機嫌な相棒に貰いなよ。」
 そう告げた彼女は、厨房の奥からかかった呼び声に軽く返事を返しながらその場から立ち去ってしまった。
 その後姿を見送りながらボリボリと後頭部を掻いたビクトールは、チラリと、横に座る青年の端正な顔を伺い見る。
「って、言われたんだが・・・・・・・・・・・・・・・くれるか?」
「一杯くらいならな。」
 くすりと小さく笑ったフリックは、空のグラスに手にした酒瓶の中身を移しこんでくれた。その酒を、ぐいっとあおる。
 その香りと味は、安酒飲みのビクトールにも分かる程、上質のモノだ。ビクトールと同じように、基本的に酒は質より量の飲み方を選ぶフリックには珍しい。
 だから、なんとなく呟きが零れる。
「・・・・・・・・・・良い酒だな。」
「ああ。ちょっと、奮発したんだ。」
「なんで?」
「うん?・・・・・酒場に来るのも、久しぶりだったからな。」
 ビクトールの顔など見ずに答えたフリックは、小さく口元を引き上げた。
 その笑いには何かが含まれているような気がして、自然とビクトールの眉間に皺が寄る。
「・・・・・・・・・・・何かあったのか?」
「何かって?」
「それは分からないが・・・・・・・・・」
「分からないものを人に聞くなよ。答えようが無いだろ?」
 ビクトールの事をからかうような、馬鹿にするような表情でそう答えたフリックは、手にしているグラスに口をつけた。その彼に、普段と変わった所は少しも無い。レオナの言うとおり、少々機嫌が良さそうなくらいで。
 しかし、何かがおかしいと、ビクトールの勘が告げていた。それが何なのかは、さっぱり分からなかったが。
 いくら考えても答えが得られないであろう事に気がついたビクトールは、深く息を吐き出した。そして、気を取り直すようにニヤリと、笑みを浮かべてみせる。
「ま、いいさ。久々にお前と差し向かいで飲めるならな。その任務の出発はいつなんだ?」
「まだ決まってない。最低限片付けておかないといけない仕事が残っているからな。」
 そこで一旦言葉を切ったフリックは、ふいっと視線を流すと、何かを考えるようにわずかに瞳を細めてみせた。そして、小さく呟く。
「多分、一週間もかからないうちに出掛けるとは思うが・・・・・・・・・」
「そうか。じゃあ、お前が出掛ける前にゆっくり話をできるのは今日だけってことか?」
「ああ。そうだな。」
 それがどうしたと言いたげなフリックの視線に、ビクトールはニヤリと笑いかける。
「じゃあ、部屋でゆっくり飲み直さないか?話したいことも沢山あるしよ。」
 落ち着けるトコに行こうぜと誘いをかけると、言葉の裏に潜む誘いの意味を察したのだろう。フリックが小さく笑みを浮かべて見せた。
「・・・・・・・・・・そうだな。思えば、ここ最近お前とろくに話もしてなかったからな。」
「よし、そうと決まればさっそく移動するか。」
 ビクトールのその言葉に、フリックは綺麗に微笑み返すことで答えてきた。
 その笑みに、ビクトールの心臓は大きく脈打つ。この後の行為を思って。
 どれくらい振りなのか。記憶に無い程遠くに触ったフリックの体温を。肌の滑らかさを。甘い声音を思い出して。




























オフ用原稿から冒頭を抜粋。
やけに中途半端ですいません。上手く抜けませんでした。汗。
続きは現在発行している「偽」本編でお楽しみ下さいませ(宣伝/笑!)









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序章