傭兵砦は、いつも食料難に陥っていた。
 別に予算を削られているわけではない。隊員全員の腹が十分に満たされるだけの食費は支給されている。支給されてはいるのだが、それ以上に食べるので、砦の財布を握っている副隊長が、毎月手を尽くして食費の節約に努めても、月末にはいつも食糧難に陥る結果となっていた。
 そんなわけで、傭兵達の仕事の一つに「食料採取」という物があった。
 毎日ではないが、週に一度。もしくは二度。小隊の二つ三つが森の中を散策し、狩りなどに興じるのだ。季節によっては、食べられる果実やキノコ。山草なども収穫してくる。
 はっきり言って、前線で戦う傭兵達がする事ではないだろう。だが、そうでもしないと本当に食料が足りなくなるのだから仕方がない。情けないことに。文字通り、自分の食い扶持は自分で稼ぎ出さねば飢えてしまうのだ。



 そんな活動が既に日常の事となった、秋が深まったとある日。フリック隊の一つとビクトール隊の一つが森に出掛けていき、山のように木の実やキノコを採取してきた。
 帰り着いた傭兵達は皆、自分達の仕事に満足そうに笑んでいる。その戦利品を砦の階段下にあるスペースに広げながら、傭兵達は嬉々とした声で言葉を発した。
「イヤー!秋は良いッすねっ!どこもかしこも食料ダラケで!」
 その言葉に、酒場と食堂を取り仕切るレオナが満足そうな顔で頷いた。
「うん、ご苦労さん。これだけあれば色々出来るよ。しばらくの間、いつもより多めに配分してやれる。」 
「本当ッスかっ?!」
「やったぜっ!」
「食欲の秋、バンザーイっ!」
 レオナの言葉に、傭兵達が子供のように大はしゃぎし始めた。その様は、前線で戦っている戦士には見えない。ただの馬鹿な大人の集団だ。
 こんな奴等にやられたら、ハイランドの兵士も浮かばれないだろうなと思いながら、レオナは苦笑を浮かべた。そして、はしゃぐ傭兵達に鋭く声をかける。
「ほら、あんた達!いつまでも騒いでないで、取ってきた物を種類別に分けとくれ。もたもたしてると、夕食抜きにするからねっ!」
「うわっ!レオナさん、ヒデーっ!」
「横暴だっ!」
「五月蠅いよ。此処では私が王様なんだ。素直に従いな。」
 ふざけた口調で文句の言葉を発してくる傭兵達にニヤリと笑いかけながら、己の足元を、食堂兼酒場を指さした。
 そんなレオナの言葉と仕草を見て、傭兵達もレオナと似たような笑みを浮かべる。
「了解っす。女王様。」
「女王の命令はぜってーだもんなぁ〜〜」
「お〜〜〜!作業始めッぞ〜〜〜〜下僕共〜〜〜」
 ワハハッと笑いながら、傭兵達が床一面に広げた秋の味覚へと視線を向けていく。そして、床に広げられた木の実やキノコを同じ種類のモノとまとめて一つの籠の中に放り込む、という作業に勤しみだした。
 その作業の間も、騒がしい傭兵達の口が止ることはない。


「栗っ!栗みっけっ!・・・・栗ってどっちだ?」
「あ〜〜、そこの籠だ。」
「オッケ〜〜」
「あっっ!毬取れよ、毬っ!」
「あ〜〜?・・・・メンドくせぇな。持ってくる時に取れよな、こんなモノ。」
「ソレこそ面倒くさいだろうが。ってか、そう言うお前は持ってくる時毬とんのか?」
「いや、とらねーな。」
「それで人に取れとか言うなよな〜〜〜〜」


「うわっ!誰だよ、ベニテングダケ取ってきやがったのはっ!」
「え?食えなかったけ?それ。」
「食えねーよ、馬鹿っ!これくらい覚えろ、この単細胞っ!」
「んだと、コラっ!」
「やんのか、貴様っ!」
「おうっ!表に出ろっ!けちょんけちょんに伸してやるぜっ!」
「望む所だ、コンチクショウっ!」


「銀杏って、土の中に入れて置くんだったっけか?」
「確かな〜〜。そうすっと、皮が柔らかくなるとかなんとか、言ってた気がした。」
「じゃあ、後で穴堀りに行こうぜ。」
「おう。」
「どれくらい掘れば良いんだ?2メートルとか?」
「1メートルくらいでいいんじゃねーの?」
「そうか。ならすぐ終わるな。終わったらこの間の勝負の続きしようぜ。」
「おう。今日こそ勝ってやるぜ。」
「それは俺の台詞だってーの。」


「栗がいっぱいだ・・・・・・・・・・・こんだけあるし、今日は栗ご飯にして貰えっかな。」
「好きなのか?」
「おうっ!あの甘さ加減がなんとも言えねーんだよっ!」
「・・・・・・・・・・ガキ。」
「んだと、コラっ!」
「どっちにしろ、今日は無理だろう。調理する時間が無いだろうからな。」
「え〜〜〜?そうなのか?・・・・・・・・ちぇっ!」



 前線で戦う戦士とは思えない長閑な会話を繰り広げる傭兵達に混じって作業をしていたレオナは、その会話の長閑さにクスクスと軽い笑いを零した。
 彼等が作業している姿も笑える。強面のゴツイ男達が、床に広げた小さな木の実やキノコを真剣な眼差しで見つめながら分類しているのだ。その様は、滑稽としか言いようがない。
 この姿を市長が見たら、どう思うのだろうか。彼等を雇った事を後悔するだろうか。
「イヤ、一緒になって作業するだろうね・・・・・・・・・・・」
 気さくな所があるあの市長ならば。面白がって作業に混じるだろう。
 そんな事を考えながら手を動かしていたレオナに、傭兵の一人が何かを手にして傍らに歩み寄り、声をかけてきた。
「レオナさん、コレって、ドングリで良いんですか?なんかちょっと、違う気がしないでも無いんですけど・・・・・・・・」
「うん?どれだい?」
 問いかけに、手元に落としていた視線を上向けたレオナは、傭兵が差し出してきたモノを受け取った。そして、軽く眉間に皺を寄せる。
 それは、直径三センチほどの楕円形の木の実だった。形はドングリに良く似ている。だが、色が違う。茶色のドングリと違って、それはドクドクしい朱色をしていたのだ。
「コレは・・・・・・・・・・・」
「こっちの籠にいっぱい入ってるんですけど、ドングリの籠にまぜっちゃって良いっすか?」
 レオナの答えを待たずにその籠を手元に引き寄せながら問いかけてくる傭兵の言葉に、レオナはサッと手を挙げた。彼の動きを留めるように。
 そして、険しい顔で告げる。
「駄目だよっ!コレは、他のモノと混ざらないようにして、一纏めにしておいとくれ。絶対に、他のモノと混ぜちゃ駄目だよっ!」
 その鋭い声に、その場に居た傭兵達が作業を止めてレオナへと視線を向けてくる。
 何事だと、瞳を瞬きながら。
「どうしたんすか、レオナさん。」
「コレが何か?」
「なにか不味いものなんですかい?」
 キョトンと目を丸めながら、ワラワラと傭兵達が集まってくる。そして、件の実を覗き込んできたが、誰一人としてその実がなんなのか知っている者は居なかったらしい。皆不思議そうに首を傾げるばかりだ。
 レオナはフッと息を吐き出しながら、ゆっくりと口を開いた。
「ソレはね・・・・・・・・・・・」
「どうした?みんなで集まって。」
 レオナの言葉を遮るように、階段の方から声が降ってきた。その声の主が誰なのか、見なくても分かるのだが、思わずそちらに視線を向けると、そこには予想通り砦の隊長の姿が。そして、その傍らには副隊長の姿もある。どうやら打ち合せか説教が終わったらしい。
 体格に見合わない軽い足取りで皆が集まる所へと歩み寄ってきたビクトールは、床一面に広がっている秋の味覚を目にしてニカリと笑みを浮かべた。
「おっ!結構取れたんだなぁ〜〜。レオナ、今日は栗ご飯か?」
 緊迫した空気に気付いていないのか。それとも態となのか。暢気な声でそう語りかけながら歩み寄ってくるビクトールに、レオナは深々と息を吐き出した。
「今からそんな面倒なこと出来るかい。日持ちする食材は後回しだよ。それよりもビクトール。こんなモノを拾ってこられたんだよ。」
「うん?なんだ?」
 レオナの言葉に軽く首を傾げて見せるビクトールに、手にしていた実をそっと差し出した。
 それを受け取り、目にした途端。ビクトールの顔が強ばった。どうやら彼は、コレがなんなのか知っているらしい。
「コレは・・・・・・・・・・・・・」
 低く押し殺した声でビクトールがそう呟いた瞬間。


「あっ!」


 という、大きな声が砦内に響き渡った。
 その声に、ビクトールとレオナだけではなく、その場に居た傭兵達の身体がビクリと震えた。そして、慌てて声の主へと視線を向ける。 
「どっ・・・・・・・・どうしたんだい、フリック?!いきなりそんな声を出して・・・・・・・・・・・」
 滅多なことでは動揺の色すら見せないフリックの叫ぶような声に、レオナは自分が動揺しながら問いかける。彼がそんな声を出すくらいなのだから、もの凄く大変な事が起こったのだろうと、思ったから。
 そんなレオナの問いかけを無視したフリックは、戦闘中に見せるような素早さでレオナとビクトールの元へと駆け寄り、ビクトールの手をガシリと掴んだ。そして、その手の中の木の実に熱い視線を注ぐ。
「・・・・・・・・・・やっぱりっ!」
 喜色しか見えない声でそう叫んだフリックは、ビクトールの手から赤い木の実を奪い取った。そして、目の前にかざす。
「ドドングリだっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「え?」
「・・・・・・・・・なんすか、そりゃ。」
 フリックが発したちょっと間の抜けた単語に、傭兵達はキョトンと目を丸めて首を傾げる。
 そんな傭兵達に、フリックは今まで見せたことがない、子供っぽい笑顔を振りまいた。
「これだよっ、コレっ!ドドングリっ!」
「・・・・・・・・・・・・あぁ。」
「・・・・・・・・・・・名前っすか。」
「それが、どうしたんです?」
 フリックの笑顔にノックダウンされながらも、傭兵達は言葉を返している。レオナもフリックの様子に度肝を抜かれていたが、気を取り直して問いかけた。
「あんた、知ってたのかい、ドドングリ。」
「ああっ!もの凄く美味いんだよな、コレっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 同意を求められ、レオナは凍り付いた。
 レオナの隣に居る、ビクトールも。
 そんな二人に構わず、フリックは嬉々として続けてくる。
「初めて食べた時のあの感動は忘れられないぜ。思わずアイツに無心しちまったからな。もっとくれって。あの時は、あいつも珍しく驚いてたっけ・・・・・・・・・・・そういや、今の時期だったな。アイツがコレを仕入れてくるのは。高いのに毎年食わせてくれたんだよな。毎年仕入れられるか分からないって言ってたのに・・・・・・・・・・」
 何やら遠い目をしながらそう言葉を零すフリックの姿は、少々近寄りがたいものがあった。いつもの彼とあまりにも様相が違ってて。
 傭兵達もそんなフリックの様子に怯えているようだったが、一人が勇気を振り絞って問いかけた。
「あのっ!副隊長っ!アイツって言うのは、いったい・・・・・・・・・・・?」
「うん?・・・・・・・・・・・まぁ、色々な。」
 ニコリと綺麗な笑みを返したフリックは、傭兵の問いかけに答えようとしなかった。変わりに、レオナに問いかけてくる。もの凄く上機嫌そうな笑顔を浮かべて。
「で、コレはまだあるのか?」
「え?あ、あぁ。うん。その籠に・・・・・・・・・」
 自分一人だけに向けられたその笑顔に、不覚にもドキドキと胸を高鳴らせながら素直に答えると、フリックは呆然とした様子でドドングリが入った籠を抱えている傭兵の元へと歩み寄り、籠の中へと視線を落とす。
 そして、パッと顔を輝かせた。
「こんなにあるのかっ!コレを一度に食べたら、さすがの俺も中毒になりそうだぜっ!」
 ニコニコと楽しげに微笑みながら傭兵の手からドドングリの入った籠を、半ば奪い取るようにして手にしたフリックは、手近にあった鍋にドドングリをより分けていく。
 鼻歌を歌い出しそうなその姿は、少々所かかなり怖い。こんな彼を、今まで見たことが無かったから。いったいこの先どんな怖いことが起こるのだろうかと、皆ブルブルと震え上がっていた。
 触らぬ神に祟り無しだ。
 フリックのことは放って置いた方が良いだろう。
 そう皆が思っていただろうに、沸き上がる好奇心には勝てなかったらしい。傭兵達が恐る恐る話しかけた。
「あの、副隊長・・・・・・・・・」
「うん?なんだ?」
「ドドングリって言うのは、そんなに美味いんですか?」
「そりゃあもうっ!」
 フリックは、彼らしくない高い声で答えた。そして、恍惚とした表情で宙を見つめる。
「あのホコホコした食感も仄かな甘味も香りの良さも申し分ない。」
「・・・・・・・・・・はぁ。」
「ソレよりも何よりも、口にした瞬間から全身に伝わる痺れの様な震えのようなあの感触がたまらないんだよ・・・・・・・・・・・」
 その時のことを思い出しているのか、宙を見ながらうっとりとした声で発せられたフリックの言葉に、傭兵達は互いの顔を見合わせた。
「・・・・・・・・・・痺れるんですか?」
 傭兵達が、不審そうに問いかけた。それは比喩表現なのだろうかと、胸の内で思いながら。
 その問いに、フリックは満面の笑顔で言葉を返す。
「ああ。最初に食べた時はさすがに手が震えて箸が持てなかった位だ。翌日は珍しく寝込んだしな。次の年からは寝込むことは無かったけど、やっぱり数時間身体が動かなくなったな。まぁ、年を重ねる事に慣れたのか、最後に食った時にはなんとも無かったけど。でも、あの痺れは感じた。何を口にしてもあんな刺激を感じることは無くなっていたから、アレを食べると自分が生きている事を強く実感したもんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・寝込むほどの美味さなんですか。」
 どうやらフリックの説明は比喩表現だと認識したらしい。傭兵達は、微妙に納得したような顔で深く頷いた。そして、一歩引いていた足をもう一度踏みだし、問いかける。
「そんなに美味いんですか?」
 これ以上ないくらい嬉々としたフリックの姿を目にして、ドドングリへの興味が増したらしい。傭兵達はフリックの手の中にある赤い実に熱い視線を注ぎだした。
「ドングリと大差ないから、そう美味そうには見えないんすけど・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・美味いのか、コレは。」
「副隊長がそんな風に食いもんを褒めるのって、初めて見ましたよ。」
「そんなに美味いなら、俺も食ってみたいなぁ・・・・・・・」
「レオナさん。今度コレで何か作って下さいよ。」
「バッ・・・・・・・・・・・・!!」
 傭兵達の言葉に、レオナはサッと顔色を青くした。なんてとんでもない事を言い出すのだろうと思って。
 助けを求めるようにビクトールに視線を向けると、彼もやや顔色を青ざめさせていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「おい、ちょっと待て、てめーら。ソレは・・・・・・・・・・・」
「止めとけ。お前達は、食わない方が良い。」
 ビクトールの言葉を遮るように、フリックがキッパリと言い切った。そんなフリックに、傭兵達がキツイ眼差しを突きつける。
「なんすか、副隊長っ!独り占めっすか?」
「やらしーなぁ〜〜もう。美味い話は皆で分け合いましょうよっ!」
「部下に美味しい話を振り分けるのが、上司の務めってやつっしょっ!」
「そうだそうだっ!自分ばっか良い目を見ようとしたら駄目っすよっ!」
 食わせろ食わせろと大合唱し始めた傭兵達に、レオナとビクトールは更に顔色を青ざめさせる。コレでフリックが頷いたらどうしようかと思って。
 だが、その心配は杞憂に終わった。
 フリックはニッコリと上機嫌に微笑んだまま軽く首を振り、ゆっくりと口を開いて言葉を発した。
「そうしたいのは山々だけどな。俺はまだお前達を殺したくないんだよ。だから、止めておけ。」
「は?」
「え?」
「なに?」
「どういう、ことっすか?」
「そのままの意味だよ。」
 告げられた言葉にキョトンとする部下達にもう一度笑いかけたフリックは、話はそれで終りだと言いたげに彼等から視線を反らし、ドドングリを入れた鍋を軽く上げてレオナに笑いかけてきた。
「悪い、レオナ。この鍋を一つ潰すから。」
「え?なんでだい?」
 まだ新しい鍋なのに勿体ないと瞳で問いかけると、フリックはクスリと小さく笑いを零した。
「ドドングリの毒素はどれだけ洗っても洗いきれないんだよ。むしろ、洗い流した汚水が危険だ。だから、使った後は紋章で粉砕するんだ。変わりの鍋は早めに仕入れるから、しばらく鍋が一つ無い状況で仕事してくれ。」
 事も無げにそう言い放ったフリックは、話は付いたと言わんばかりにさっさと身を翻し、砦の外へと歩いていく。もの凄く、軽い足取りで。
 その姿を、皆は呆然と見送った。
 そして、正面玄関の戸がパタリと閉じた所で、傭兵達がワッとレオナとビクトールに詰め寄ってきた。
「何スか、アレっ!」
「どういうことっすかっ!」
「ドドングリって、なんなんです?」
「ッてか、副隊長があんなに浮かれてるのは怖いっすよーーーーっ!」
「怪現象だっ!何か良からぬ事の前触れだっ!」
「この砦に、もうすぐ終りがくるんすよーーーーーっ!!」
「助けてっ!隊長っ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・落ち着け。お前等。」
 騒ぐ傭兵達を、ビクトールが低い声で制した。
 そう大きな声で発したわけでもないのに、その声は傭兵達の耳に届いたらしい。ビクトールの命令に従うように、辺りがしんと静まり返る。
 肌に突き刺さる程の静寂が、それまで騒がしかった砦内に満ちあふれた。
 その静かな空気の中、ビクトールがゆっくりと語り出した。
「ドドングリは、恐ろしく強力な毒素を含んだ実なんだ。ソレ一つでドラゴンもコロリと死ぬって言われているくらいのな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「え?」
「だって、でも、副隊長は・・・・・・・・・」
「言うなっ!」
 納得出来ないと言いたげな傭兵達の言葉を、ビクトールは鋭く遮った。
 そして、深々と息を吐く。
「・・・・・・・・・・マジにやばいんだ、ドドングリは。ドングリと間違えて食べて死んだ人が急増したとかで、都市同盟の中にあるドドングリの木はことごとく伐採されたくらいなんだ。」
 ビクトールの説明に、彼の傍らに立っていたレオナも深く頷いた。
 もう随分と昔の話だ。自分達がほんの小さな子供だった頃の事。
 突然変異で生まれたのか、突如現われたその木に宿る木の実を食べたせいで、多くの人間が命を失った。
 何しろ、木も木の実もドングリに酷似している。注意を促しても間違える者は続出し、死人が増え続けた。
 ドドングリによる死者が後を絶えず、いたずらに死者の数が増してからようやく事態を重く見た同盟諸国のお偉方が、重い腰を上げて金を出し合い、ドドングリの木を伐採をしたのだ。
 ドングリのソレと酷似しすぎていて作業は思ったよりも大変だったらしいが、なんとか根絶やしに出来た、との報告に、両親がホッと息を吐き出していた姿は、記憶に残っている。
 それなのに、まだ残っていたらしい。後でアナベルに報告しないと不味いだろう。
 そんなことを考えながら神妙な表情を浮かべていたら、ドドングリの恐ろしさを知らない傭兵達も、ビクトールの話が本当のことだと理解したらしい。
 とは言え、納得出来ない事もあるようだ。惑うように瞳を揺らし、力無い声を漏らしてくる。
「でも・・・・・・・・・」
「副隊長は、美味いって・・・・・・・・・・」
 その言葉には、レオナも大いに引っかかった。美味いと言ったからには、アレを食べたと言うことだ。ドラゴンもコロリと言われるあの劇物を。
「もしかして、ドングリと間違えてるとか?」
 それは、あのフリックにはまず無いだろうと、レオナは思う。間抜けな所がある彼ではあるが、自分の好きなことに関する知識は並はずれて多い。似ているからと言って見間違えることはないだろう。
「でも、毒素がどうのとか、言ってたよな?」
「ッてことは、毒があるってわかってて食べたって事か?」
「でも、そんな毒を持っているモノを食って平気ってこたぁ、無いだろ?」
「いや、寝込んだって言ってたから、平気ってわけでもないだろ?」
「でも、死んでないし。」
「普通死ぬんだろ?そんなもん食ったら。何年も続けて食ってたらしい副隊長は、なんで生きてんだ?」
 その問いかけに、皆は押し黙った。
 そんなことが分かるわけがない。フリックはこの場に居ないのだから。問いかけた所で、答えてくれるとも思えないが。
 それでも、その場に居た傭兵達は考え込んだ。なんでフリックがドドングリを食べても未だにピンシャンしているのか、そのわけを。
 どれくらい間が空いただろうか。傭兵の一人が、力無い声で呟いた。
「・・・・・・・・いや、そこは、副隊長だし。」
「・・・・・・・・・・・何を言われても、驚かないよな。」
「・・・・・・・・・副隊長だからな。」
 その言葉に、傭兵達は顔を見合わせてコクリと頷き合った。納得出来ないが、その言葉で納得しておこうと、言うように。
 そして、ビクトールの顔をジッと見る。
 どう対処すればいいのか、その答えを求めるように。
 皆の視線を一身に受けたビクトールは、腕を組んで眼を瞑り、何かをジッと考え込んでいた。
 そして、ボソリと告げる。
「・・・・・・・・・・・・忘れよう。」
「え?」
「何をッスか?」
 突然の一言に、傭兵達が目を丸くする。そんな傭兵達に向かって、ビクトールはカッと目を見開いて、キッパリと言い切った。
「今あったことは、忘れよう。俺たちは、何も見なかった。」
 その言葉の強さから、瞳の強さから、彼が現実逃避をした事が分かった。
 考えることも放棄したらしい。
 下手に突くと何が出てくるのか分からないフリックを囲む藪を突くと、命に関わると判断したのかも知れない。
 なんにしろ、傭兵達はそのビクトールの言葉に頷いた。
 ここは、一番長くフリックとつき合ってきたビクトールにしたがった方が良いだろうと、判断して。そうした方が、生き残れる確立が跳ね上がるだろうから。
 そんなわけで、忘れることの出来ないその一件を、傭兵達はそっと胸の内に留めることにしたのだった。




 ちなみに、ドドングリの木がある場所は、アナベルには教えなかった。
































アホでスイマセン。汗。
ウキウキフリックさんが猛烈に書きたくなり申した。

我が家のフリックさんは毒への耐性がエライ強いです。
訓練したので。
ちょっとやそっとの毒は全くと言っていいほど効きません。
その代わり、クスリの類も効き難いです。
あはは。
そんな微妙設定織り込め話。













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ドドングリ