「俺は明日から遠征だってよ。」
 自室で酒を飲んでいたら、シュウに呼び出されたビクトールが、ノックも無しに部屋に入り込むなりそう告げてきた。その言葉に、フリックは苦笑を浮かべる。
 それは、彼が呼び出された段階で分かっていたことだ。ビクトールにも分かっていただろう。それでも愚痴を零したくなる彼の気持ちも分かるので、フリックは手にしていたグラスを彼の目の前へと差し出してやった。そして、ニヤリと口角を引き上げて笑う。
「晴れたらいいな。」
「・・・・・・・・・・・・・まったくだ。」
 差し出されたグラスを受け取ってその中身を一気に飲み干したビクトールは、ガンっと音をたててグラスを机の上へと戻した。
 その空いたグラスに手近な瓶から新たな酒を注ぎ、自分はその瓶に直接口を付ける。度数が高い酒が胃の腑を焼くのを感じながら、フリックはチラリと窓の外へと視線を向けた。
「絶望的っぽいけどな。」
「・・・・・・・・・・・・言うな。」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で呻くビクトールに、フリックは意地悪く笑いかけつつ、酒瓶を傾けてながら窓の外を見つめ続ける。
 太陽が沈みきり、真っ黒い闇を映している窓には大粒の雨が叩き付けられていた。風の音も強い。ただの雨風と言うよりも、嵐と言った方が良いのではと思う位にその勢いは強かった。
 気象を読むことに長けた者達は、この雨風は数日続くと言っていた。そんな中出歩きたいと思う奴はそういないので、自然と皆、城内に留まっている。毎日のように出される近隣のモンスター退治も休みになっているくらいだ。
 にもかかわらず、ビクトールに遠征の指令が来た。気の毒だとしか言いようがない。
「どこまで行くって?」
「サウスウィンドウだ。この雨で止っている荷を運んで来いとよ。急ぐらしい。」
「なるほど。お前向きの仕事だな。自分が体力馬鹿じゃなくて良かったとつくづく思うぜ。こういう時は。」
「・・・・・・・・・・・うるせぇ。」
 フリックの言葉に、ビクトールが不愉快そうにムッと顔を歪ませる。そんな彼の様子を目にして喉の奥でクツクツと笑いを零しながら、空いたビクトールのグラスに酒を注ぎ足した。そして、何の気無しに言葉を発する。
「こういう時、ビッキーが居ると便利で良かったと思うよな。」
 その懐かしい名に、ビクトールは驚いたようにちょっと目を見開いた。だがすぐに苦笑を浮かべて返してくる。
「ビッキー?あの惚けたガキか?まぁ、アイツが居たら移動が楽っちゃー楽だけどよ。あんま、アイツの力に頼るのもなぁ・・・・・・・・・・」
「時々妙な所に飛ばされるから頼りたくないって?」
「そうそう。しかも急いでる時だったり、アクルが居ない時とかに妙な所に飛ばされるんだよな。勘弁して欲しかったぜ、アレは・・・・・・・・・」
「そうか?俺はそこそこ楽しかったけどな。適度な緊張感があって。」
「お前はよう・・・・・・・・・・・・・・」
 何かを言いたげにうめき声を漏らしたビクトールだったが、結局口にすることは止めたらしい。深く息を吐いた後、手にしていたグラスに口を付け、ゴクリと一口喉に流し込んだ。そして、諦めたような口調で呟きを零す。
「まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがないからな。諦めて自分の足で歩いて行くさ。」
「潔いな。」
「明日の朝になったら晴れてるってー望みは、まだ持ってるしな。」
「持たないと行く気が萎えるからか?」
「ああ。」
 軽く肩をすくめながら頷くビクトールにニッと笑いかけたフリックは、再度窓の外へと視線を向け、瞳を細めて屋外の気配を探る。
 生まれ育った地ならば、空気の流れである程度天気の予測が立てられるのだが、この地には来たばかりなのでソレが出来ない。だからフリックには明日の天気の予測をする事が出来ないのだが、明日の朝までに晴れそうな気配が微塵もない事くらいは分かる。むしろ、雨風の勢いは強まるのではないかと思う。
 それを確認したフリックは、窓の外から目の前に座す男の顔へと視線を移した。そして、ニッコリと爽やかな微笑みを浮かべてやる。
「風邪を引いて帰ってきたら、見舞い品の一つくらいくれてやるよ。」
「・・・・・・・・・・・てめぇ。俺が濡れるのは確定かよ・・・・・・・・・・・・」
「ああ。でも、風邪を引く確立は低いだろうな。」
「あ?なんでだ?」
 軽く眉間に皺を刻みながら問いかけてくるビクトールに、フリックはこれ以上ない程ニコヤカに笑いかけてやった。
「馬鹿は風邪を引かないモノだからな。」
「・・・・・・・・・・・・てめぇ・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ギリギリとビクトールの眦がつり上がる様を見つめてクツクツと軽い笑いを零したフリックは、酒瓶に口を付けた所でふとあることを思い出した。その思い出した事を告げるために、己を睨み付けているビクトールへと視線を向け直す。
「そうだ、ビクトール。」
「あん?まだなんかあんのかよ。」
「てるてる坊主を作ったらどうだ?」
 その言葉に、険悪な雰囲気で言葉を返してきたビクトールの動きが止った。ポカンと口を開け、間抜け面を晒しながら。
「・・・・・・・・・・・・あ?てめ、今、なんて・・・・・・・・・・・?」
 ようやく我に返ったのか、数度瞬きを繰り返した後、ビクトールが恐る恐ると言った様子で問い返してくる。そんなビクトールに、フリックは普段は見せない無邪気な笑顔で答えを返してやった。
「てるてる坊主を作ったらどうだって、言ったんだよ。アレをつり下げて天の神様にお願いすれば、明日の朝までには雨が止むかも知れないぜ?」
 そう言いながら笑いかける顔には、からかいの色を欠片も乗せないでおく。本気で言っているのだと思わせるために。子供のように純真な眼差しでビクトールを見つめる事に専念する。
 そんなフリックの思惑に、ビクトールは上手く引っかかったようだ。口をパクパクさせた後、妙にひっくり返った声で言葉を返してきた。
「てっ・・・・・・・・・・てめっ!てるてる坊主なんて、いったい何処でっ!」
「解放軍時代にオデッサが作っていたんだ。アイツが作ると100発100中で雨が止んだぜ?てるてる坊主には凄い御利益があるんだって言ってたな、オデッサは。」
 だからお前も作ってみろと瞳で促す。そんなフリックの瞳に、ビクトールは狼狽えるように瞳を揺らした。
「・・・・・・・・フリック。お前の夢を壊すようで悪いんだが、あれはよう・・・・・・・・・・・・」
 子供だましなまじないで、効力など欠片もないのだと言いたかったのだろうが、ビクトールは言い淀んでいた。それを口にしたらフリックとオデッサの美しい思い出に水を差すとでも思ったのだろう。
 それを分かっていながら。てるてる坊主など吊した所でなんの意味もないと分かっていながら、フリックは邪気の無い微笑みを振りまき続けた。さぁ、作れと言わんばかりに。
 その瞳に晒され、何度も口を閉じたり開いたりという作業を繰り返していたビクトールだったが、観念したのか、ガクリと肩を落とした。そして、力の無い声で呟きを落とす。
「・・・・・・・・・・・分かったよ。作れば良いんだろ、作れば・・・・・・・・・・・」
 言いながらノロノロと椅子から立ち上がり、てるてる坊主を作る為の材料を物色し始める。そんなビクトールの背中を見つめながら、フリックはクツクツと軽い笑いを零した。
「最初から素直に作っておけよ。」
 自分に口でかなうわけがないのだから。
 ビクトールには聞えないように胸の内でそう零したフリックは、瓶に口を付けて酒を一口飲み込んだ後、窓の外へと瞳を向けた。部屋の窓には未だに激しく雨粒が叩き付けられている。強風のせいで、建物も微かに揺れている感じがした。
 明日の朝になっても雨が止んでいなかったら、軽く罵ってやろう。オデッサ程天の神様に愛されていない彼のことを。
 もし、止んでいたら・・・・・・・・・・・・・・
「オデッサのことを褒め称えておくか。」
 翌朝の計画をそう立てたフリックは、なんだかんだ言いながらも楽しげにてるてる坊主を作り始めたビクトールの姿を眺め見ながら微笑んだ。
 こんな空間も悪くないと、胸の内で呟きながら。































普段の会話はアホっぽいと思う。







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