目の前でフリックが剣を振るっている。
 手合わせをしているわけではない。一人でただただ、空を切り裂いているのだ。
 だからといって素振りをしているわけではない。その動きは目に見えない敵を捕らえ、次々にその生命を闇に叩き込んでいるのが、ハタから見ていて分かった。
 戦地であれば沢山の返り血を浴びて、その青を纏う身体は紅く染め上げられていた事だろう。しかし、空想の敵を切っているだけだから、そんな事は無く。流れるようなう動きは、剣舞のように美しい。
 その姿を何をするでもなく、近場に立っている木の幹に寄りかかるようにして座りながらボウっと見つめていたビクトールの目の前に、突如ナイフが飛び込んできた。
「うわっ!!!てめっ・・・・・・・・っ!!!なにしやがんだっ!!危ねーだろうがっ!!」
 顔面に突き刺さる寸前でなんとか避けたビクトールは、驚きのあまりに跳ね上がった鼓動を押さえつけるように己の心臓に手をやりながら、怒鳴り返す。
 だが、ナイフを投げた張本人であるフリックはその言葉の強さに怖じ気づいた様子を見せず、むしろ馬鹿にするように鼻を鳴らして返した。
「ボケッとしているからだ。」
「だからって、いきなりこれは無いだろうが。下手したら、死ぬぞっ!!」
「その程度の攻撃で死ぬような旅の連れ合いなんてイラナイな。そんなもの、戦場で役に立たないだろう?」
「・・・・・・・てめー。随分な言い草じゃねーかよ。」
 ジロリと睨み付けてやったが、フリックは馬鹿にするような笑みを引っ込めようともしない。そんなフリックの態度に、なんだか自分の存在価値は相手にとって無いも同然な気がしてきて、寂しくなった。いや、そんな事を思うのは今更なのだが。
 深々と溜息を吐いていたら、どうやらそれ以上のイメージトレーニングをする気が失せたらしいフリックがオデッサを腰の鞘へと戻し、ゆっくりとこちらに向って歩いてきた。その姿をジッと見つめていたら、クスリと、小さく笑われた。
「お前も少しは身体を動かせよ。最近また太ったぞ?」
「太ってねーよ。嘘つくな。」
「嘘じゃないさ。・・・・・・・・・俺の言う事が、信じられないのか?」
 腰を折り曲げながらビクトールの顔を覗き込んでくる端整な顔には、戯けたような笑みが広がっていた。その笑みに、うっと言葉を詰まらせる。
 身に覚えがあるからと言うよりも、その表情の愛らしさにやられて。
 そんなビクトールの反応にニヤリと口角を引き上げたフリックは、実に楽しそうにこう告げてきた。
「これ以上太ったら、俺の上には乗せないからな。」
「な・・・・・・・・なんだとっ!!」
 言われた言葉は思いもかけないもので、ビクトールはギョッと瞳を見開いた。
 問うようにフリックの顔をのぞき見れば、彼は何も言わずにニコニコと微笑み返してくるのみで、それ以上言葉を発しようとしてこない。
 その様子から、彼の本気が窺えた。長いと言い切れる程長く共に過ごしているわけではないのだが、それでもそんな表情の中に潜む彼の本心を読む事は出来るようになっているのだ。
 だから、ビクトールは思わず自分の腹に手を伸ばしてしまった。そんなに太った覚えな無いのだが、と、首を傾げながら。それでもついつい、軽口を叩いてしまう。
「・・・・・・・・それは、今後騎乗位でするって事か?」
「馬鹿か、お前は。」
「いてっ!!!」
 直ぐさま腹に突き刺さるような、まったく容赦の欠片もない蹴りを入れられ悲鳴を上げたが、フリックはまったく意に返した様子も見せず、さっさと城内へと足を向けてしまった。
 慌ててその後を追いかけ、定位置である彼の真横に着いたビクトールは、斜め下に見える相棒の顔を見つめた。
 最近フリックとのスキンシップが乏しい。だから、スキンシップを図りたい。そのスキンシップが多少過激なものになっても良いから、彼に自分の方を向いて欲しかった。架空の敵を見据えていないで、現実に居る自分の事を、見て欲しかった。
 だから、怒られると分かっている言葉を口にする。
「ちょっと待てよ。俺に運動させたいって言うなら、お前が付き合えよ。」
「なんで俺が。」
「俺が太ったら、イヤなんだろう?」
 そう問いかけると、それまで流れるような動作で歩いていたフリックが、ピタリと動きを止めた。そして、ジッとビクトールの顔を見上げてくる。
 何事だろうかとその青い瞳を見つめ返していたら、いきなりフリックの顔に全開の笑みが浮かび上がった。
 その華やかな笑みに目を奪われていたら、彼の薄い唇から、これ以上無いくらい冷たい声が発せられた。
「・・・・・・・・・どうやら、懲りていなかったらしいな・・・・・・・・・・」
「え・・・・・・・・?」
 言われた言葉の意味が分からず、軽く首を傾げて問い返せば、フリックはその端整な顔を見慣れているビクトールでさえもが見惚れる程綺麗な微笑みを浮かべて見せた。
「そんなに死に急ぎたいと言うのなら、相手をしてやるよ。」
 そう言いながらオデッサをスラリと引き抜いたフリックの瞳は、かなり本気だ。
 その事に気付いた途端。ビクトールの背に冷たい汗が伝い落ちる。
「ま・・・・・・・・・待てっ!!俺が言いたいのは・・・・・・・・・っ!」
「往生際が悪いな。大人しく、オデッサの錆になれ。・・・・・・・・・まぁ、錆付かせる様な杜撰な手入れは、しないがな。」
 クククッと喉の奥で笑うフリックの顔が、怖い。
 ビクトールの背筋にゾクリと、震えが走った。
 己の命の危険を感じて。
「落ち着け、フリックっ!落ち着いて話し合おうっ!」
「熊に話す言葉なんか、知らないなっ!!」
 そんな言葉と共に、オデッサが力一杯振り下ろされた。
 その攻撃を間一髪で交わしたビクトールはフリックの背後にチラリと視線を向けてから、これ以上無いくらいに驚いた顔を作り、一声上げる。
「あっ!!!」
「え?」
 思わずといった感じで背後に視線を流すフリックの隙を付いて、ビクトールは脱兎の如く逃げ出した。
 しばらくがむしゃらに走ってみたが、背後から追ってくる気配は無い。 無いが、まだ安心出来ない。だからビクトールは、慌てて酒場に逃げ込んだ。
 これだけ人目が多い場所ではいくら何でもマジ殺しの目にはあわないだろうと、そう思って。
「・・・・・・おや、ビクトール。どうしたんだい?そんなに慌てて。」
「・・・・・・・・いや、ちょっと、地獄に片足、突っ込みかけてな・・・・・・・・」
「ふぅん?」
 適当に相づちを打ちながら軽く首を傾げるレオナに苦笑を返しながら、取りあえず一杯注文する。程なくして出されたグラスを一気にあおり、臓腑を焼くようなアルコールの熱を感じてようやく、人心地つく事が出来た。
「・・・・・・ホント。怖いヤツだな・・・・・・・・・・・」
 自分の相棒ながら、油断がならない。下手な事を言わない方が身のためだと思いながらも、また同じ事を繰り返しそうな自分に苦笑する。
 なんだかんだ言っても、そんな過激なスキンシップが楽しくて仕方が無い自分に、かなりあの相棒に毒されてきたのかなと、そう思う。






















過激なスキンシップだけど、そんな関わりも好ましく。












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こんな午後の語らい