その日、ビクトールは珍しく執務室に居た。と言っても、仕事をしていた訳ではない。フリックに説教をされていたのだ。
 酒代が嵩んで今月の砦の資金繰りが厳しくなっているのはどういうことだ、と。
 最初の二ヶ月三ヶ月は小言程度で終わっていたフリックの説教は、半年以上も同じ状況が続いている今現在、説教などと言う生やさしいモノではなくなっている。
 朝食後に呼び出されたビクトールは、昼めし時に近くなった今になってもまだ、執務室の中央に正座させられているのだから。
 最初の一時間は、普通に説教された。次の一時間は今月の砦の出納帳を見せられ、金の動きを事細かに教えられた。次の一時間には、どうやって調べたのか分からないが、隊員一人一人の金の使い方について教えられ、それが終わった途端、ビクトールは正座をして反省するように言い渡された。
 フリックは既に自分の仕事に戻っている。文官は、ビクトールが説教を受けている間にもせっせと書類を片付けていた。
 砦にやってきた当初はフリックがビクトールへの説教を始めるたびにビクついていたものだが、今はもう慣れたらしい。少々のことでは動じない。全く持って頼りになる。だからこそ、フリックも容赦なくビクトールに説教するようになったのだろうが。
 深々と息を吐き出して床を見つめたビクトールは、先程見せられた出納帳の数字を思い出した。どこもかしこも真っ赤だったソレを。
 あれだけ赤いと言うことは、今頃砦は火の車になっているはずだ。だが、実際はそんなことは無い。給料は淀みなく支払われているし、食事もちゃんと出る。いくらツケで飲んだとしても酒が途切れる事は滅多にないし、医薬品も揃っている。だからこそ、今まで危機感を感じないで生活をしていたのだ。少々羽目を外しても大丈夫だろうと、判断して。フリックがギャーギャー言ってくるが、大げさに言っているだけだと判断して。
 しかし、大げさなのではなく、現実だった。コレはかなり厳しい感じだ。数字に弱い自分でも分かるほど、マイナス数値が高いのだ。
 では何故、今まで困窮しないで生活出来ていたのだろうか。その赤を、何が埋めていたのだろうか。
 ソレが大いに気になる。
 多分、フリックは知っている。この砦の内側の事はフリックが一番よく分かっているのだから。隊長である自分よりも。
 でも、基本的に隊長である自分を立ててくれているフリックが、自分に内緒で金の工面をしているというのは腑に落ちない。アナベルに黙っているように言われているのだろうか。いや、アナベルがそんな金を出すわけがない。アノ女はかなりその点厳しいのだ。必要以上の金を出してはくれない。
 では、いったいどうやって?
 正座をしたままビクトールの頭はグルグルと回り始めた。何やら妙にその事を考えないといけない気持ちに捕らわれて。
 そんなビクトールの耳に、けたたましく開かれるドアの音が飛び込んできた。
「たっ・・・・・・・・・隊長っ!」
「おう、どうした?」
 フリックが立って良しと合図してこないので、正座をしたまま首だけを動かし、慌てる部下の顔を見やれば、部下はビクトールのそんな態度に首を傾げて見せた。
「・・・・・・・何してるンスか?隊長。」
「反省。それよりもなんだ?そんなに慌てて。」
 簡潔に答えて言葉の先を促せば、部下はそれ以上ビクトールの現状を気にした様子もなく、大きく頷き返してきた。
「そ、そうですよ、隊長っ!早く来て下さいっ!!」
「だから、どうしたんだよ。」
「賞金首ですっ!」
「・・・・・・・・・はぁ?」
「賞金首の大群が、押し寄せてきてるンスよっ!」
「はぁ?!なんでだ?!」
 告げられた言葉は全く予想外のもので、ビクトールは素っ頓狂な声で問い返した。だが、問われた部下にもわけが分からないらしく、ただただ慌てたように捲し立ててくる。
「知りませんよ、そんなことっ!とにかく、みんなで応戦してるんで、隊長もお願いしますっ!」
「分かったっ!任せろっ!」
 気合い充分に立ち上がったビクトールは、立ってからしまったと顔を歪めた。立って良いという指示がいまだに無いことに気が付いて。フリックの言葉を待たずして立ち上がってしまったので、彼はきっと眦をつり上げて自分のことを見ているに違いない。雷の一発くらいは食らわされるだろう。そう思い、恐る恐る、扉に向かいかけていた身体を振り向かせる。
 だが、そこには想像していたようなモノはなかった。逆に、想像していたモノとは逆の、機嫌良さそうに微笑むフリックの姿がある。
「フ・・・・・・・・・・・フリック・・・・・・・・?」
 その笑みに不穏なモノを感じて問いかけると、彼はニッコリと笑い返してきた。そして、機嫌良さそうな声がかけられる。
「死なない程度に叩いてふんじばっておけよ。取り分が減るからな。」
 その指令に、ビクトールは瞬時に覚った。
「この事態を巻き起こしたのは、この男だ。」
 と。 
 何をどうしたのか分からないが、絶対にそうだ。
 理由は多分。というか、まず間違いなく、金のために。
 そんなビクトールの考えを肯定するように、フリックが檄を飛ばしてくる。
「借金返済の為に頑張れよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・了解。」
 頷くことしか出来ずに、ビクトールは執務室から踏み出した。
「自分達の尻は、自分達で拭うさ・・・・・・・・・・」
 そう、呟きながら。
























そんな日常。













                ブラウザのバックでお戻り下さい。






ただいま反省中