雲一つ無い晴天の下。祝いの鐘の音が高らかに鳴り響いていた。
その音で、真っ白い鳩が飛び立つ。澄み切った青空に小さな白い点を落とすように。
壇上には、これ以上無いくらい幸せそうな笑みを浮かべたテンガアールが、汚れ一つ無い真っ白いドレスを纏って立っている。その傍らには、嬉しそうに、照れくさそうに、そしてちょっと緊張したような表情を浮かべるヒックスの姿が。
その壇の下には、大きな戦いを共に戦い抜いてきた仲間達の姿がある。
チッチにナナミ。
アクルとグレミオ。
都市同盟での仲間も、トランでの仲間も、一堂に会している。
その仲間達の顔にもまた、幸せそうな笑みが浮かんでいた。
ヒックスとテンガアールの結婚を心から祝うように。
仲間達の暖かな視線に見つめられながら、二人の結婚式が進んでいく。
進行役のありがたい話に耳を傾けていたビクトールは、何となくチラリと傍らに立つ男に視線を向けてみた。すると彼も、他の皆と同じように嬉しそうに微笑んでいた。
その笑みを見て、少し胸が痛む。
オデッサが生きていたら、彼もアソコに立っていたのかも知れないと、思って。
今のように、自分と共に歩むことは無かったのではないかと、思って。
だが彼は今、自分と共に居る。そして自分には、この先何があっても彼の傍らから離れる気がない。死に絶える瞬間まで共に居たいと、本気で思っているから。
彼が、どう思っていようとも。
「ヒックス。汝は死が二人を分かつその時まで、テンガアールを愛し続けると誓うか?」
進行役の言葉に、ヒックスが力強く頷いた。そして、ゆっくりと口を開く。
『誓います。』
キッパリとした口調で告げられた言葉に、ビクトールは自分も同じ言葉をかぶせた。
傍らの男へと、熱い視線を注ぎながら。密やかに。けれども、これ以上ないくらい思いを込めて。
その言葉に、前を向いていていたフリックが驚いたような表情で顔を上げた。
どんな高価な宝石よりも綺麗な青色を持った瞳が、揺るぎない眼差しを向けるビクトールの瞳を見つめ返しながら数度瞬く。そして、フワリと微笑んだ。今まで見たことも無いような柔らかい笑みで。もの凄く、嬉しそうに。
「テンガアール。汝は死が二人と分かつその時まで、ヒックスを愛し続けると誓うか?」
壇上から、声が落ちる。
その言葉に、テンガアールはこれ以上ない程自信に満ちた表情でコクリと頷いた。
『誓います。』
テンガアールの強い言葉に、フリックが言葉を乗せてくる。
とても綺麗な笑みを浮かべて。嬉しそうに、幸せそうに。
「・・・・・・・・・・・・フリック・・・・・・・・・・・」
そんな言葉を返して貰えるとは思っていなかったビクトールは、大きく目を瞠り、息を飲んだ。
ジッと、彼の顔を見つめる。
自分をからかっているのではないかと、思って。
だが、自分を見つめ返してくるフリックの青い双眸には、優しい光しか宿っていない。今まで彼が自分に向けた表情の中で、今目の前にある表情が、一番穏やかで優しい。
だから、確信した。今の言葉が彼の本心であることを。ようやっと、彼は自分の気持ちに答えてくれたのだ、と。
「フリック・・・・・・・・・・・・・!」
嬉しさのあまり、涙が出そうになった。
ソレを何とか堪えてニカリと笑む。
そんなビクトールに、フリックはニコリと柔らかな笑みを返してきた。
ビクトールの思いの全てを引き受けてくれそうな、柔らかな笑みを。
「では、誓いの口づけを・・・・・・・・・・・」
壇上の声に促されるように、ヒックスとテンガアールの唇が引かれ合っていく。
その動きに合わせるように、ビクトールはフリックの唇に己の唇を寄せていった。
この口づけを交わすことによって世界が変わる。そんな予感を感じながら。
フリックが僅かに顔を上向けた。ビクトールの口づけを受け止めようとするように。
そんな仕草が可愛く思えて、少し笑った。その笑みをかみ殺しながら、ゆっくりと瞳を閉じる。フリックも、同じように瞳を閉じた。
そして、唇に慣れた柔らかな感触が触れそうになったその瞬間・・・・・・・・・・・
強烈な痛みを、脇腹に感じた。
そして、怒号が耳に届く。
「気持ち悪い顔をしていつまでも寝ているなっ!さっさと起きろっ!」
苛立ちが募ったその聞き慣れた声に、ビクトールはカッと瞳を開いた。そして、素早い動きで声がした方へと顔を向ける。するとそこには、眦をつり上げながら腕を組み、見下すように己の事を見つめるフリックの姿が。
そのフリックが、自分の視線と彼の視線が絡み合った途端、その青い双眸にこれ以上無いほど冷ややかな光を宿しながら鼻で笑って寄越した。
「やっと起きたのか、冬眠熊。さっさと顔を洗って会議室に来い。もう会議が始まる時間だぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
「・・・・・・・・・・・・間抜け面をいつまでも晒してるな。もう一度蹴られたいのか?それとも、目覚めに一発・・・・・・・・・・・・」
「わわわわっ!起きた起きたっ!ちょっと待てっ!」
感情の色が窺えない冷えた声で呟きながら右手を持ち上げるフリックに、ビクトールは慌てて制止の声をかけた。そして慌ただしくベッドから起きあがり、運んでおいた水で顔を洗う。
そうすることで頭がスッキリしたビクトールは、フリックが差し出してきたタオルで顔を洗った後、ニカリと笑いかけた。
「良し。んじゃ、行くかっ!」
「偉そうにいうな。アホ。」
そんなビクトールの姿をイヤそうに見つめながら短く言葉を返したフリックは、足音をたてずに歩を進めた。ビクトールの前を歩くように。
その背を無言で追いながら、ビクトールはポリポリと己の頬を掻く。
「・・・・・・・夢、だったか・・・・・・・・・・・・」
まぁ、それはそうだろう。フリックが自分に愛の言葉を囁くはずがない。ソレよりも何よりも、邪気が欠片も無い笑みを向けてくるわけがない。
そう考え、ビクトールは小さく息を吐き出した。それはかなり空しい事実だと思って。
「ちょっとは、現実世界でも甘い雰囲気を醸し出してくれたらなぁ・・・・・・・・・・」
滅茶苦茶嬉しいんだが。と、胸の内で呟いたビクトールは歩く速度を上げ、前を行くフリックとの差をつめた。
そして、声をかける。
「フリックっ!」
「何だ・・・・・・・・・・・・っ!」
無造作に振り返ったフリックの頭に片手を回し、強引に彼の顔を自分の方へと引き寄せたビクトールは、彼の薄目の唇になんの躊躇いもなく口付けた。
夢の続きを果たすために。
閉じなかった視界の先で、青い双眸が大きく見開かれているのが分かった。廊下を歩いていた他の人間達がギョッと息を飲み、自分達のキスシーンを凝視していることも。
だが、そんなギャラリーには注意一つ払わずに口づけ続けたビクトールは、気持ちが満足した所で合わさっていた唇を放し、驚きに目を瞠るフリックにニカリと笑いかけてやった。
「これで、俺たちは死ぬまで一緒だぜ?」
軽い口調でそう告げれば、フリックは呆然と自分の顔を見上げてきた。
動きもピタリと止まっている。此処まで驚いているフリックの姿は初めて見た。
この姿を見られただけでも良しとしよう。
そう思い、満面の笑みを浮かべて頷いたビクトールは、その表情のままバタリと、床の上にひっくり返った。
何の前触れもなく、強烈な雷に打たれたために。
どうやら、驚いていても出すモノは出すらしい。
「・・・・・・・・・・・・・さすがは、フリック・・・・・・・・・・・・」
そんな所にも惚れるぜ。
と、呟いたのを最後に、ビクトールの意識は途切れたのだった。
ちなみに、会議には間に合った。
意識がないまま、フリックに引きずられていったので。
毎度おなじみ、夢落ちですまん。
某K様に捧ぐ。
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祝いの鐘が鳴る場所で