二週間程の交易兼レベル上げの旅に出ていたフリックは、帰り着いた城が妙に華やいでいる事に首を傾げた。別にお祭りの時期でも無いのにと。
 だが、その疑問はすぐに解消された。城のロビーのど真ん中に設置された、緑色の物体を目にして。そして、その物体に括り付けられた色とりどりの札を見て。
「もう、そんな時期だったか・・・・・・・・」
 小さく呟く。その声を聞きつけた訳ではないだろうが、俯いて何やら真剣に作業していたチッチが顔を上げた。そしてフリックが居る事に気付き、パッと顔を輝かせる。
 ぴょんと軽い動作でその場に立ち上がったチッチは、跳ねるような足取りで近づいてきた。
「お帰りなさい、フリックさんっ!どうでした、首尾は?」
「そこそこって所かな。これからシュウの所に報告に行くが、チッチも来るか?」
「そうですね。ちょっと待ってて下さい。」
 フリックの言葉にコクリと頷いたチッチは、今までやっていた作業を他の者に引き継ぐためか、クルリと背中を向けて駆け出した。だが、その動きはすぐに止り、チッチはもう一度フリックに向き直った。
「そうだ、フリックさん。フリックさんもお願い書いて下さい!」
「お願い?俺が?」
「はい。今、紙とペンを持ってきますからねっ!」
「あ、おいっ!」
 書くとも言っていないのに、チッチは跳ねるようにして立ち去ってしまった。そんなチッチの行動の早さに苦笑を浮かべたフリックは、彼が戻るまでの暇つぶしにと、笹の葉に括り付けられた紙の札に視線を向けていった。
 もうそろそろ七夕なのだと言う事を気付かせたモノに。
 括り付けられた札に書かれた願い事は、大体は恋人や家族の無事を祈るものだ。他には、戦いの終結を望むものが多い。
 可愛らしい文字で書かれた恋の成就を願うモノも、沢山あったが。
 匿名だからか、好き勝手な事を書いているモノも、それなりにあった。それは、戦時中で暗くなりがちなところを明るく盛り立てていこうという配慮なのか、元々そういう願いを叶えたいと思っているだけなのか、ただの冷やかしなのか。判別に悩む所だが。まぁ、それはそれで良いだろうと妙な願い事は見なかった事にすして、他のモノに目を移した。
『フリックさんと恋人になれますようにっ!』というのは、ニナの願いだろう。名前は書いていないが、簡単に分かった。
 そんな事を願った所で叶うわけがないだろうと内心で呟きながら、次の札に視線を落とす。
『ツケが全部払われますように』というのは、レオナか。
『みんなの怪我が早く良くなりますように』というのはトウタだろう。
『昔みたいに、みんな一緒に過ごせるようになりますように』というのは、ナナミの願い。
『皆が幸せになりますように』というのは、チッチの。
 その短い一文から、彼の思いが読み取れる。無記名で書かれた願いなのに、人の目を気にして選んだ言葉なのだろう事が。
 小さい彼の肩に乗ったモノは、とても大きく、重い。戯れのようなこんな願いの札にも、分かりやすい本心を書けないくらいに。
「もう少し、ガキで居ても良いと思うんだけどな・・・・・・」
 そうは思うが、そう出来ない事は分かっている。そう出来ない運命に引き入れる手伝いをしたのが、自分達だと言う事も。
 小さく息を吐き出す。そして、気持ちを切り替えるように次々と枝につり下がる札に手を伸ばし、眺め見ていったフリックは、子供の手には届きそうもない高い位置に括り付けられた札に気が付いた。高いだけではなく、人の目から隠すように、見えにくい場所を選んで括り付けられている札に。
 ソレを目にして、数度瞬いた。そして、そうまでして隠したがっているのだから、見ないでやった方が良いのだろうかと、考え込む。
 が、好奇心が勝った。人目を忍んで。しかもこんな戯れのような方法を使ってでも願うモノはなんなのだろうかと、思って。
 ヒョイと手を伸ばして札に手を触れた。そして、その文面に目を通して軽く瞳を見開く。
「・・・・・・・・全く。あの馬鹿は・・・・・・・・・・・」
 クスリと、小さく笑いが零れた。とても自然に。
 言葉程呆れておらず、馬鹿にもしていない声音で。むしろ、どこか優しさが滲んで見える声で。
 手にしていた札を手から放し、見え難くなるようにと枝を整えてやる。
 確かにコレは、あまり見られたく無いだろうなと、思って。あんなことを書くのは、彼のキャラではない。だが、心の底からそう思っているであろう事を、フリックは知っている。彼は長い事ずっと、その事を気にしているから。
 だから、人目から隠してやった。
「すいません、遅くなりました。はい、コレっ!」
「ああ、有難う。」
 ぱたぱたと軽い足音をたてながら駆け寄ってきたチッチに笑い返し、差し出された札とペンを受け取った。そして、しばし考えてから手にした札にサラサラと文字を書き込んだ。
 いつも書く文字とは違うクセを付けて。誰が見ても、自分の文字だとは分からないであろう文字で。
 そして、括り付ける枝を探すようにさり気なく笹の周りを歩き、先程隠した札の反対側に、同じようにちょっとやそっとの事では見えない位置に縛り付ける。
 自分の作業に満足して薄く笑んだフリックは、大人しくその作業を見守っていたチッチに向き直ってニコリと、笑んだ。そしてゆっくりと、彼の元へと足を向ける。
「待たせたな。行くぞ。」
「はい。」
 チッチの元に戻って声をかければ、彼はコクリと頷いた。
 横に並んでゆっくりと歩き出す。どちらからも話題を振らずに、黙々と。
 しばらくの間黙って足だけを動かしていたチッチだったが、痺れを切らしたらしい。フリックの顔を覗き込むようにして問いかけてきた。
「フリックさん。」
「うん?」
「フリックさんは、なんてお願いしたんですか?」
 予測していたその問いに、フリックは軽い手つきでチッチの頭を叩いてやった。そして、柔らかな声で言葉を返す。
「『誰も失わずに終わりますように』ってな。」
「失わずに?」
「ああ。お前もナナミも、ジョウイもな。」
「・・・・・・・フリックさん・・・・・・・・・」
 泣きそうに顔を歪めるチッチに、フリックは柔らかく微笑みかけた。そして、頭をグリグリとなで回す。言葉もなく。だが、お前の気持ちは分かっていると、その行動で示すように。
 それだけで、彼には充分だろうと思う。彼は悲しいくらいに聡い子供だ。何も言われなくても言いたい事は受け取ってくれるだろう。
 チッチがグイッと、拳で眦を拭った。そしてニコリと、真夏の太陽の様な笑みを返してくる。
「早くシュウさんの所に行きましょう!きっと、待ちくたびれてますよ。」
「そうだな。アイツは気が短いからな。」
 いつもと同じ明るいテンションで語りかけてくるチッチに、フリックのいつもと同じ調子で言葉を返した。その事に安心したようにホッと息を吐き出したチッチが、ニコリと顔を綻ばせる。
 そして、今気付いたというように大きく瞳を見開いた。
「そう言えば、シュウさんにはまだ札を書いて貰ってないんですよ。折角だから、書いて貰ってこようかな。」
「シュウにか?アイツは願い事をするようなタイプじゃ無いだろ。」
「・・・・・確かに。それに、書いたとしても何を書くか想像出来ますよね。」
「そうだな。」
 そこで一旦会話を止めた二人は、顔を見合わせてクスリと笑い合った。
「・・・・・・賭けるか?」
「賭けになりませんよ。だって・・・・・・・・・」
「「資金の充実・軍事力アップ」」
 綺麗に声を合わせてそう言った二人は、しばし間を開けてからクスクスと軽い笑いを零し合った。
 そんな風に笑われているとは、本人気付いていないだろうが。
 一頻り笑い合った後、チッチが会話を続けてきた。
「7日の夜は、パーティもするんですよ。」
「へぇ。良くシュウが許したな。」
「ナナミとボクで泣き落とししましたから。」
「はははっ。それは駄目とは言えないな。」
 他愛の無い言葉を交わしながら、ゆっくりと廊下を歩いていく。
 エレベーターを使わずに、あえて階段を使って。時間を稼ぐように。
 彼が、細い肩に沢山の重い荷を乗せた彼が、少しでも肩の荷を感じずに居られるように。ただの少年で居られる時間を作るために。
 かつて、傍らに立っていた女の為にそうしたように、肩肘を張らないでいられる空間を作ってやる。
 それは、彼がただの少年であった頃に出会っていた自分達にしか出来ない事だろうと、思うから。
 彼が幼い頃から共にいるナナミには出来ないだろう。彼女の前では、チッチは余計に自分を作ってしまうから。
 だから、自分達が手を出してやらねばならないだろうと、思う。彼が子供に戻る空間を。
 そんな空間を作り上げ、チッチの話に耳を傾けながら、先程見た、意図的に隠された札の事を思い出す。
 そして、自分が書いた一文の事を。
 チッチに聞かれ、答えた願いは、確かに自分の願いだ。だが、書き留めた願いではない。アレを見なければ、チッチに告げた言葉を書いただろうが。
 いつも雑に、彼にしか読めないのではないだろうかと思う程雑に、書き殴るような文字を書く彼が、一文字一文字、誰にでも読めるように丁寧に書き込んでいた。真剣な思いをその文字の一つ一つに込めるように。
 だから、あの札を誰が書いたのか、この城に住む殆どの人間には分からないだろう。
 願いの札には、名前が入っていないから。それを狙って丁寧に書いたわけではないだろうが。
 傍らを歩き、嬉々として話を続けているチッチには分からないように、小さく笑んだ。
 彼の願いも彼らしくないが、自分の願いも自分らしく無いなと、思って。
 でもまぁ。
「たまにはな。」
 一年に一度の恋人達の逢瀬の日だ。
 そんなのも悪くない。
 そう胸の中で呟きながら、フリックはニコリと微笑んだ。

















願い事は、相手のために。






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