目の前で凄い勢いで皿を片付けていく男の姿を、フリックは呆然と見つめていた。その食いップリに感動するやら呆気に取られるヤラで。
 その姿を目にしている内に元々旺盛ではなかった食欲は一気に無くなった。
「・・・・・・・・・・コレも食って良いぞ。」
 自分の目の前にあった皿をそっと押しやりながら声をかければ、向かいの席で人間とは思えぬ食欲を発揮している男・・・・・・・ビクトールが、満面の笑みを浮かべて返してきた。
「おっ!そうか?悪いなっ!」
 全然悪いと思っていなさそうな態度で押し出された皿を引き寄せたビクトールは、喜びの色を隠そうともせずに言葉を返し、皿の上の料理をあっという間に平らげ、追加注文までし始めた。
 そんな男の姿を観察していたフリックは、急に込み上げてきた胸焼けのような、吐き気のような。どちらにしてもあまり良い気分では無いモノを感じて眉間に皺を寄せた。それを飲み下すために、ウェイトレスがサービスで持ってきた茶をゆっくりと胃の腑に流し込んでいたら、急にビクトールが顔を上げてきた。
「・・・・・・・・お前。あまり食ってねーんじゃねーのか?」
 人の食い分まで食っておいて今更何を言い出すのだろうか、この男は。
 本気で呆れ、一瞬返す言葉を失った。だが、すぐに気を取り直し、いつも通りの「自分」らしい言葉と表情で言って返す。
「お前の人間離れしている食いップリを見ていたら、食欲なんか失せた。」
「あぁ?なんだと、てめぇー。」
 途端にすごむように睨み付けてきたビクトールに、フリックは鼻で笑い返してやる。
「そう言えば、オデッサに会ったときも食い逃げしてたんだって?稼ぎが少ないなら稼ぎに見合った食事の量を取るようにしろよな。じゃなきゃ、川で魚でも捕ってこい。無駄飯食いを囲っていられる程、裕福じゃないからな、俺たちは。」
「・・・・・・・・・・・たまに話しかけてきたと思ったらそれかよ・・・・・・・・・・・・」
 唸るような口調でそう言葉をかけてくるビクトールの様から、彼が本気で腹を立てている事が知れた。が、あえて気づかないふりをする。
「俺から話しかけた訳じゃない。お前が話しかけてきたから、相手をしてやってるだけだ。」「・・・・・・てめっ!」
「あら、二人で食事なんて、珍しいわね。」
 怒りを迸らせてその場に立ち上がったビクトールが向かいの席に座るフリックの胸ぐらを掴み上げようと腕を伸ばした瞬間、明るい声がかけられた。
 相変わらず良いタイミングで声をかけてくる。狙ったわけではなく天然でソレが出来るのが彼女の凄い所だと、ホンノ少し感心しながら、フリックは声の主へと顔を向ける。
 端整な顔を、イヤそうに歪めながら。
「・・・・・・・別に一緒に食事をしていたわけじゃない。たまたまここしか席が空いてなかったから、相席になっただけだ。」
 確かな事実を恋人に告げる。しかも後から来たのはビクトールの方なのだ。自分が呼び寄せたわけでもないのに、勝手にズカズカと。
「そうなの?凄く楽しそうだったけど。」
「・・・・・・・何をどう見たらそう思うんだよ、オデッサ・・・・・・・・・・」
 明るい声で見当違いの事を言ってくるオデッサに、フリックはこれ以上無いくらいの渋面を作って見せた。確かに、彼の食いップリは見ていて面白いモノもあった。いや、面白くはない。だが、思わず見つめ続けてしまった。彼程の食欲を発揮する人間を、今まで見た事がなかったために。
 とは言え、彼と二人で居る事を楽しんでいた覚えはない。最後は少々険悪とも言える雰囲気だったのだから。まぁ、それは自分がそうなるように仕向けたのだが。
 なにをどう見ても『楽しそう』という事には当てはまらない気がしたのだが、オデッサはフリックの意見を聞き入れようとはしなかった。
「どこからどう見てもよ。あ〜あ。私もお腹空いちゃった。一緒しても良い?」
 問いかけながらもさっさと席に着くオデッサは、断られる事など考えても居ないのだろう。
 実際、断ったりしないからそんな強引な行動をされた所で腹も立たないが。
「ああ。オデッサなら歓迎だ。」
 態とらしくそう口にした途端、向かいの席に座していた男が食いついてきた。
「・・・・・・誰だと歓迎出来ないってーんだ?」
「さぁな。どうしても知りたきゃ、トイレにでも行って鏡を見て来いよ。多分、そこに居るから。」
「・・・・・・・・・・てめぇは・・・・・・・・・・・・」 
「ねぇ、フリック。どれが美味しかった?」
 二人の会話を無視するようにオデッサ割って入ってくる。
 今のタイミングはかなり意図的なモノだ。だが、意図的だろうと天然だろうと、フリックはオデッサの言葉を無視する事はない。オデッサは、『フリック』にとって何よりも大切な『恋人』だから。
「そうだな、オデッサの好みで言うと・・・・・・・・・・・・・」
 メニューを広げる彼女の手元を覗き込みながら品名を指さし、説明を加えていく。その一つ一つに頷き全ての説明を聞き終えたオデッサは、腕を組んで考え込んだ。かなり真剣に。何を注文するべきなのか、考えているのだろう。
 彼女の胃袋はそう大きくない。全てを頼む事は出来ないのだ。
 悩みに悩んだ彼女は、決意したように大きく頷き、ビクトールへと視線を向けた。
「ビクトール。」
「あ?なんだ?」
「まだ食べられる?」
 その質問が意味する内容は、聞かれたビクトールだけではなくフリックにも伝わった。そして二人は、全く逆の反応を見せる。
 ビクトールは嬉しそうに顔を綻ばせ、フリックはこれ以上無いくらいイヤそうに顔を歪め、綺麗な青色の瞳に非難の色をありありと浮かび上がらせる。
「オウッ!任せておけっ!まだまだ行けるぜっ!」
「頼もしいわね。ビクトール。ソウイウ人、好きよ。」
 馬鹿みたいな食欲に頼もしさなどを感じてどうするんだと内心で突っ込みながら、フリックは深々と息を吐き出した。
「・・・・・・・・今月もまた、エンゲル係数が上がりそうだ・・・・・・・・・・」
 このままではいつまで経っても貧乏解放軍のままかも知れない。
 そんな事を胸の内で呟きながら、フリックはぬるくなった茶を一口啜った。
 どんなにオデッサに誘われようと、上がり続けるエンゲル係数を押しとどめるため、絶対に自分はその食事に加わらないぞと、決意を固めながら。

























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食いップリ