フリックという男は、大変に分かりづらい。
 単純そうに見えてとても複雑で、複雑そうに見えて大変単純だったりするので。
 機嫌の善し悪しも見分けにくい。ニコニコしているからと言って上機嫌の訳ではなく、仏頂面だからといって機嫌が悪いわけではない。凍り付くような眼差しで人を睨み付けながらも上機嫌だったり、これ以上ないくらい綺麗な笑顔を振りまきながらもキレる一歩手前だったりもする。
 そんなわけで、人よりも長い年月フリックとつき合っているビクトールにも彼の機嫌を推し量る事は難しかった。
 とは言え、基本的にスッキリした性格の男なので、逆鱗に触れて怒らせてもそれを後に引きずる事はないから、コソコソと機嫌を窺う必要はない。思うとおりに行動し、怒られたら謝れば良いだけの事だ。そう考え、ビクトールはとくにフリックの機嫌を窺うことなく日々を過ごしていた。
 その日も、怒られると分かっていながらも昼過ぎまで寝こけたビクトールは、それでも寝足り無いと屋上へと足を向けた。そして、誰もいない屋上で大の字になって寝転がり、惰眠を貪る。
 丁度良いくらいに雲が出ているので暑くもなく、寒くもない。日頃の行いの良さを神様が認めてくれているのではと思うほど、心地良い気候だ。
 その柔らかな日差しと気温を誘われ、ビクトールはうとうとし始めた。
 このまま夜まで寝てしまおうか。
 そう思った瞬間、唇に柔らかな感触が触れた。
 突然の感触に驚いた。そこまで接近されていたことに気付きもしなかったから、余計に。
 そんな事を仕掛けてきた犯人の顔を拝むために目を見開きたかったが、あまりの眠さにそれは出来なかった。それでも根性を振り絞って瞳を開いて飛び起きたビクトールだったが、その時にはもう、誰の姿も見当たらなくなっていた。立ち去った気配はまったく無かったというのに。近づいてきた気配も、無かったのだけれど。
 少し曇った空を見上げながら、ほくそ笑んだ。あそこまで完璧に気配を殺せる人間を一人しか知らない。だから、完璧に気配を消せば消すほど、それが誰なのか丸わかりなのだ。
 まぁ、本人には自分の存在を隠しているつもりは皆無だろうが。普通に立ち動いていてあの状態らしいから。
 そんな男の習性を思いながら、ビクトールは唇の端をつり上げた。
「どうせなら、目を覚ましてる時にやれよな。」
 小さく呟きを漏らしながら、再度瞳を閉じ、ゴロリと屋上の床に寝転がった。そして、意識を眠りの底へと引っ張り込む。
 目を覚ましたらアイツを見つけ、お返ししてやらねばと、思いながら。










 ぽっと出来た暇な時間の潰し方に迷ったフリックは、なんとなく屋上に足を向けた。
 満月の夜には良く立ち寄る場所ではあるが、昼間はそう立ち寄らない場所なのに、なんとなく。
 何故そんな所に足を運ぶ気になったのかわからないが、行きたいと思ったので素直に足を運んだ。
 そして、そこの狭い床の上で大の字になって寝こける男を発見し、深く息を吐き出した。呆れたと言わんばかりに。
「何をやっているんだか・・・・・・・・」
 今日はいつも朝に行われる会議がないからと言って、昼過ぎまで寝ていたのは知っていたが、いい加減起きて何かをしていると思っていた。どうやら買いかぶりすぎていたらしい。
「まぁ、お前がやる事なんてたかが知れてるけどな。」
 クツクツと喉の奥で笑いながら、男の顔の横にしゃがみ込んだ。そして、幸せそうな寝顔を晒すビクトールを眺め下ろす。
 全くもって緊張感がない顔だ。自分が敵だったら、今頃彼は死んでいるというのに。
「俺が味方で良かったな。」
 クスリと軽く笑みを零す。そして考えた。彼と出会わず、ミューズに行く事になっていなかったら、自分はハイランド軍で戦っていたのかな、と。
 だが、その考えはすぐに首を振って否定する。
 ルカの戦い方は好きじゃない。殺めなくて良いモノを根こそぎ倒していくアノやり方は。そんな事をしたら、国が疲弊するだけだ。
 女は子供を産み、子供は未来を作ると言うのに。それらも殺してしまっては、先に進めなくなる。
 男も無意味に殺すべきではない。女だけでは子供は生まれないのだから。
 上に立つ者でありながら、そんな事も考えずに己の思うままに殺戮を繰り返すルカの行動には、嫌悪感すら感じる。絶対に、自分とは相容れないだろう。
「コイツと居て、良かったって事かな。」
 今現在、心が満足する戦いをしていられるのだから。彼が自分を誘ったから。あの山村で。
 彼があの村まで自分を運び、怪我を治す事に奔走したから、今自分は此処にいる。彼が居なくても死にはしなかったと思うが、この戦いに参加する事は無かっただろう。
「・・・・・・・・感謝するべき事だろうな、コレは。」
 一応礼は言ってあるが、あの時は彼がここまで楽しい出来事を提供してくれるとは思っていなかったから、適当な言葉を発していた。
 心があまりこもっていない、適当な言葉を。
 人に促されて。
「・・・・・・・・有難う。」
 そっと囁き、薄く笑んだ。そして、眠る彼に口付ける。
 起きている時にやったら調子に乗るだろうから、寝ている彼に言葉をかける。
 この先二度と口にしないであろう言葉を。
 誰に促されたわけでもなく、自分の意思で。
 音もたてずにその場に立ち上がり、屋上を後にする。
 今回くらいは叩き起こさずに、好きなだけ寝かせてやろうと、思いながら。

























自覚の無い愛





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眠るキミに口づけを